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職業Ⅴ・② 暗雲の襲撃

 船に揺られて三日間。

 特にモンスターが出るわけでもなく、平和な日々を船の上で過ごしていた。

 護衛を頼まれてもモンスターが出ないのではすることがない。これで報酬をもらうと良心が痛むから雑魚くらいは出てほしい……という不謹慎な願いを抱きつつ、俺は海上の景観を楽しんでいた。


 奴隷の狼少女は初め船酔いに苦しんでいた。カラマロ戦のときはなんともなかったのに何故だ? と思ったのだが、船員に聞いたところ船の大きさが関係してくるらしい。

 初め、というのは職業医者である俺が、背負っていた医療器具を使って船酔いを治してしまったからだ。剣士と組めば回復薬いらずといって重宝されることだろう。


 途中でカラマロに出会うことがないかと期待したが、結局会うことはなかった。航路を離れておとなしく子育てでもしているのだろうか。


 こんな話をしていると突然海が荒れ、強大なモンスターが出てくる、というのが定石(セオリー)だ。だがそんなことは起こらなかった。



 狼少女が突然立ち上がって空を見上げる。つられて俺も見上げるが何もなかった。

 彼女は鼻をひくつかせる。狼の鼻を持つ彼女には俺にはわからない何かがわかるのだろう。

 俺は警戒して臨戦態勢に入る。


「Μαύρ σύφα……」


「黒い雲……」俺にはそう聞こえた。奏者から転職しても彼女の言葉はわかるようだ。試してみたが、モンスターと繋がることは出来なかった。

 雲が出て雨が降るだけであればわざわざ警戒する必要もないし、その前に船の天気士が予測する。それなのに彼女が警告するということはそれだけの理由があるのか。



 船の進行方向、暗雲が立ち込めていた。

 しかし、そこに雨も雷もない。ただ黒い雲が出ているだけだ。


 大雨が降って雷が鳴るほうが船の航行には危険だ。船の動きを見る限り、このまま突っ切るつもりらしい。

 彼女が警告を発した理由がわからない限りやめたほうがいいだろう。しかし、一介の護衛にすぎない俺が口出しするのは差し出がましい。


 結局何も行動を起こせないまま動きを見守っていると、ツクホゲ――という名の海鳥だ――が雲に飛び込んでいき、気が狂ったかのようにこの船に向かってきた。

 狙いは狼少女。彼女も気付いている。跳躍で避けるつもりのようだ。


 ツクホゲの突進は非常に単純で彼女が避けるのは簡単だった。


 だが、普通は真っ白なツクホゲが黒い雲をまとっていた。

 海上の雲と同じものだ。普通を雲ならばくっついてくるはずがない。


 あの雲が、この現象の根源となっているものだ。


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