36話 雪は積もれば世界を変える。
隣にいる雪と目が合う。
「なあ雪、もう無理しなくてもいいんだぞ?」
「無理って何が?」
雪は笑顔で問い返してくる。
「その笑顔だよ、無理してるだろ」
雪は僕から目をそらし俯いてしまう。それから少しの間黙っていたがやがて小さな声を発する。
「分かっちゃうか……。バレないと思ったんだけどな……」
雪の声は深く沈んでいた。
「まあ、僕も人に気を使ったりするから何となくな。それに、雪は優しいからいつも自分より他の人を優先するだろ?」
「まあね……。でもそれは私が優しいからじゃなくて人に嫌われたくないからだよ」
「優しくなきゃ自分を散々酷い目に合わせた奴を許すことなんてしないよ」
「それも優しいからじゃないよ……。人を殺す勇気が私にないだけ」
「でも――」
言い返すため声を出そうとしたが声が出てこなかった。雪が顔を上げてこちらを見たときに頬を伝う一筋の涙を見てしまったからだ。
「私はただ臆病なだけ! 親がいなくなって一人になるのが怖くて人の顔色を伺って生きているだけ……。吉良さんを殺して和真君に嫌われるのが怖かっただけ……」
人の顔色を伺ってしまうのは分かる。嫌われるのが怖いのも分かる。でも、臆病だから優しくないなんてことはない。むしろ臆病だということは人の気持ちをよく考えることになるので優しくなれると思う。
「僕が雪を嫌ったりするもんか! これだけは約束する。絶対に嫌ったりしない。それに雪は優しいよ、誰がなんと言おうと僕はそう思う」
雪は小さく嗚咽を漏らしながら問いかけてくる。
「本当? 嫌わない?」
瞳は不安に彩られていた。涙は静かに流れポタポタと地面に落ちていく。
「嫌いになんかなるものか、僕は雪のこと好きだよ」
雪なら信用できると思った、信用したいと思った、理解したいと思った、理解されたいと思った。人間なんて僕を含め全員、馬鹿で、低俗で、愚かで、醜い。だけど雪は他の人間とは違う。雪が僕にはとても美しく見えた。
「ありがとう……、私も和真のこと大好きだよ!」
「ッ――!」
雪は涙を拭いながら笑みを浮かべる。
なんか言うのはいいけど言われるのは恥ずかしいな……。
「じゃ、じゃあそろそろ帰ろうか」
照れを誤魔化すために後ろを向いて歩き出す。
歩いていると突然トスッと軽く背中に何かが当たる。
「和真君……」
腰に回された腕は細く体にかかる力も軽い。吉良から逃げる時に雪を抱き上げたがそのときは少しひんやりとしていた。だが今雪から伝わる体温は暖かい。微かに聞こえてくる息遣い。顔が赤くなっていると自分でも分かった。
出来るだけ自然になるように声を出す。
「どうした?」
「さっきの好きってそういう意味の好き……?」
息が詰まる。頭は真っ白になり思考回路がショート仕掛けていた。回らない頭を何とか回転させる。
「ゆ、雪こそどういう意味で言ったんだ?」
腕に力が込もる。
「私は……、私はずっと一緒に道を歩いて行きたいって意味だよ」
雪が震えているのが分かる。雪は勇気を出してこの言葉を言ってくれた。なら今度は僕の番だ。
「僕も一緒に歩いていきたい。僕と……付き合って下さい!」
腕が解かれる。後ろを振り返ると同時に雪の唇が僕の唇に触れる。
雪はすぐに離れ今まで見てきた中で最高の笑顔を浮かべ僕の言葉に返事をする。
「はいっ!」




