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彼女は、ハルくんのこと、やさしいと思っていない?
どういうことだろう。それでなくても。熱でぼんやりした私の頭は、容量オーバー。
「彼女、って……な、んで?」
「就活に本腰入れてかなきゃ、って。会いにくくなったし」
そろそろ高速を出るので、ハルくんは、車を左車線に滑らせた。いちいち音声案内するナビゲーションの声が耳につくけど、ハルくんの運転はあくまで滑らか。
「三回生って、そんな時期なんだ」
私が言うと、バックミラーの中でハルくんの目線が動いた。西井君から聞いて、って小声で付け足す。
ハルくんは、そっか、と流し、
「趣味の話がしやすくて、楽しかったんだけどね。人生かかってる就活に割り込めるほどじゃない」
淡々と言った。
「割り込むって、そんな……」
なんだか違う。
「向こうが、しばらく専念したいって」
彼女の気持ちはわからない。でも。
「ハルくんは、それで、いいの?」
「別に」
相手のことを尊重してるというより。
「それって、まるで気持ちがないみたい」
「……そういうことになるのかな」
ハルくんは前を向いたまま、少し自嘲的に言った。
「今度は、好きになれるかなって思ったんだけど。彼女も、なんとなく気づいてるから、就活って距離をおきたいんじゃない?」
まるで他人事のように言うけど、それなら、なんでハルくんは辛そうなんだろう?
「好きって、なろうと思って、好きになるんじゃないよ」
ハルくんは、そんなに誰かを好きになりたいの? 私が小声で言うと、
「おでこに冷えピタ貼って、そういうこと言われてもなー」
冗談にしてしまう。
「……どうせ、子どもみたいですよ」
見覚えのある景色の中に入ってきて、もうすぐ、家に着いてしまうとわかった。
「……子どもは、そんな眼で見ない」
そう言ったハルくんが、何かを押さえているようで、なんだか怖かった。
車内に走った緊張を打ち消すように、
「もうすぐ、着くね」
私が言うとすぐ、ナビゲーションが左に曲がれと案内する。車は、静かに住宅街に入っていく。
『目的地周辺です。音声案内を終了します』
「あ、もうここで……」
「いいよ、どうせなら、家の前まで送る」
歩くとしばらくかかる距離も、車なら、すぐ。
「どこ?」
「あの、一本だけ高い松の木がはみ出てる家」
車が、門柱の前で止まる。親子三人で暮らしている小さな二階建ての家。
「ハルくん、高速代とガソリン代」
私が鞄からお財布を出そうとすると、
「いいよ」
ハルくんの左手が、私の右手を止めた。
「俺が勝手に送っただけだから」
「……でも」
「いいから」
ぎゅっと手首をつかまれて。
「美緒、熱い」
ハルくんは、急に目を逸らす。
「早く、家入って、寝たら?」
「……うん。ありがと」
私が降りて、なんとか歩けそうなのを確認すると、
「じゃ」
と、ハルくんは、車を発進させた。
そのまま小さくなるハッチバックの白い車を、門柱にもたれたまましばらく眺めていた。
ずいぶん早い時間に突然帰ってきた娘に、お母さんはびっくりして。
熱を測ったら、三十八度五分もあった。
もう病院行くのも辛かったので、着替えてベッドに入った。
枕元に置いた、ケータイがチカチカ。メールの着信音が鳴る。
"お大事に"
ハルくんから、一言。信号待ちで、打ったのかな?
ねぇ、なんでやさしくないなんて、そんなこと、ないのに。
ハルくんは、どうして好きになろうとして付き合ってしまうんだろう。それでまた、好きになれないと傷つくのに。
私は、どうしてハルくんを好きになっちゃったんだろう。
どうして、こんなに、もっと好きになっていくんだろう……。




