魔族
岩穴をくりぬいて作られた砦の中にある病室で、ベッドに腰かけたヴァイスが足の調子を確認している。ヴァイスが杖を突きながら慎重に足に体重を掛けていくと、あるところで刺すような痛みが走った。ヴァイスが痛みに目をしかめながら足にかける体重を減らしていく。
(まだ暫く掛かりそうだな)
ヴァイスが汗をかきながら天井を仰いでいると、病室に誰かが入って来た。ヨヒアだ。
ヨヒアが足をさすっているヴァイスの元へとやって来た。
「やあ、足の調子はどう?」
ヨヒアが気さくに声をかけながら、近くにあった椅子へと腰を下ろす。ヴァイスがヨヒアを見ながら答える。
「まだ少し掛かりそうだな。もう暫く世話になるよ」
ヴァイスが遠慮なく言った。ヨヒアが済まなさそうに言う。
「あの時は悪かった。つい敵兵と勘違いしてしまって……」
砦の近くでヨヒアが見張りをしていた時に、近くを通りかかったヴァイスを、敵の密偵と間違えたヨヒアが襲ったのだ。魔族でもある獣人をリザードマンが密偵として使う事がままあるからである。
それはそれとして、ヨヒアが気になっていたことを尋ねる。
「ヴァイスは一体どこから来たんだ?ペレからは禁呪物を集めて旅をしているって聞いたけど」
ヨヒアはそのような活動をしている者のことを聞いたことが無かった。この砦の諜報に関わる者として、ヴァイスをやんわりと取り調べ始める。
ヴァイスは壁にかけられた地図を指さしながら答える。
「クド山の向こうにある村だ。魔王軍にやられた炎帝の祠が近くにあるんだ。そこに務めている神官に頼まれてね」
ヨヒアはそんな遠くまで行ったことは無い。無いが少しだけ気になった。
「炎帝の神官が、魔族にそんな仕事を頼むのか?」
魔王軍は炎帝の宿敵と言っても良い。そんな魔族に炎帝の神官が頼み事をするというのが気になった。だがヴァイスは何でもないかのように答える。
「だからだよ。ドワーフではリザードマンの領地には入れない。だが魔族なら怪しまれはするが、入れなくはない。お前だってそうだろう?」
似たようなことをしているヨヒアにしてみれば、返す言葉が無い。ヨヒアは話題を変えることにした。
「だったらそんな禁呪物をペレが持っているのはマズいんじゃないか?」
ヴァイスが意を得たりと言わんばかりにヨヒアを指さしながら叫ぶ。
「そう!それだ!お前からも言ってやってくれないか?ペレのヤツ、俺が言っても全然話を聞いてくれないんだ」
叫んでいるヴァイスを見つめながら、ヨヒアは内心で呟く。
(今のところ辻褄は合っているように見える。もう暫く様子を見ておくか……)
ヨヒアは笑みを浮かべながら答える。
「分かったよ。あの杖には大分助けられた。ヴァイスが治ったらちゃんと返すように、ペレには言っておくよ」
ヨヒアはそう言うと椅子から立ち上がり、病室の外へ出て行った。
ヨヒアは病室から出ると、外へ向かう通路を進んでいく。ヨヒアが先日得た情報を元に攻撃を開始しているので、砦に居るドワーフたちの数は少ない。
ヨヒアが砦の窓から外を見渡す。そのヨヒアの近くに一人のドワーフが駆け込んできた。ドワーフが大声で叫ぶ。
「不味いぞ。リザードマンの連中が、砦の裏手から攻めて来た!」
ヨヒア達が砦の裏手に向かうと、そこでは既に戦いが始まっていた。リザードマンたちが曲刀を振り下ろし、ドワーフたちが斧の柄でそれを受け止める。
ヨヒアも剣を抜き上段からリザードマンに切りかかるが、リザードマンは曲刀の反りで上手く斬撃を受け流しに掛かる。ヨヒアは瞬時に剣を持つ手を捻って突きの構えに移行し、リザードマンの喉元めがけて剣を突く。リザードマンはその突きを丸い盾ですぐさま受ける。
突きを防がれたヨヒアが、舌打ちしながら距離を取った。
(ここのリザードマンは敵兵の中でも精鋭たちだ。しかしどうやったら俺たちに気がつかれず、ここまで来られるんだ?)
その答えはリザードマンたちの上空にあった。ドラゴンがリザードマンを後ろ足で抱えて飛翔している。ドラゴンはリザードマンを戦場に放つと、再びその場を離れて行った。
「不味いぞ。アイツらドラゴンを運び屋に使ってやがる!」
ドラゴンを見ていたドワーフが叫んだ。ドラゴン達に運ばれたリザードマンが次々に戦場へ押しかけてくる。
(砦の兵が少ない。このままでは、陥落しかねないぞ)
リザードマンたちが前線を押し上げ、ヨヒアの目の前まで迫って来た。覚悟を決めたヨヒアは、リザードマンの軍勢に飛び掛かって行った。
ペレが砦の高所からヨヒア達の戦いを見つめる。ドラゴン達が次々に運んでくるリザードマンたちが、戦いを有利に進めているのは明らかだった。
「このままじゃヨヒアが……」
ペレが意を決して錫杖を振るい始める。杖に付いた金属の輪が互いに触れあい、鈴のような音を奏で始めた。
次の瞬間、錫杖が反応した。
錫杖がペレの頭に、直接語りかけてくる。錫杖を触媒に、異世界にいる者たちが、ペレの頭の中に窓を作って、そこから語り掛けている。
そこに居る者はいずれも異世界の強者たち。ペレは口々に語りかけている者を無視しながら、いつものように千手騎士の窓を選んで語り始める。
「お願い。契約をしたい」
いつもであれば、この後で千手騎士からの契約の話が始まる。だが、今日はいつもとは様子が違った。
「駄目だ。吾輩は忙しい。今はそれどころでない」




