Scene5「事故増加の真相」
雲上港ラピュル行政棟――空域事故対策室。
壁一面に、航路図が投影されていた。
幾重にも重なる空域ライン。
高度別の交通層。
航行記録が光点として表示されている。
その中で――
赤い印が、異様な数で点滅していた。
「これが、過去半年の事故地点です」
セレスが静かに説明する。
リリアナは腕を組み、じっとホログラムを見つめていた。
「……想像以上ですね」
事故は単発ではない。
明らかに“増加傾向”にあった。
◆
「違法レースが原因とされています」
セレスが続ける。
「ですが、発生高度も時間帯も統一性がない」
フィオが肩をすくめた。
「レースは基本、下層空域だ。観客が見えるからな」
彼女は航路図を指差す。
「でもこの事故……中層と上層にも広がってる」
セレスが頷く。
「そこが不自然なのです」
◆
「ログを見せてもらえますか?」
リリアナが言った。
セレスが端末操作をする。
次の瞬間、膨大な航路ログが空間に展開された。
飛行機体の進路履歴。
航法装置の同期データ。
霊脈補正値。
リリアナの瞳が輝く。
「……綺麗ですね」
「事故記録ですよ」
セレスが冷たく返す。
「いえ」
リリアナは真顔で答えた。
「解析素材として、です」
フィオが苦笑する。
「相変わらずだな」
◆
リリアナは空中表示を高速で操作した。
「まず、事故地点分布を重ねます」
赤い光点が再配置される。
「次に航路ログを重ねて……」
無数の航跡が浮かび上がる。
「さらに、霊脈航法補正値を同期」
空間に薄い流線が現れた。
それは――
空の“見えない流れ”を示していた。
◆
「……?」
フィオが眉をひそめる。
「なんだこれ」
「霊脈流体の推定図です」
リリアナは説明する。
「飛行艇は魔導推進だけでなく、霊脈流を利用して安定します」
セレスが小さく頷く。
「航法理論上はその通りです」
◆
リリアナは表示を拡大した。
「ここを見てください」
事故地点が並ぶ。
そして――
霊脈流線が、その地点で微妙に歪んでいた。
「……これは」
セレスが息を呑む。
「流れが乱れている?」
「はい」
リリアナは静かに言う。
「しかも周期的です」
◆
彼女はログを時間軸に並べ替えた。
事故発生時刻。
航路補正値。
霊脈同期波形。
グラフが重なる。
「……一致している」
セレスが呟いた。
「同期周期がズレています」
リリアナは画面を指差す。
「通常、霊脈航法は都市中心核と同期しています」
「ですが事故直前だけ、補正誤差が急激に拡大している」
◆
「つまり?」
フィオが問う。
「操縦ミスじゃないのか?」
「可能性は低いです」
リリアナは首を振る。
「全機体で同じ誤差パターンが出ています」
「……全機体?」
セレスの声が硬くなる。
「航法基準そのものが狂っている可能性があります」
◆
沈黙が落ちた。
それは――
都市インフラの根幹を揺るがす仮説だった。
◆
「そんなことが起きれば」
セレスが低く言う。
「空域管理は崩壊します」
「はい」
リリアナは淡々と答える。
「交通文明そのものが危険域に入ります」
フィオが小さく呟く。
「……じゃあレース事故は」
「結果でしかない可能性があります」
◆
その時。
部屋の隅で、エルナが空を見上げていた。
窓の向こう。
雲海がゆっくりと流れている。
「エルナ?」
リリアナが声をかける。
エルナはしばらく黙っていた。
そして、小さく呟いた。
「……空の流れ」
「少しじゃない」
◆
「……乱れてる」
静かな声だった。
だが、どこか確信を帯びていた。
◆
「どういう意味?」
フィオが聞く。
エルナは窓へ歩み寄る。
「霊脈ってね」
「星の潮みたいなものなの」
「普通は、決まったリズムで流れてる」
彼女は空を指差した。
「でも今……」
瞳を細める。
「誰かが、波を掻き乱してる感じがする」
◆
リリアナの背筋に、冷たいものが走る。
「……自然異常ではない、と?」
エルナは首を傾げる。
「うん」
「これは――」
小さく息を吐く。
「意図的な歪みの匂いがする」
◆
セレスが即座に端末を操作した。
「霊脈観測塔のデータを再照合します」
彼女の声は、完全に調査官のものだった。
「もし人工干渉なら――」
「都市防衛案件です」
◆
フィオが拳を握る。
「誰がそんなことを……」
「分かりません」
リリアナは航路図を見つめる。
「ですが」
事故地点をなぞる。
「この分布には、もう一つ特徴があります」
◆
彼女は航路図を再配置した。
事故地点を線で結ぶ。
すると――
歪んだ円形が浮かび上がる。
「……都市中心核を囲んでいます」
セレスが凍りついた。
「つまり」
「霊脈同期中枢を狙った干渉の可能性があります」
◆
重苦しい沈黙。
空域交通。
都市安定。
生活基盤。
すべてが、その一点に依存している。
◆
リリアナは手帳を閉じた。
「観光記録のつもりだったのに」
小さく笑う。
「文明危機の調査になりました」
フィオが苦笑する。
「お前、本当に変わってるな」
◆
セレスが静かに言った。
「リリアナ」
「この調査、正式協力を要請します」
リリアナは頷いた。
「喜んで」
「文化は、安全があって初めて存在できますから」
◆
窓の外。
雲海がゆっくりと波打つ。
エルナはその流れを見つめ続けていた。
「……早く見つけないと」
誰にも聞こえない声で呟く。
「空が、泣き始める」




