Scene4「事故現場」
警鐘が鳴った。
それは都市防災音ではなく――空域警報だった。
雲上港ラピュル上空に、赤い警戒灯が連続して点灯する。
「……事故?」
リリアナが呟く。
次の瞬間、空を横切る魔導救難艇の編隊が、轟音を残して飛び去った。
ザハルが眉をひそめる。
「嫌な予感しかしないな」
◆
事故現場は、都市中層の住宅浮島だった。
通常は居住区域であり、飛行航路からは外れているはずの空域。
だが今は――
煙が上がっていた。
破損した空中橋。
崩れかけた居住デッキ。
魔導結界が半壊し、空気が渦を巻いている。
救助員たちが負傷者を搬送していた。
「医療班! こちらに!」
「子どもがまだ内部に!」
現場は混乱していた。
リリアナの胸が締め付けられる。
「……一般区域……」
「違法機が突っ込んだらしい」
ザハルが低く言う。
◆
その時。
「退いてください」
冷たい声が響いた。
空域監察官セレスが、護衛隊を従えて現場へ歩み込んできた。
制服は乱れていない。
表情も揺れていない。
だが――
瞳だけが、鋭く燃えていた。
「事故原因は?」
救助主任が答える。
「違法レース機が制御不能に陥り、乱流に巻き込まれて……」
セレスの視線が、空の破損航跡を追う。
「……またですか」
その声は、怒りを押し殺していた。
◆
「セレス!」
叫び声が響いた。
振り向いた先に、フィオがいた。
息を切らし、整備油に汚れた飛行服のまま。
「……来ないでください」
セレスが冷たく言う。
「まだ原因が特定されていません」
「分かってる!」
フィオが声を荒げる。
「でも、あの機体は知ってる。レース仲間だ」
沈黙が落ちた。
「操縦者は?」
フィオが震える声で問う。
救助主任が静かに首を振る。
フィオの拳が震えた。
◆
「これが現実です」
セレスが静かに言った。
「自由競技は、必ず第三者を巻き込みます」
「……」
「あなた方は空を遊び場にしている」
「違う!」
フィオが叫ぶ。
「空は――」
言葉が詰まる。
セレスの視線は揺れない。
「空は公共資産です」
「利用には責任が伴う」
◆
その時。
担架が運ばれていく。
小さな子どもが、布に包まれていた。
母親が泣き崩れる。
フィオの呼吸が止まった。
◆
「……あたしたちは」
フィオが掠れた声で言う。
「誰も傷つけるつもりなんて……」
「結果がすべてです」
セレスが即答する。
「文明は善意では守れません」
重い沈黙が落ちる。
◆
リリアナは、その光景を見つめていた。
記録手帳を開いたまま、ペンが止まっている。
「……」
彼女の視線は、空域の破損軌道を追う。
乱流発生地点。
住宅区域侵入角度。
結界崩壊タイミング。
思考が回り始める。
◆
「セレス監察官」
静かに声をかけた。
「事故原因は“違法レース”だけでしょうか」
セレスが振り向く。
「どういう意味です」
「侵入角度が異常です」
リリアナは空を指差す。
「通常の乱流逸脱では、この航路には入らない」
フィオが顔を上げる。
「……え?」
「誰かが航路情報を誤認させた可能性があります」
ザハルが低く呟く。
「偽航路……?」
◆
セレスの表情が変わった。
「根拠は?」
「事故機の進入ルートが、現在封鎖されている旧航路に酷似しています」
リリアナは手帳を見せる。
「この航路は三年前に事故多発で廃止されています」
「……」
「にもかかわらず、今回の進路は完全に一致しています」
◆
沈黙。
救助艇の灯が揺れる。
「つまり」
セレスが言う。
「事故は単なる違法競技ではない、と」
「可能性です」
リリアナは頷いた。
「誰かが、誤情報を流通させているなら」
フィオが呟く。
「……仲間は騙された?」
「断定はできません」
リリアナは静かに言う。
「ですが、文化は時に――」
空を見上げる。
「誰かに利用されます」
◆
セレスは長く黙っていた。
やがて言う。
「……調査を拡大します」
そしてフィオを見る。
「あなたも協力してください」
フィオは驚いた顔をした。
「違法競技者に?」
「現場を知る者が必要です」
セレスは冷静に続ける。
「自由の責任を証明したいなら」
フィオの瞳が揺れた。
◆
「……分かった」
小さく答える。
「逃げない」
◆
リリアナは、崩れた浮島を見つめていた。
空の自由。
制度の安全。
どちらも――人を守るために存在している。
だが今、その境界が壊れた。
「……文明は」
小さく呟く。
「対立ではなく、調停でしか前に進めない」
救助灯が夜空を照らす。
その光は、まるで――
新たな交渉の始まりを示しているようだった。




