二等兵 アデル11
「ここが今日から君の部屋だ。好きに使うと良い」
コンクリートに壁の部屋。
あるのは机と椅子の一式とベットだけ。
軍人の部屋というよりは罪人の牢屋だ。
「何か必要な物はあるか? 可能な限り運ばせよう」
「そ、そんな……! 自分の部屋があるだけでもありがたいです」
たとえ牢屋のような部屋だとしても、一人部屋を与えられたことはアデルにとって幸福だった。
部隊の天幕で男たちの舐め回すような視線、そして自分の立場を守るために捧げた身体。
アデルがそんな共同生活で安らぎを得たことはなかった。
「内鍵はある。不安なら鍵はかけておきなさい。だがマスクド大佐と私が来たら開けるように。良いな?」
「は、はいっ! 承知しました」
背筋を伸ばし、アデルは敬礼する。
ルビアも敬礼を返す。
「命令があるまで自由に過ごすように。それと、こんなことを言うのはおかしいと思うが」
ルビアがアデルに背を向ける。
表情を見て欲しくないように。
「諜報課の者たちを嫌わないで欲しい。皆、根は良いやつだ。ただ、仕事柄、人間としてイかれないといけない。自分の心を壊さないためにな。それじゃ」
ルビアが部屋を出る。
それと同時にアデルの足の力がフッと抜けた。
いつ死ぬか分からない戦場。
身体を汚され続けた職場。
そして唐突に連れてこられた新しい仕事場。
だがそこも安心出来るような場所ではなかった。
「あ……あ、れ?」
アデルの視界が霞んでいく。
次に目眩。
立ちあがろうとしても力が入らない。
不味い、とアデルは思った。
自分の身体が制御出来なくなっていると。
ぐらりと大きく揺らぐ。
コンクリートの床が迫り、アデルの意識を奪った。
アデルは目を開ける。
「どうしたの、アデル?」
声に視線を向ける。
そこには心配そうに娘を見るアデルの母。
「おかあ、さん?」
アデルは混乱しながらも周囲を見る。
家だ。
そこは一年以上前までアデルが暮らしていた彼女の生家だ。
「どう、して? どうして、私はここに?」
「何言ってるのよ。あなたの家なんだから居て当たり前でしょ? 寝ぼけてるの?」
アデルの様子のおかしさが寝ぼけたものだと勘違いした母親は苦笑してキッチンに戻る。
「本当に、私の家?」
自らの手足や服装を確認するアデル。
何度も来たお気に入りの私服。
手も豆はあるが、裂傷はない。
畑仕事で出来た勤労の証。
「はい、おやつ」
テーブルに置かれたのは、アデルの好物だった砂糖をまぶした豆菓子。
それを一粒手に取り、アデルは恐る恐る齧る。
カリッとした音と口に広がる香ばしさ。
そして砂糖の甘い香りがアデルを過去に繋ぐ。
「…………」
窓の外は薬草が風に揺られていた。
困惑していたアデルの心がゆっくりと落ち着いていく。
忘れかけていた景色。
ここが現実ならどれほど良かったか、母が死んだのが夢だったら良かったか。
「今日のご飯は何が良い?」
「おかあさん」
テーブルから立ち上がり、母を後ろから抱き締める。
「一緒に死ねなくてごめんなさい」
死ぬチャンスなんて何度もあった。
だけどアデルは辱められても死を選べなかった。
生きるために数えきれない回数、男に身体を捧げた。
死ねば楽になれるのにと考えながらも、アデルは母の後を追えなかった。
「大丈夫。お母さん待っててあげるから、ゆっくりおいで」
抱き締められるような感覚。
「うん。待っててね、お母さん」
アデルは涙を流し、目を閉じた。
「……んっ」
アデルの意識がゆっくりと覚醒していく。
「ううっ。眩しい」
電球の照明に目を細める。
右腕で庇を作り、アデルは自分の状況を確認する。
休息を与えられて、だけど気分が悪くなったところまでは振り返る。
しかしそこで自分が冷たい床ではなくベットに居ることにアデルは気付いた。
「んっ? ああ、起きた」
「ひぃっ!?」
突然覆い被さった影にアデルは悲鳴をあげる。
だけどベットに寝っ転がってるから逃げることが出来ない。
「ひぃっって。酷いな〜。看病してあげてたのに」
不貞腐れるような声。
アデルの焦点が合う。
「マネリ、少尉?」
「そうだよ〜。先輩のマネリ少尉だよ〜」
にっこりの笑顔を見てアデルは現実に戻って来たと悟る。
「あの、どうしてマネリ少尉がここに?」
「別に夜這い来たわけじゃないよ〜」
アデルから降りたマネリは椅子に座り直す。
「夕食の時間になったから呼びに来たら返事ないし、鍵が開いてたから入って来たら床にぶっ倒れてるんだもん。赴任早々死んだのかと思ったよ〜」
深刻そうな話なのに明るく笑うマネリにアデルは呆けてしまう。
「ごめんね。刺激強すぎたよね」
声を発さないアデルにマネリは小さく頭をさげる。
その姿にアデルは困惑する。
「あ、頭をあげてくださいマネリ少尉。倒れたのは私自身が弱かったからで」
「でも信じて。悪気があったわけじゃないの。初めての教育係になったから張り切っちゃって。だから早く仕事を覚えてもらおうって。本当にごめんね」
今度は深々と下げられる。
その誠実な姿に、アデルからは恐怖や困惑は消えていった。
「そうですね。初めてにしてはスパルタでしたね」
苦笑出来る余裕も生まれていた。
「マネリ少尉。顔をあげてください」
アデルの声にマネリは恐る恐る顔をあげる。
「お腹が空いたので、一緒に食事に行きませんか?」
「アデルちゃん! うん! 行こうか!」
マネリにエスコートされて二人は食堂に向かった。




