琉国志巻二:緣戲山南_073
初めまして、よろしくお願いします!私は台湾人です、この長編小説は、私の沖縄への愛から生まれ、おそらく私の後半生、そして一生で最も重要で重要な作品です。
見かけ上、これは「時空を越える」小説と「歴史」小説のように見えます、その肌理は骨の髄まで染みる「恋愛」小説であり、その中には人生の選択をたくみに盛り込んだ「成長」小説でもあります。それはさらにXXX小説であるかもしれませんが、これはこの作品の最も重要な鍵となる設定であるため、ここで明かすことはできません。
つまり、あなたが沖縄の文化や風景に興味を持っているか、歴史的に謎めいた「三山王国」時代に興味を持っているか、琉球バージョンの「三国志」のような合従連衡や百里の戦闘を体験したいか、または数世紀にわたる情熱的な愛を感じたいか、主人公が困難な試練を乗り越えながら得た洞察を自分の人生に応用したいか、どのような興味があるにせよ、この作品から満足感を得ることができます。要するに、エンターテイメント性と実用性の両方が兼ね備えられています!
この本に対する私の期待(厳密には「夢」かもしれません)についてお話ししましょう:日本語に翻訳し、日本の文学ウェブサイトで公開し、そして沖縄の現地(日本全体でも)で実物の本を出版することです。それに向けて、私は関連する記事や書籍を多く読み、できるだけリアルな体験を提供し、全く異なる新しい読書体験を創り出すために多くの時間と労力を費やしました。
現在、全書の3巻の概要と主要なキャラクター設定が完成しており、また、第1、2巻の部分がすでに90万語完成しています。何も予想されない限り、全書は150万語を超えるでしょう。この数値は驚くべきもののように見えるかもしれませんが、創作を生業とする多くのウェブ作家にとっては、毎日5000語以上を更新し、年間200万語以上、小説1つで500万語を書くことは一般的です。私はそのような野心を持っていませんし(体力や時間もありません)、しかし、もし反響が大きければ、続ける可能性も排除しません。なぜなら、私は3巻以降のプロットも初期段階で計画しています!
現在、適切な翻訳がない(また、予算が不足している)ため、日本語版はChatGPTの支援を受けて翻訳されています。したがって、抜け漏れや誤りがあるかもしれません。皆様のご指導をお願い申し上げます。また、この機会を通じて、《琉国志三部曲》を翻訳し出版したいと願う個人や団体を探すことを願っています。もし翻訳を手伝ってくださり、実際に書籍を出版する出版社を見つけてくださる方がいれば、出版社と契約を結ぶ際に、正式な契約を締結するためにご一緒することをお約束します(版権料を共同で享受します)。
下は、読みやすさのために、各章が日本語と中国語のバージョンを同時に表示します。誠にあなたに、この(おそらく非常に長い)旅に参加していただくことを誠にお勧めいたします。私を信じて、あなたは失望しないでしょう。
CH 073
要するに、またしても「政略結婚」というやつである。
その話をするには、まず「具志川城」の由来から語らなければならない。
琉球本島最南端に位置する具志川城の初代城主は、久米島出身の「眞金声」按司であった。故郷の居城「具志川城」が陥落した後、彼は生き残った一族や臣下を率いて海を渡り、この地へと逃れた。そして長年にわたる苦労と開拓を重ね、故郷の居城と同じ名を持つこの城寨を築き上げた。
具志川城最大の特徴は、標高30メートルの喜屋武海岬に築かれていることである。三方を海に囲まれ、城門は東側に開かれた一か所のみで、本丸(主郭)に至っては海へ突き出した岩礁の上に位置している。そのため、「守るに易く攻めるに難い海上要塞」と称されている。
辺境に位置し、人口も少ないことから、具志川城はこれまで南山国の他の按司たちから目の敵にされたことがなく、取り込む価値すらないと見なされていた。そのため、今日まで一隅に安住することができ、いずれの勢力に与するかを迫られることもなかった。
具志川城の現当主である按司は「具志川」といい、芝怡の父である。彼には一人娘の芝怡しかいない。現在の南山国内では水面下で各勢力の思惑が激しく交錯しており、自分の死後に跡を継ぐ者がいなくなること、さらには自力で領地を守る力に乏しいため他勢力に併呑されることを恐れていた。だからこそ、芝怡を仲間按司の息子「照屋」と縁組させることを考えるようになったのである。
第一の理由は、仲間の勢力が南山国において南山王の勢力に次ぐ規模を誇り、第二の勢力である汪英紫の勢力ともほぼ拮抗しているためである。両城が姻戚関係を結ぶことは、双方にとって利益となる。
さらに、照屋は幼い頃から芝怡と面識があり、彼女への想いを隠そうとしたこともなかった。それどころか、これまで幾度となく縁談について打診してきたため、無理やり娶ろうとしているわけでもない。
唯一の障害は、芝怡本人の気持ちだった。彼女は今に至るまで、一度もはっきりと承諾の意を示していない。加えて、幼い頃から自由奔放な性格で、何かあるとすぐ家を飛び出しては各地を冒険して回っていたため、両親もあまり強く迫ることができずにいた。
「照屋のこと、いったいどう思ってるんだ?」藍自強はまず、この肝心な問いを切り出した。
「瓷玉が達勃期に抱いてる気持ちほど強くはないけど、私も彼のことはけっこう好きだよ。ただ、政略結婚を無理やり受け入れさせられるのが嫌なだけ」
芝怡の性格は、やはり瓷玉とよく似ていた。こんなことを聞かれても少しも気まずそうにせず、率直かつあっさりと答える。二人が親友になったのも、なるほどとうなずける話だった。
「照屋に好意を抱いていると言ったけど、もし君の父上が縁談を持ち出さず、君自身に決めさせていたとしたら、それでも本当に彼と夫婦になりたいと思ったのか?」芝怡がそこまで率直に話すのならと、小強も思い切って核心まで問い詰めた。
芝怡は黙り込んだ。どうやら、そんな角度から考えたことは一度もなかったらしい。
「じゃあ、聞き方を変えよう。何ものにも縛られず、自由気ままに山や海を巡って暮らす人生と、照屋と夫婦になって一生を共にする人生。君が本当に送りたいのは、どちらの人生なんだ?」小強はさらに問いかけた。
芝怡の瞳にわずかな迷いが浮かんだ。藍自強が何を伝えようとしているのか、その意味を少しずつ掴み始めたようだった。
「本当は、君が本当に気にしているのは政略結婚をするかどうかじゃない。それはただ、もっともらしい『隠れ蓑』にすぎないんだ。」藍自強はなおも食い下がり、話を続けた。
芝怡がわけが分からないという顔をしているのを見て、彼はさらに説明した。「もっとはっきり言えば、どれほど誰かを好きになって、心から愛していたとしても、自由気ままな独身生活を手放したいと思うとは限らない。ましてや、その人と家庭を築き、一生を共に歩みたいと思うとは限らないんだ。」
そして最後に、容赦のない一撃を放った。
「君は父親の命に背いたという汚名を着せられたくない。だから政略結婚を隠れ蓑にすることを選んだ。そうすれば、自分が独立心の強い人間だと印象づけられるうえに、周囲から同情まで得られるからね。」
実のところ、心療内科医としてのキャリアの中で、こうした単刀直入な面談の進め方は小強が最も好み、また最も得意とするものだった。ただし、誰もがこのようなコミュニケーションの仕方に「耐えられる」わけではないため、「相手に応じてやり方を変える」必要があり、適したケースを見極めて行わなければならない。
芝怡はもともと率直で細かいことにはこだわらない性格で、そのうえ精神的にもタフだった。だからこそ、小強はこのやり方が最も効果的だと判断したのだ。
言うべきことはすべて言った。あとはもう、彼女自身が考え、決めるしかない。そこで小強は、昨日茉莉と話した際に浮かんだ二つの疑問について尋ねることにした。
おそらく瓷玉から、すでにこの件を聞かされていたのだろう。しかも、こうした噂話は芝怡の「得意分野」であるばかりか、何より彼女が大好きな話題でもある。そのため、彼女の気分はたちまち切り替わった。
茉莉の言う「一族の重荷を背負わなければならない」という話は、別に噂話などではなく、南山国では誰もが知っている事実だった。
現玉城按司の「親慶原」は、まだ三十七歳という若さでありながら、なぜか政務にはまるで関心を示さず、日がな一日、ただぼんやりと無為に過ごしている。
彼には茉莉のほかに十四歳になる息子が一人いるが、その子は幼い頃から痴愚で、どれほど名医に診せても手の施しようがなく、身の回りのことすら自分一人では満足にできない。ましてや家業を担うことなど、望むべくもなかった。
一家で唯一「まとも」な茉莉は、玉城祝女としての務めを背負うだけでなく、父に代わって玉城勢力を維持し、動かしていかなければならない。そのうえ、弟の世話まで担っているのだから、まさに体がいくつあっても足りず、心身ともに疲れ果てていた。
親慶原はもともとそのような人物だったわけではなく、十四年前に妻を亡くしてから、こうなってしまったのだ。
とはいえ、悲しみのあまり人が変わったというだけでもないらしい。伝え聞くところによれば、息子に対する彼の態度はひどく極端で、ある時は憎悪をむき出しにし、またある時は深い罪悪感に苛まれているように見えるという。その裏には、誰にも知られていない何らかの過去が隠されているらしい。
この件については一族の秘事に関わるため、「噂好きの少女」を自称する芝怡でさえ、詳しいことは知らない。
茉莉が抱いた二つ目の疑問、「突然ある人を好きになった」ということもまた、なんとも不可解な謎だった。なぜなら、彼女が恋に落ちた相手は、具志頭按司の息子「向陽」だったからである。
なぜ不可解なのか。それは、向陽という男が南山国内では悪名高い人物として知られていたからだ。とはいえ、悪事の限りを尽くしていたわけではない。問題は、彼が女性に対して抱いている「特殊な趣味」にあった。
彼の屋敷に、各地からかき集めてきた数十人もの女を「囲っている」というだけならまだしも、さらに眉をひそめたくなるのは、確かな筋からの情報によれば、彼には女に関して常人とは異なる嗜好があり、いつもさまざまなやり方で淫楽に耽り、己の欲を満たしているということだった。
その「嗜好」とやらについては、さすがの芝怡も恥ずかしくて詳しく探る気にはなれず、具体的なことまでは分からない。
奇妙なのは、屋敷にいる女たちはどうやら束縛されているわけではなく、自由に出入りできるらしいということだった。それなのに、なぜかこれまで誰一人としてそこを去ろうとした者はいない。傍目には、皆が自ら望んで屋敷に留まっているようにしか見えなかった。
こうした「奇妙」な評判のせいで、向陽はもう何年も茉莉に想いを寄せ続けているものの、これまで一度たりとも好意的な態度を向けてもらえなかった。
ところが、去年のある出会いを境に、どういうわけか茉莉は向陽と頻繁に関わるようになった。それでも、その理由については決して口にしようとしない。
唯一の手がかりは、向陽が属する門派――蠱門だった。
蠱門は、具志川城の東方一里(約4キロ)に位置する「奧武島」にある。正月初め、恩納の自治領に滞在していた折、元名護の医官「千江」が蠱門の由来についてこう語っていた。
西暦1281年の「元日戦争」において、日本軍によって殲滅・捕虜となった元軍、そして中国へ逃げ帰った残兵を除き、少数の元軍兵士が暴風雨の中で南へと流され、長い漂流の末に琉球本島へたどり着き、浦添に上陸した。
その一行には軍士のほか、苗疆出身の巫医が一人いた。彼は軍中で治療を担うだけでなく、天を祀る祭祀や占卜も職務としていた。
その巫医は後に、なぜか袍沢たちのもとを離れ、単身で本島南部へと向かい、そこで謎に包まれた「蠱門」を開いた。
現在、「蠱門」の系譜は第三代門主にまで受け継がれており、正式に入門した門徒は二人いる。大弟子は、恩納自治区で肖日と「過節」のあるあの巫医。そして二弟子は、南山国の貴冑の子弟である。
そして、その貴冑の子弟こそ、具志頭按司の一人息子、向陽であった。
〈作者のつぶやき〉
「具志川城」の由来については、史書に記された内容を書き写したものである。
CH 073(中国語版)
說穿了又是「政治婚姻」這碼子事。
這就得從「具志川城」的由來說起。
位於琉球本島最南端的具志川城,第一任城主是來自久米島的「眞金声」按司,在故鄉的居城「具志川城」被攻陷之後,他帶著殘存的家族、臣屬渡海逃到此處,歷經多年胼手胝足的發展,建造出這座與故鄉居城同名的城寨。
具志川城最大的特色是建造在海拔30米的喜屋武海岬上,三面環海,僅有向東開的城門,本丸(主城)的部分更是位於凸出海面的礁岩上,因而被稱為「易守難攻的海上要塞」。
由於地處偏遠加上人口稀少,具志川城從未被南山國其他按司視為眼中釘,連被拉攏的資格也欠缺,因此至今尚能偏安一隅,從不需要被迫表態。
具志川城現任按司名為「具志川」,乃是芝怡的父親。由於只有這個獨生女,處在當前南山國內暗潮洶湧的情勢下,深怕自己離世之後無人繼承,甚至因為缺乏自保能力而被併吞,因此才會考慮讓芝怡與仲間按司之子「照屋」聯姻。
首要原因是仲間勢力在南山國中僅次於南山王勢力,與第二大勢力汪英紫勢力相差無幾,兩城結為親家對彼此都有好處。
此外,照屋從小就認識芝怡,從不掩飾對她的心儀之意,更曾多番探詢迎娶事宜,因此並沒有強取強嫁的問題。
唯一的阻礙是芝怡的心意,因為她至今從未明確表達同意。再加上從小「野」慣了的個性,動不動就離家出走到處探險,所以父母也不敢逼之太急。
「你對照屋到底是什麼感覺?」藍自強先提出這個關鍵問題。
「還不到瓷玉對達勃期的感覺那麼強烈,但是我其實蠻喜歡他的。我只是不喜歡被強迫接受聯姻。」芝怡的個性果然和瓷玉很相近,面對這種問題一點也不覺得尷尬,回答得既直接又坦然,難怪兩人會成為閨蜜。
「你說你對照屋有好感,那如果你爹並未提出聯姻的要求,而是讓你自己決定,難道你就真的願意和他成婚?」既然芝怡這麼直來直往,小強索性追問到底。
芝怡沉默了,顯然她不曾從這個切入點思考。
「或者換一個問法:自由自在的遊山玩水,以及和照屋結為連理共度一生,何者是你比較想過的生活?」小強繼續追問。
芝怡眼中出現些許動搖,似乎慢慢抓到藍自強想傳達的重點。
「其實你真正在意的並非聯姻與否,那只是一個冠冕堂皇的『擋箭牌』。」藍自強不依不饒繼續往下說。
眼看芝怡一臉不解,他接著解釋:「說得更清楚一點,即使很喜歡、很愛一個人,也不表示願意脫離自由自在的單身生活,更不表示想要共組家庭、攜手一生。」
最後是殘酷的一擊:「你不想招來違背父命的罵名,所以選擇用聯姻當作擋箭牌,如此一來既能凸顯你的獨立自主個性,又能博取他人的同情。」
其實在身心科醫師生涯中,這樣直接了當的會談方式是小強最喜歡、也最擅長的,只不過並非每個人都「受得了」這樣的溝通方式,必須「因材施教」選擇適當的個案進行。
芝怡的個性直接了當、大而化之,兼之心理素質強大,因此小強判斷這種方式最有效。
言盡於此,其餘就只能留待她自己思考與決定了。小強於是問起昨天和茉莉談話時產生的兩個疑問。
瓷玉想必已經事先告知芝怡這件事,而且這類八卦不但是她的「專長」,更是她最感興趣的話題,因此心情立刻隨之轉變。
有關茉莉所謂的「要扛起家族的重擔」,這其實並非什麼八卦,而是南山國內眾所皆知的事實。
現任玉城按司「親慶原」雖然才三十七歲,但不知為何卻對政務完全沒有心思,成天只是混沌度日。
除了茉莉之外,他還有一個十四歲的兒子,偏偏從小就痴傻,看遍名醫都無能為力,連生活自理都有困難,更別說是要分擔家業。
茉莉身為全家唯一「正常」的人,不但身負玉城祝女職務,還得代父維持玉城勢力之運轉,更要分擔照顧小弟的責任,可說是分身乏術、心力交瘁。
親慶原並非向來如此,而是在十四年前妻子過世後才變成這樣。
但要說是悲傷過度又不盡然,因為據傳他對兒子的態度非常極端,時而痛恨至極、時而心懷愧疚,似乎隱藏著什麼不為人知的過往。
這方面由於事涉家族秘辛,因此連號稱「八卦少女」的芝怡也不清楚。
茉莉所帶來的第二個疑問「突然喜歡上一個人」,又是另一件讓人頗為費解的謎團,因為她喜歡上的是具志頭按司之子「向陽」。
為什麼費解,是因為向陽此人在南山國內可說是臭名昭彰。倒不是他作惡多端,而是他對女人的「特殊興趣」。
他的宅邸中「收藏」了數十名到處搜羅而來的女人也就罷了,更讓人不敢恭維的是根據可靠消息指出,他對女人有異於常人的癖好,總是用不同方式淫樂滿足。
所謂的「癖好」饒是芝怡也羞於打探,因此並不清楚詳情。奇怪的是,他宅邸中的眾女似乎並未受到拘束,而是可以自行出入,偏偏從未有人選擇離開,看似都是心甘情願待下來。
由於這樣「奇特」的名聲,雖然向陽已經追求茉莉多年,卻從來沒有被好臉色對待。
然而在去年某次相遇之後,茉莉竟然不知為何開始與向陽頻繁互動,卻又從來不說原因。
唯一的線索是向陽的師門:蠱門。
蠱門位於具志川城東方一里(4公里)處的「奧武島」上。元月初在恩納自治區時,前名護醫官「千江」曾告知蠱門的由來:
西元1281年「元日戰爭」中,除了被日軍殲滅、俘虜的元軍,以及逃回中國的殘部以外,少數元軍在暴風雨中往南漂流,一路輾轉抵達琉球本島,在浦添登陸。
其中成員除了軍士以外,還有一位來自苗疆的巫醫。他在軍中的職責除了醫治以外,還包括祭天、占卜。
那位巫醫後來不知為何離開袍澤,獨自前往本島南方開創了神秘的「蠱門」。目前傳到第三代門主,正式入門的門徒有兩人,大徒弟就是恩納自治區那名與肖日有「過節」的巫醫,二徒弟則是南山國的一位貴冑子弟。
而這位貴胄子弟,正是具志頭按司的獨子向陽。




