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30話。鬼が出るか蛇が出るか

「じゃあ……行きますよ?」

気を取り直し、皆で顔を見合わせて頷き合うと、ゆっくりと扉を押し開いた。


僕らは……いや僕は、この扉の先には森か館か迷路か……いずれにせよ、次の階層が広がっている。……と、そう思っていた。そう、信じて疑わなかったのだ。


だからこそ、扉の先に見えた景色に、驚きを隠せなかった。


扉を開くと、その先の空間から漏れ出た白い光の眩しさに、目を細める。


やっとのことで目を瞬かせて眇めると見えたそこは、どこまでも白い空間だった。

ともすれば境も分からなくなってしまいそうなそこは、ある1つ異様なもので、くっきりと空間の限界を示していた。


……それは、扉だった。

けれど今までの扉とは一線を画すほどの()()()()を放っている。

扉からほど遠く、なにか黒々としていて、細かい模様が紫で彫り込まれている。としか見えないここからでも、扉の周りだけは周りの純白を浸食するような禍々しいオーラを放っているように見えた。


呆然としている僕らとは違い、真っ先に正気に戻った月熾さんが、目線で僕らを制してきた。

それに軽く僕らが頷いたのを確認すると、

「さて……鬼が出るか蛇が出るか……」

そう呟き、警戒を強めつつもゆっくり部屋に入っていった。

「「月熾さん!?」」


驚きの声を上げる僕らを意にも介さず……いや、心配させないようにか、緊張しているそぶりを見せないまま部屋に入った月熾さんは、周りを見回したり、軽く足踏みしたり、壁をコンコンと軽く叩いたりしながら数十秒経つと、少し気を緩め、此方を振り向いた。

「……どうやら、暫くは大丈夫そうですよ」


その言葉に、月熾さんが無事だったからか、罠では無かったからか、玲谷たちは無意識に安堵の溜息を吐きながら、部屋に入る。


部屋に入るとやはり圧倒されるのは、正面の扉の存在感。

そこまで広くもないからこそ、この部屋の純白さを浸食していくような扉の禍々しさは部屋の中で見ても無くならず、いや、寧ろより強く、より恐ろしく感じられた。


恐る恐る扉に近づくと、ただ細かい装飾としか思っていなかった扉の様相が、ただただ克明に僕らの目に映る。


中央には無惨に枯れ果て、変色した元大樹が描かれており、その根は怪しい水を沸き立たせている水のような何かに浸かっている。

元大樹の周りには、捻くれた角や破れた羽根を持つ小さな悪魔が二匹。それはそれは愉しそうに飛びまわり、その閉じられた眼で、枯れ果てた大樹を見つめている。


ふと……大樹を見つめていた二匹の悪魔が、動くはずのない彫刻が、まるで僕らの存在を知覚したかのように此方を見やると、愉しそうににんまりと目を細め……

揃って、目を、開いた。


その瞬間、紅く、何処までも続く闇のような4つの瞳が僕らを射貫き……


数分にも数刻にも感じられた長い長い数秒の後、

満足げに再び細められた目が閉じられたことで、やっと息を吐く。

「ッハッ!」

その息苦しさに、必死に吸い込んだ酸素の得難さに、己がそれまで息を止めていたことを知る。


そのあまりにも非現実的な、あり得てはならない現象に、人の元来備わった本能が恐怖し、無意識のうちに顔は引きつり、足は後ろへと下がっていた。


ふと背中に固い感触がして、足が止まる。

つい後ろに伸ばした手は、ざらざらとした独特な質感を持ち、ひんやりと冷たく、固い壁に当たる。


その何処までも無機質な壁は、緊張と恐怖で心が乱れまくった玲谷には、この部屋……いや、この世界から拒絶されているかのようにすら感じられた。


けれど、どうやら僕らは純粋に恐怖し、慄く時間も与えられないようだ。


「お前らに休息など与えぬ」とばかりにゴゴゴ……と重いものが動く音がしたかと思うと、固く閉ざされていたその扉が、重々しく、ゆっくりとその顎を開いた。


扉からは、謎のもやが漂い、中を見ることは叶わない。

しかし、扉の中の冥く、深い闇が、僕らを深淵へ誘い込むように手招きしていた。


この先、誰かが死ぬかも知れない。そしてそれは……僕も例外では無い。

爪痕すら残せずに、無惨に、無様に、殺されてしまうかも知れない。


冷たい空気が流れた。皆、なんだかんだ自分が死ぬのは怖いのだ。


そんな雰囲気を破ったのは、また、月熾さんの言葉だった。

「この先がたとえ地獄に続いていようと、俺らのやることは変わりません」

休憩所の扉を開いた先程と変わらないかそれ以上……月熾さん自身が犠牲になる覚悟すら決めた表情で、闇をただまっすぐに見つめている。


その瞳に、何故かどうしようもなく不安になって、手を掴む。

「僕も……僕もこの先、志半ばで朽ちるとしても、一緒に戦います!」

(ーー大切な仲間だから!)

僕の気持ちがやっと届いたのか、月熾さんは少し目を見張ると、安堵したかのように目尻を下げ、微笑んでくれた。


(良かった……この人を……1人にせずにすんだ……)

そう、思っていたのは僕だけじゃ無いと証明すべく、咲が、凛が、力強く頷く。

貴方を一人にはさせまいと、共に戦い、勝利を掴むのだ。と……


この場所へ来るときよりさらに強い覚悟を持って、この場所へ来るときと同じように、扉に向かって僕らは足を踏み出した。


生ぬるい風が頬を撫でる。

神経を逆なでするような生理的な嫌悪感すら抱かせる冥く、深い闇に包まれたかと思うと、次の瞬間には、見知らぬ空間に立っていた。


ーーそこは、冥い謁見の間だった。

壁も天井も床も、全てを呑み込む黒一色に染め上げられ、ほんの少し淡い黒の柱が所々に点在している。


足下には赤黒い、血に染まったようなカーペットが敷かれ、その先は、薄い灰色のカーテンで隠されていた。


窓があるべき場所も不気味な絵画が飾られており、風の入る余地が存在しないというのに、何処からか吹いてきた風が、灰色のカーテンを揺らめかせた。


途端、カーテンに影が映る。

大きな椅子のようなものに腰掛けたソレは、一歩も動くことなく腕をゆっくり持ち上げると、軽く指を鳴らした。

すると、姿を隠していたカーテンが一瞬にして消え去る。


そうして見えた者は、一見してヒトと何が違うのか分からないような姿形をしていた。


色褪せた灰色のセミロングに、諦念が込められた翠の瞳。

少し青白い肌は、白いシャツや黒いズボンに覆われている。


違うとすれば、不自然に尖った耳と、鎖や紋章などが僅かに飾る濃い灰色のローブや、その指にはめられた、黒一色の指輪だろう。


「貴方が……魔王……なのか?」

その、構えるでもなく、怒りや愉悦を見せるでもなく、ただ諦念のみを宿した瞳で此方を見つめる彼に、困惑を表す。


「……いかにも。我が魔王と呼ばれる者である」

魔王であると当人に肯定されても、疑惑は消えない。


「どうした?あぁ……いや、そうか」

動く気配のない僕らに困惑したかのように問いかけると、納得したかのように頷き、再び此方を見やる。


諦念しか宿していなかった瞳が怪しく、剣呑な光を宿す。


ゾワッとした違和感と共に、扉を見たとき以上の嫌悪感が身をよぎる。

知らないものから逃れるような、拒絶感を抱きながら、目の前に迫る現実的な“死”に恐怖する。


目を細め、口角をつり上げ、酷薄な笑みを浮かべると、ゆっくりと口を開いた。


その先を聞いてはならないと本能的に理解するも、僕らに1度開いた口を閉じさせる力は無い……いや、万が一にも閉じさせたところで、この恐怖が無くなることはないだろう。


何故なら僕らは知ってしまったのだから。……この世には、触れてはならない闇があることを。


「我らが城へようこそ、生き残りし()()()()よ。その蛮勇さに免じて、我直々に相手してやろう」

鬼が出るか蛇が出るか……されど果たして彼は魔の者か……



ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


更新が不定期にも関わらず、見て下さる方が少しずつ増えて、ブックマークや評価をしていただけることがほんっとうに嬉しいです!やる気が湧いてきます!


まだまだ拙い文章ですが、少しでも「面白い!」「続きが気になる!」と思って頂けたら嬉しいです。

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