第十一話 決勝戦
夕食が終わり、再び闘技場に観客が集まった。
もちろん、今日最大の試合を見るためである。
「決勝戦くらいは楽しめるんでしょうね?」
アゼルスの隣に佇む、橙色の髪の少女はつぶやいた。
予選時に席を外した人物だ。
「私は本戦の大体の試合が楽しめたけどね。もしかしたらラーナには退屈だったかも」
「アンタが楽しめても、アタシは退屈しそうだった?そういう情報は要らないのよ。アタシが楽しめそうだった試合があったなら別だけど」
ラーナと呼ばれた少女は不機嫌そうに言うと、顔をぷいと背けてしまった。
アゼルスはこの捻くれた性格の少女に苦笑いをするしかない。
ラーナ・アーサー・ウエラルド、この国のプリンセスだ。
だからこんな性格になってしまったのかもしれない。
まあアゼルスとて、彼女の育ちを詳しくは知らないが。
「ほら、入場してきたわよ。エスパーダ家のジンと、ルシファーの弟のクロスね」
アゼルスが説明すると、ラーナは仕方なさそうに二人を見た。
そしてしばらく見続けると、やがて眉をひそめた。
「どうしたの?」
「エスパーダ家の人間はどっち」
「え?」
「そのジンとやらはどっち、と聞いているのよ」
不機嫌そうに鼻を鳴らすと、ラーナはアゼルスを睨んだ。
ラーナの機嫌の悪さに疑問を抱きながらも、アゼルスはジンを「灰色の髪のほう」と伝えた。
するとラーナは考え込むような仕草をして、
「おかしい…エスパーダ家の人間は決まって『黒髪と赤メッシュもどき』とかいうふざけた髪色のはず。何でジンとやらは灰色の髪をしているの?」
「赤メッシュ…?」
「…トアペトラのヘアスタイル」
アゼルスの問いにぶっきらぼうに答えると、ラーナはまた考え事を始めてしまった。
アゼルスは成績こそ優秀だったが、ここの剣聖についてはあまり詳しくはない。
確かに歴代の剣聖は皆同じ髪型だったような気もするが…。
もしかしたら、ジンの『剣型を複数持つ能力』の手がかりになるかもしれない。
そんなことを考えながら試合を見ていると…
「…!」
何と、初っ端からジンがクロスの異能に捕まってしまった。
愚かなことに、イリアと同じように『光速術』で距離を詰めてしまったのだ。
前の試合から何も学ばなかったのだろうか。
「はあ…ジンは何も成長してないのかしら」
アゼルスがため息をついて額に手を当てると。
「いや、多分この試合すぐに終わる」
ラーナがそんな意味の分からないことを呟いた。
当然、クロスがジンを場外に飛ばして終わりだろう。
だが、ラーナが見据える勝利はクロスにはなかった。
「炎属性を舐めるんじゃないわよ」
※
さて、どうしたものか。
重力操作に今のところ通用するのは『セーブ・ライト』のような設置系剣技だ。
ジンには、そういう類の剣技は存在しない。
となればどうやってこの異能を回避すれば良いのか。
「兄貴、もう終わりですか」
クロスの問いが聞こえて来る。
そうか、自分はもう床に這いつくばっている状態なのだ。
どうしようもない。あとは場外に飛ばされて終わりだ。
———誰もがそう思っていることだろう。
すでにジンは作戦を思いついていた。
「吹っ飛べ!」
クロスが場外に意識を集中し、ジンを場外に出そうとした。
やがてジンは場外に吸い寄せられ———
ガツン!
———ジンの剣が床に突き刺さった。
「当然重力に則って落ちているだけなら、こういうこともできるよな?」
ドヤ顔でジンは言った。
その様子に観客は盛り上がっているが、それもそこまでだ。
「だから何だと言うんですか。結局俺が兄貴に剣技でも撃ってしまえば、兄貴は終わりです」
クロスが着々と近づいて来る。
剣から手が離れてしまったら、そこでもうゲームオーバーだ。
だが、ジンはこれを待っていた。
クロスが『剣で攻撃する』その瞬間を。
「剣技『星屑の剣流』———ッッッ!!!」
火炎の流星とともに、クロスはジンの元へと近づいて来る。
やがて彼は———死線を通り過ぎた。
「剣技『神炎刃』———ッッッ!!!」
止まったジンの剣から、禍々しい『黒炎』の剣技が放たれる。
それは『神氷刃』のように、まずは両サイドから黒炎が襲いかかり、相手の構えを崩す。
そしてジンの場合は相手を掴み、一瞬の間だけ動けないようにする。
だがクロスの異能を解くにはその一瞬だけで十分だった。
「『黒滅斬』———ッッッ!!!」
「待っ———」
放たれた剣技が、クロスの腹部に峰打ちで食い込む。
ティリアと同じように吹っ飛び、床を転がって倒れ伏した。
よかった、割と上手くいった。
少し危ない賭けだったのだが、成功したようで何よりだ。
動けない状態でも『神炎刃』が使えたのはいい収穫だった。
ザパースがクロスの状態を確認しようと近づいてきた。
だがクロスの呻き声が聞こえ、ザパースはその場にとどまった。
「…まだ…だ…、俺…は…」
拳を握りしめ、倒れ伏した状態から必死に起きあがろうともがいている。
「兄貴に…兄貴に勝つんだ…!」
その言葉と同時に、ジンの体が再び床に引き寄せられた。
しかしその力は貧弱で、ジンを這いつくばらせるほどの力はなかった。
「………」
やがてクロスは動かなくなり、ザパースはクロスの状態を確認した。
「…勝者、ジン・デルフ・エスパーダ———ッ!」
ザパースの掛け声と共に、観客は湧き上がった。
だがその中で、ただ紫色の騎士は切なげに表情を歪めていた。
※
あまりにも呆気ない決勝に、アゼルスは拍子抜けだった。
ラーナはこれを見越していたようだが、もっとこう…パフォーマンスは無かったのだろうか。
「所詮クロスとやらは発現した異能の力を利用して、初見殺して決勝まで上がったに過ぎない。そもそも入ったばかりの一年生がエスパーダ家に勝てるわけないのよ。全くつまらない」
そういうと、ラーナは肩を怒らせて退室してしまった。
仕方あるまい、決勝なら楽しめるかもと思ってきてみればこんな結末だ。
彼女なら怒って当然だろう。
「エスパーダ家の剣交祭って、あまり芸がないみたいだし」
エスパーダ家の圧倒的な戦闘力は、戦いを一瞬で終わらせてしまう。
それも考えれば、ジンには十分なパフォーマンスが出来ていたのかもしれない。
彼の力が剣聖に及ばないというのも気の毒な話ではあるが。
「ジンが望む剣士像には、一体いつになったら届くのかしら…」
まだまだ剣聖には程遠いジンに同情し、アゼルスは心を痛めた。
《キャラクター紹介》
○ラーナ・アーサー・ウエラルド
ウエラルド王国の姫君。性格は少しキツめ。
アゼルスに対する口調は厳しいが、なんだかんだで仲が良いようだ。




