第十話 魔力運搬のプロ
準決勝の二試合目は、クロスとイリアの対戦。
クロスは異能を発動した。
重力操作の異能となれば、場外に出すのは容易だろう。
この戦いは、一見クロスが有利に見える。
だがイリアの魔力運搬は凄まじい。
一回戦で剣技を放ったのは一回だけだったせいで目立たなかったが、つねに最高濃度の光属性剣技が放てるということはつねに光速の剣技が放てるということだ。
一回戦で使った『神速の輝線』、あの速さは異次元だ。
イリアにも十分勝機はあるだろう。
ザパースは片手を挙げ、目を見開いて叫んだ。
「始めッ!」
「『星屑の剣流』———ッッッ!!!」
「『光速術』!」
合図が出ると同時に、クロスは大量の石飛礫を放ち、イリアはそれを超スピードで交わして接近していく。
イリアはすぐにクロスの元へたどり着き、すれ違いざまに剣を薙いだ。
「痛ぅ———」
『光速術』を使えていないクロスは、イリアの動きを目で追えない。
剣技を使わなくとも、このように少しずつ斬撃を与えていけば勝ててしまうのだ。
だが、一度でもイリアの姿をはっきりと捉えることができたなら、クロスの勝ちになる。
「ここだ!」
ヴゥンという重低音と共に、折り返してきたイリアの身体が床に押し付けられた。
重力操作の異能だ。
この異能が発動している間は、イリアはどうすることもできない。
そしてそのまま場外の壁に引き寄せられ、試合は終了するはずだろう。
(これで終わり!)
クロスが場外に意識を集中させ、重力操作を行おうとした瞬間だった———
———クロスの視界の端に純白の光が見えたのは。
「何だ!?」
クロスが慌ててその光に目を向けると、背後のイリアが動き出した。
「『神速の輝線』———ッッッ!!!」
「———っ」
一瞬の出来事に判断が間に合わず、胴体に斜めの斬撃をくらった挙句転倒し、床に倒れてしまった。
今何が起きたのか。
イリアはずっと重力で押さえていたので何もできないはずだ。
ならばあの横に存在した光は何だったのだろう。
そして重力操作は、少しでも意識をイリアからずらすと解けてしまった。
これがこの『異能』の弱点なのだろう。
クロスが胴体からの出血に顔を顰めていると、イリアは再び閃光として姿を消し、目で追えない速さで走り出した。
クロスは起き上がり、彼女の姿を捉えようとするが、ふと考えてしまった。
次に重力操作をしたとして、また先ほどのようにやられて終わってしまうのではないか。
そして今度こそ『光速術』で背中を押されて、場外に出されてしまうのではないか。
(考えていても仕方ない、まずはあの光の正体を掴むんだ)
次の重力操作で、今度こそ光の正体を掴む。
そう決心し、背後から近づくイリアに焦点を合わせた。
再びイリアの身体が傾き、手をついて床に跪いた。
そしてクロスの視界に、純白の光が映ることになる。
「何だこれは…!」
クロスが見たもの、それは巨大な白い球体だった。
床から2mほど浮き上がったその球体からは光属性の刃が放たれている。
その刃がクロスのもとへ飛んできた。
危うくそれを交わしたところで、再びイリアの『神速の輝線』がクロスに直撃した。
「くっ…イリアさん、あの球体は何なんですか!」
クロスは思わず質問してしまった。
イリアは少し考えるふりをすると、やがて口を開いた。
「あれは『セーブ・ライト』っていう剣技で、生成した光属性の球体から一定の速さで光の刃がでるようなプログラムが仕組んであるの。クロス君が目に力を込めていたから、視線を奪えれば重力操作を克服できるんじゃないかなって思って」
そんな衝撃的なことを口にした。
剣技を魔力の塊としてその場に留めるには、完璧な魔力運搬が必要になる。
『剣域』と比べて難易度は低い。『剣域』は、魔力を流す速度も完璧にしなくてはならないからだ。
だが『セーブ・ライト』のような剣技は、球体にプログラムを仕組む必要があるため、魔力の網が通常の剣技よりも複雑になっている。
そのプログラムを仕組む段階を瞬時に終わらせることが、この『魔力運搬のプロ』には可能なのだ。
「『神速の輝線』を二度も受けて、多分次に当たったら大怪我だよ?今のうちに降参しておいた方がいいと思うけど…」
相変わらずの呑気さで、イリアはクロスを心配してくる。
次に当たったらどころか、もうすでに大怪我なのだが、所長は止める様子もない。
まだ決闘を続けてもいいといことだろう。
ありがたい———ちょうど勝機が見えてきたところだ。
「まだ降参はしません」
クロスはそう言い放つと、イリアに斬りかかった。
「それじゃあ、場外に押し出すしかないか…」
クロスが斬りかかるのを確認して、イリアはまた光速の世界に入った。
次にイリアがクロスの視界に入った時、それが勝負の決まる時だ。
「『セーブ・ライト』———ッッッ!!!」
剣技を放つと同時に、イリアがクロスの前に現れた。
直後、重力操作がイリアの動きを止めた。
だがクロスが場外に意識を集中させる暇もなく、クロスの背後から『セーブ・ライト』が襲いかかる———
「動きは読んでいたッ!」
———光の刃の動きを予知していたかのように、クロスはその場を離れた。
そしてイリアから目を離さずに、意識を場外に集中させた。
「吹っ飛べ!」
「———!?」
そのまま重力操作によってイリアは場外に引き寄せられる。
動きは止まることなく、やがてイリアの身体は場外に投げ出された。
転がったイリアは慌てて起き上がると、心底驚いたような顔をしてクロスを見た。
「な、何で!」
イリアはクロスに聞いた。
当然、なぜ『セーブ・ライト』を交わせたのかだろう。
「あらかじめ刃の動きをプログラムしているなら、その動きは一定になるはず。俺はそれを読んだまでです」
そう、二回目に『セーブ・ライト』を見た時、放たれる光の刃は周期的な動きをしていた。
おそらく刃が向かう先の指定を『動くものに対して』とか『生物に対して』とかだと、イリアも対象になってしまうからだ。
だから周期的に回すほかない。
そもそも『セーブ・ライト』はクロスの『異能』に対応したものとして作った剣技というわけではない。
おそらく設置型の範囲攻撃用として作ったのだろう。
だから『状況に合わせて形を変える剣技』ではなく、『ある程度の状況に適応できるようにした剣技』だということを裏付けることが出来た。
「勝者、クロス・メルティア!」
※
剣交祭の決勝戦は、夕食を食べ終わった後の夜に行われる。
近くにある人気の食堂で過ごす人が多いようだ。
中はだいぶ広く、訓練生全員が入れそうなほどの大きさだった。
ありふれた木造建築で、花などが飾られた親しみのある空間である。
ティリアとクロスは結構な怪我をしてしまったため、現在はジン、エリック、イリア、なんだかんだでマルクの四人で食堂にやってきた。
とくにクロスは決勝が控えているため、何が何でも怪我を治す必要がある。
「確か、ここの料理長ガイナルさんの料理は絶品だと聞いたぞ」
エリックが言うには、サングラスをかけた物騒な長身男らしいが、料理は優しい味がするのだという。
優しい味とは何か、とジンは思ったのだが、エリックは「まあ、食べれば分かるんじゃないか?」といった様子であった。
とりあえず台所で、メニューを頼みに行くことにしよう。
そこには、本当にサングラスをかけた色黒の長身男がいた。
黒髪をオールバックにしていて、いかにも暴力を起こしそうな雰囲気である。
「……注文か?」
響くような低い声で、ガイナルはジン達に聞いた。
威圧でもされているような気分だ。
「はい、それではこの…」
エリックが率先して注文しようとすると…
「面倒な任務の次は飯作りかよ!」
厨房から何やら文句が聞こえてきた。
ジンとエリックが顔をしかめ、厨房を覗き込んだ。
厨房には三人の人影があった。
黄髪の青年、茶髪の少年、赤髪の少女だ。
どうやら先程の文句は茶髪の少年によるものだったらしい。
「……ウァルスもしくはローズ、ホルスを黙らせろ」
「へーい」
ガイナルが小さく、それでいて超重量級の声を漏らすと、耳に絡みつくような声でウァルスと呼ばれた黄髪の青年が返事をした。
そして数秒後、耳をつんざくような音と共に、ホルス少年が悲鳴を上げた。
その音に食堂中の全員がびっくりしたような様子を見せたが、再び食事を再開した。
ガイナルはひとつ咳払いをすると、軽く頭を下げた。
「失礼…それで、注文は何だ?」
「あー、まずはここの従業員をちゃんとした人にに取り替えてもらっていいですか?」
頬をピクピクと痙攣させながらエリックが答えた。
先程の騒音が彼の気分を損ねたのだろう。
だがガイナルは申し訳なさそうな素振りを見せず、サングラスを整えると言った。
「残念ながらそれは出来ない。お詫びとして、値段を15%下げよう」
高くもないが少し得した気分になる、そんな割引を申し出た。
この男もなかなかやるものだ。
「ま、まあそれなら…」
そう言って、エリックは承諾してしまうのであった。
《キャラクター紹介》
○ガイナル・アグネイフ
いかにも暴力を起こしそうなサングラスの長身男。
王都で人気の食堂の料理長を務めている。
○ウァルス・ネイン
黄髪を長く伸ばした長身の青年。
呑気な性格と耳に絡みつくような声が特徴。
闘技場での会話を考えると、エルドと何か関係がありそうだ。
○ホルス・ゲルザーテ
黒髪で、目の中は炉の様に燃えている少年。
女好きで、面倒くさがりな性格。
エルドと関係があるようだ。
○ローズ・ベルセルク
血のような髪と目の色をしている少女。
ウァルスとホルスと一緒にいるが、二人と違って気弱で真面目な性格。
エルドと関係があるようだ。




