かぐや姫~創造編~そのに
かぐや姫は、常人を大きく上回る速度ですくすくと育って行きました。
お爺さんの家に引き取られてから三ヶ月。わずかそれだけの期間で、彼女はすっかり大人の女性へと成長していました。
不思議な事にその三ヶ月の間、竹取りに出掛けたお爺さんは、定期的に光る竹を見掛けるようになっておりました。切って中身を確認すると、何と光り輝く黄金が収められていたのです。
そのおかげで、お爺さんは今や村一番の富豪へと変貌を遂げていました。
粗末な家から立派な屋敷へと移り住んだお爺さんとお婆さん、そしてかぐや姫の三人は、
「お爺ちゃん、紙ヤスリの八百番取って」
「うむ、分かったかぐや姫。こっちのヒケ処理も、もう終わりそうじゃ」
「二人共、表面処理の終わったパーツにサーフェイサー吹いておきましたからね」
今日も元気に、竹模型道を爆走中なのでありました。
当初は模型に興味がなかったかぐや姫も、三ヶ月の間お爺さんの模型製作に付き合い、学び、挑戦をした結果、すっかり模型の奥深さに魅入られていたのでした。
「あー、ところでかぐや姫や」
「何、お爺ちゃん?」
ヤスリがけをする手を止め、尋ねます。最近は彼を『お爺ちゃん』と呼ぶようになったかぐや姫なのでありました。
「また、お前に結婚を申し込んどる貴族が現れたんじゃよ。それも、今度は五人
も」
「え〜、面倒臭いなぁ、もう」
うんざりとした表情を貼り付けて、かぐや姫は溜め息を吐きました。
かぐや姫の噂は、村はおろか既に都中にまで広がっていました。『光る竹の中から生まれ、夜でも部屋の隅が見える程の光を放つ』と言う神秘性もさる事ながら、何よりもその美しい容姿こそが人々の注目を攫っていたのでありました。
そのためここ最近、かぐや姫に求婚をする貴族が何人も現れているのです。しかし当のかぐや姫本人には、結婚する意志はありません。全て断わり続けていたのでした。
「今度もまた、適当に追い返してよお爺ちゃん」
「それが、今回の五人は特に熱心な様子でな。無下に扱う訳にも行かんのじゃ。家柄もケチの付けようがないしの」
お爺さんの話を聞いて、かぐや姫は「えぇ〜……」と頭を抱えます。
「なあ、かぐや姫よ。何故、そんなに結婚を嫌がるのじゃ? ワシとしては、特に反対する理由がないのじゃが」
頑なに結婚を拒むかぐや姫の態度に少しばかりの疑問を覚え、お爺さんは尋ねました。
ちなみに、このお話の『昔々』とは、時代的には平安初期(あるいはそれ以前)に当たります。その時代では、男性が女性の家へ行く『婿入り婚』が普通なので
す。
つまりお爺さんの立場で言えば、仮にかぐや姫が結婚をしたとしても、彼女は夫と共に自分の家に住み続けると言う事になります。折角の『後継者』が、他の家に取られると言う訳ではないのです。
『今更時代考証とか……』と言った声は華麗に流した上で閑話休題――
「え、ええっと、いやその、そんな大した理由がある訳じゃなくて……」
お爺さんは軽い気持ちで問うただけでしたが、かぐや姫の態度には予想外の動揺が現れました。
目線を泳がせ、指をそわそわと遊ばせ、答えに窮するように言葉の切れが悪くなります。何かの隠し事でもあるのかと怪しむには、十分な態度でありました。
「ま、まあ良いじゃないの。単に一人の方が気が楽ってだけなのよ」
「……まあお前が嫌と言うのなら、その気持ちを尊重してやりたいが……」
無理やりに話をまとめてしまおうとするかぐや姫に対し、それ以上問い詰める気も起こらず、お爺さんは床に視線を落としました。
「とにかく、今は五人の貴族の話じゃ。あの調子じゃ、中々引き下がらんと思うんじゃ。このままでは押し切られるのがオチじゃと思うぞ」
「うう〜ん……」
参ったとばかり、かぐや姫は唸り声を上げます。そのまま少しの間、声ともつかないような声を喉から漏らし、
「……そうだっ、じゃあこう言うのはどうかな?」
やがて思考が一つの結論に巡り至り、ぱちんと両手を合わせながら言いました。
かぐや姫の意見を聞いたお爺さんは、
「……なるほどな。それで行こうか」
膝を叩いて頷くのでした。
そして、数日後。
「皆さんこんにちは。この度の私への求婚のお言葉、嬉しく思います」
五人の貴族達――石作の皇子、車持の皇子、右大臣の安倍御主人、大納言の大伴御行、中納言の石上麻呂と言う、現代人にとって大変名前が読みづらい方々を前
に、かぐや姫は挨拶の言葉を述べました。
『かーぐきゅーん! イエー!』
そして五人の貴族達は、謎のテンションにて答えます。『誰がかぐきゅんやね
ん』と言う心の声を苦労して喉の奥に押し込め、かぐや姫は続けます。
「しかしながら、私はあなた方の事を良く知りません。信用出来る人々だと言う確証がないのです。もしも私と結婚をしたいと仰るのであれば、信用に足る人物であると言う証を立てて頂きたいのです」
『任せてー! かぐきゅーん!』
グイグイ押して来る五人に、かぐや姫は『うっわ、うぜぇ』と胸中で呟きながらも、表向きは優雅な物腰を崩しません。
「そのためには、私が今から申し上げる品物を、私の元へ持って来て下さい。まずは石作さん、貴方には、仏の御石の鉢――」
「どんと来い! いかなる困難があろうとも、必ずやかぐきゅんの言う品物を手に入れて見せるぜ!」
「――の竹模型を作って持って来て下さい。もちろん、自分で作ったものを」
「模型ぃ!?」
困難の方向性がまさかの技術面。模型製作など行った事のない石作さんが、思わず素っ頓狂な声を上げるのに対し、
「更に、その出来栄えも審査させて頂きます。全国規模の模型コンテストの、大賞を狙えるレベルの作品でなければ不合格です」
畳み掛けるように条件を付け足します。石作さんは、もうこの時点で頭を抱え込んでしまっています。
ちなみに仏の御石の鉢とは、要するに仏様ご愛用の鉢だと思っておけば大丈夫です。
「次に、車持さん。あなたには、蓬莱の玉の枝の竹模型を作って貰います」
「そもそもホウライの玉の枝を見た事がないんだけど!?」
ホウライとは仙人の住む山の事で、かぐや姫はそこに生えている根が金、茎が
銀、実が真珠で出来た枝を模型にしてね、と言っています。
「次に安倍さん。あなたは、火鼠の皮衣の模型を作って下さい」
「火鼠本体を差し置いて!?」
要するに、火に入れても燃えない衣の模型を作ってね、と言う事です。本体はおろか、燃えない要素さえも特に関係がありません。
「次、大伴さん。あなたは、龍の顎の五色に光る玉を模型にして下さい」
「だから龍本体は無視なの、かぐきゅん!?」
ちなみに龍の顎には、触ると龍がブチ切れる逆鱗も一緒にくっついています。取ってこいと言われた場合、命がいくつあっても足りない難易度になっていたところでした。
「石上さんはツバメが持ってる子安貝の模型」
「最後だからってそんなやっつけ気味に言わなくても!?」
子安貝とはタカラガイと言う、表面が陶磁器のような光沢の、実在する貝の事です。ツバメもタカラガイも、安産に関係があるが故の組み合わせなのですが、この場合もはやツバメ要素は皆無です。
『ど、どうすりゃ良いんだよ……。模型なんて作った事ないぞ……』
難題を吹っ掛けられた五人の貴族達は、揃って困惑の表情を浮かべます。
少しばかり抗議をして、条件を軽くして貰おうか。
彼等はそれぞれ目配せをし合い、行動に移すべく口を開きかけましたが、
「期限は一ヶ月とします。では皆さん、頑張って作って下さいね」
『うん、僕達超頑張るよかぐきゅーーーーん!!』
最後にかぐや姫がニッコリと笑顔を浮かべただけで、条件反射的にそんな叫びが肺から湧き出て来ました。
さながら、メトロノームの音を聞いただけで唾液が出て来る、パブロフの犬のような五人なのでした。




