裸の王様~唸れ炎の上腕筋編~そのいち
とあるお城に、一人の王様がいました。
彼は善政を敷き、下々の者へも分け隔てなく接するため、国中から慕われる王様でした。
そんな、一見すると立派な国王ではありますが、彼にはある重大な問題点が存在していました。
「あのですね、陛下……」
「何じゃ? 大臣」
「お願いですから、服をお召しになって下さい……」
この王様は、その日常生活を常に裸で過ごしている人物でありました。かろうじて履いている下着だけが、彼の身に着けている全てです。
「何を言う大臣。服を着ては、ワシのこの筋肉を見せる事が出来んではないか」
そう言って王様は、自身の肉体を見せ付けるかのようにポーズを取ります。『フロントダブルバイセップス』と呼ばれる、両腕を曲げて正面から上腕筋を見せるポーズでした。
趣味の筋トレが生み出した、それはそれは見事な肉体美を前に、大臣は溜め息を吐き、言いました。
「見せなくて良いんです。そのままでは、城の者達の士気に差し障りがあります」
何しろ、四六時中裸で過ごしているのです。その姿を見る城内の人間は、落ち着かないやら、いたたまれないやらで、仕事に集中する事が出来ません。
女性陣であれば尚更であり、羞恥心でまともに王様と接する事が出来ない者も少なくありません。まあ中には羞恥心と言う薄衣の奥に、好奇心その他がチラついているご婦人も少なくありませんが。
「この城は、いわばワシの家じゃぞ。自分の家の中でどんな格好をしようと、何の問題もないじゃろう?」
「問題があるから言っているのです。と言うかそれ以前に、外でも脱いでいる人に言われましても」
「ならばそなたは、ワシにこの筋肉を隠したまま暮らせと言うつもりか?」
「はい、そうです。反語表現使っても無駄です」
王様の言葉を、大臣はバッサリ切り捨てます。
「嫌じゃ嫌じゃ! ワシは裸で過ごしたいんじゃ!」
「遂に駄々をこね始めた!? 無礼を重々承知の上であえて言わせて頂きますと、面倒臭いなこの国王!?」
一国の命運を背負う主が、筋骨隆々たる体躯を床に投げ出して手足をジタバタさせる。絶対に国民に見せる事が出来ない上、自分も見たくはなかった姿を眼前で演じられ、大臣は心のハリセンを振るうのを止める事が出来ませんでした。
「とにかくワシは、服は着らんぞ! この自慢の筋肉を隠す気はないんじゃ!」
王様はそう宣言し、その場を立ち去って行くのでした。
「うーむ、どうすれば、陛下に服を着せる事が出来るのか……」
大臣は廊下を歩きながら、呟きます。正攻法で行っても無駄である事は、先程の様子から明らかです。かと言って、別の手段も思い付きません。
頭を抱える大臣に、たまたま通り掛かった家来の一人が声を掛けました。
「いかがなさいましたか、大臣殿。よそ見をして歩いては、危ないですよ」
「お、おお、すまんかった。少し、考え事をしていてな」
「考え事?」
「うむ。実はな……」
大臣は、先程の王様とのやり取りを、家来に話しました。
「……確かに、陛下には服を着て頂かないと。しかし、どうしたものか……」
話を聞いた家来は、しばし考え込み、
「……一つ、アイデアを思い付きました。上手く行くかは分かりませんが」
「アイデアとな。何でも良い、話してくれ」
催促する大臣に、家来は自身の考えを述べました。
「……と言う事です。どうでしょうか?」
「……なるほどな。思い切って試してみるか」
そのアイデアを聞き、大臣は腕組みをしながら頷くのでした。
「陛下、少しよろしいでしょうか」
「うむ、構わんぞ」
ドアをノックする大臣の耳に、私室内の王様からの返事が聞こえて来ました。
「失礼致します」
そう言って大臣はドアを開きます。王様はトレーニングを終えた直後らしく、腰に手を当てた姿勢でバニラ味のプロテインをゴキュゴキュと胃に流し込んでいました。
「……うむ、美味いな最近のプロテインは。昔は、まるで薬みたいな味で飲み込もうとすると思わずえずくようなものを、『ナチュラルレモンフレーバー』などとのたまう代物があったと言うに。……何じゃ大臣? その服は?」
大臣の方へと首を向けた王様は、彼が手にしている一揃いの赤いジャージに気が付きました。
「おや陛下、どうやらこれが見えているようですな」
「……どう言う事じゃ?」
大臣の物言いに、王様は尋ねます。大臣は内心で『良し、食い付いた』と手応えを感じながら、説明を始めました。
「これは『愚か者』には見えない、特殊な素材で作られたジャージなのです。陛下にはこれをお召しになって頂きます」
「ほう、愚か者には見えぬジャージか」
「左様でございます。これであれば、例え着用しても愚か者には見えません故、一見裸であるように見えます。つまり、陛下がこのジャージをお召しになられても、その筋肉を周りの者へ見せる事が出来るのです」
サラサラと出て来る大臣の説明に、王様は目を丸くします。
もちろん、大嘘です。大臣が手にしているのは、普通のジャージです。
「陛下が頑健なお体の持ち主である事は認めます。ですがやはり、裸で過ごされてはお体に障りがあるやも知れません。どうか、このジャージをお召しになって下さい」
「ふーむ……」
頭を下げる大臣の姿に、王様は顎に手を遣り、
「……そなたがそこまで言うのであれば、このジャージを着ようではないか。これであれば、自慢の肉体も隠さんで済むしな」
そして、大きく頷きました。
「お聞き入れ、ありがとうございます」
一礼をしながら大臣は胸中でガッツポーズをします。
と言うか、『相手が賢い場合は筋肉を見せる事が出来ない』のですが、王様がその辺りに気付いている様子はありません。自分の話をアッサリと信じた事といい、王様も実は結構なアレ(婉曲的表現)ではないかと思う大臣でありました。
「ふむ、中々の着心地ではないか」
ジャージへと着替えた王様は、上機嫌で笑顔を覗かせるのでした。