裸の王様~唸れ炎の上腕筋編~そのに。
『愚か者には見えない赤ジャージ』作戦は、大臣の予想以上に上手く行きました。 城の者達には手早く事情を話しておいたため、全ての者が『王様のジャージが見えない』演技を行いました。その甲斐あって、王様は赤ジャージの特性を完全に信じ込んでいました。
結果、お城の雰囲気はすこぶる良好です。戸惑いや羞恥を感じる必要もなく、ごく平常に王様と接する事が出来るため、以前より更に王様と城の者との距離感が縮まってさえいました。
まあ、中には安堵の薄皮を貼り付けた顔の隙間から、落胆が漏れ出ているご婦人も少なくありませんが。
そんな、ある日の事です。
「久々に、パレードを行おうと思う」
居並ぶ家来達に向かって、王様はそう言いました。
「かしこまりました。それで陛下、今回は……」
「このジャージの事か? 無論、着て行こう」
大臣が言い終わらない内に、王様からの返事が返って来ました。望ましい内容がスムーズに出て来た事に軽く目を見張る大臣達に対し、王様は続けます。
「我が国民の中に、どれほどの数の知恵者が居るかを知る良い機会じゃからな。それにこのジャージ、吸水性に優れておって快適なのじゃよ」
愉快そうに笑う王様の姿に、大臣は安堵の表情で答えました。
「左様でございますか。では、そのように」
「うむ。民を試すためにも『愚か者には見えない』とだけ伝えて、実際に何の服を着ているかは秘密にしておくのだぞ。では、ワシは執務に戻る」
そう言い残して執務室へと向かう王様を見届けた後、
「街の者達へ触れを出すのだ。赤ジャージの件は、特に抜かりなくな」
大臣は家来達に手早く指示を送るのでした。
そして、パレード当日。
王様を乗せた馬車が街路を優雅に進む姿を一目見ようと、街の住民達が集まっていました。
「陛下、素敵ー!」
「見事なマッスルボディですよー!」
住民達が声を掛けます。もちろん彼等も赤ジャージの件を知っていました。王様の意に反して、大臣達が知らせた結果です。
人々の歓呼の声に、王様は『サイドチェスト』にて応えます。胸と肩を強調したポーズですが、ジャージの上からではその筋肉を確認する事は出来ません。
ボディビル大会等では問題があるかも知れませんが、今行っているのは、ただのパレードです。住民達も普段、王様が街中へ裸で出て来る事に戸惑っていたため、『見えない赤ジャージ』の話は彼等にとってもありがたい事なのでした。
良し良し、上手く行っているな。
皆の心を安堵が包み込んでいる、まさにその時――
「ねえ、母ちゃん。王様、今日はジャージ着てるんだね!」
一人の男の子の声が、辺りに響きました。
大臣達が抜かりなく出したはずのお触れでしたが、どうやら全ての住民へ完璧に知らせる事は不可能だったようです。
「え!? ……い、嫌だねえ、この子は。陛下はいつも通り、裸じゃないかい」
「えー? だって着てるじゃん、ジャージ。赤いの」
「そ、そうなの。じゃああんたは、あのジャージが見える位に頭が良いって事なのね。いやあ、流石ウチの子だね」
慌ててフォローする母親ですが、並居る大人達を差し置いてチビッ子にジャージが見えると言うのも不自然な話です。ジャージが判定する『愚か、賢い』の基準に疑いを持つには十分な動機になります。
しかも母親は、うっかり『あのジャージ』と発言してしまいました。つまり彼女には見えていると言う事です。しかしそれは『いつも通り裸』と言う発言と矛盾しています。
「…………ふむ」
じっと親子の様子を眺めていた王様は、ちらりと大臣の方へ目線を移します。
『やべぇ』と感じた大臣は必死で目を合わせないようにしますが、
「大臣。パレード終了後、話がある」
無駄でした。顔から一気に血の気が引いていく大臣なのでした。
「それで、じゃ」
パレード終了後、大臣は城の者達の前で正座させられ、王様から詰問されていました。
「これは、ただのジャージであった。しかしそなたは『愚か者には見えないジャージ』であると偽った。間違いないな?」
「……はい」
全身から脂汗を流しながら、答えました。
さしもの王様も、大層ご立腹の様子です。大声で怒鳴ったりはしていませんが、その硬く響く声色は、大臣を萎縮させるのに十分な威圧感を伴っていました。
「では何故、このような虚言を弄した。言うてみよ」
王様の射すくめるような視線に、大臣は思わず目を逸します。逸らしながら、何と言うべきか思考を巡らせました。
素直に『裸で居られるとみんな困るから、陛下に服を着て欲しかった』と言っても、聞き入れて貰えるとは思えません。むしろ、益々意固地になってしまうでしょう。
それに、このままでは厳しい罰も受けるでしょう。王様の裸云々の理由で、罰など受けたくありません。
大臣は、考えます。必死になって、考えます。
「何を黙っておる、言うてみよ」
「……その、チ……」
王様から促され、大臣は意を決して、
「『チラリズム』と言う言葉をご存知ですか陛下!!」
(((何言い始めてんの、この大臣!?)))
そう叫びました。
周囲の空気など強引に無視して、大臣は続けます。
「服の隙間から普段見えない部位が見えた時、人は深い感動と幸福感に包まれま
す! しかし普段から見えていると、その感動を味わう事が出来ません!」
「……ほう、なるほど」
(((陛下食い付いてるし!?)))
怒りの気配をにわかに薄めて相槌を打つ王様に、周囲は必死になってツッコミ声を抑えました。
「陛下自慢の筋肉も、普段から見えていてはその内慣れてしまい、何とも思わなくなります! しかし、普段はジャージで隠しておいていざと言う時に見せれば、その感動は計り知れません!」
こうなったら、勢いです。自分でも『いざと言う時って、どんな時だよ』と思っていましたが、構わず大臣は熱弁を振るいます。
「……ふむ、『ちらりずむ』であるか」
(((関心するように唸ったし!?)))
周囲は、声を抑えるのに必死です。
「『チラリズム』は意図的なものよりも、意図せず行われた方がより効果的であるが故、陛下にはあえて事実を伏せたのでございます! どうか、お許しあれ!」
最後に土下座をして、大臣は話を終えます。
「……皆の者も知っておったのであろう? 大臣の言う事、そなた等もそう思う
か?」
「は、はい! そう思います!」
「チ、チラリズムは大事です!」
「い、いつも見えていると、新鮮味も薄れて来ますからね!」
王様が周りを見渡しながら言うので、慌てて賛同を示します。『いや、おかしいだろこの流れ』と誰もが思っていましたが、丸く収まりそうな気配の前では些細な事でありました。
「……そうであったか。大臣よ、そなたの考え良く分かった」
怒りが完全に霧散した様子で王様は一つ大きく頷き、
「確かに、そなたの言う通りじゃ。……あい分かった、これからはこのジャージを着て過ごそうではないか。それにこのジャージ、実に着心地が良いしの」
「で……では!?」
「うむ。今回の件、不問としよう」
「あ、ありがとうございます!!」
一件落着です。
王様以外の全員が『いや、絶対おかしいだろ』と思っていましたが、落着したのですから特に文句を言う者は居ませんでした。
「おや陛下、おはようございます」
「うむ、良い朝であるな大臣。絶好のジャージ日和ではないか」
「さ、左様でございますな」
「ところで大臣。ワシは昨日の夜、ずっと考えておったのだが……」
「はい、何でございましょうか?」
「この城の者全員の服装を、ジャージにしてはどうであろうか」
「……………………」
「良い考えであろう? 早速、皆に知らせるのじゃ。そしてゆくゆくは、国民全員がジャージを着る国へと……」
「陛下を止めるのじゃ!! 誰でも良い、陛下の暴走を止められる者はおらぬ
か!!」
とある穏やかな日差しが降り注ぐ朝、城中に大臣の叫びが響き渡りましたとさ。
めでたし、めでたし……?




