マッチ売りの少女~商売繁盛編~
昔々、雪の降りしきる大晦日の夜の中、マッチを売る一人の少女が居ました。
「マッチ要りませんかー。マッチいかがですかー」
籠一杯のマッチを手に、寒さに震えながら道行く人々へ声を掛けるも、立ち止まる人は誰一人としていません。
「はあ……。駄目だ、全然売れないよ……」
肩を落とし、少女は呟きます。このマッチを一つでも多く売って、新年へ備えなければなりません。にも関わらず、今現在一本も売れていないのです。
ちなみに本来であれば、賃金を稼ぐのは少女の唯一の家族である父親の役割であります。が、彼は布団を蹴っ飛ばして寝ていたが故に、現在風邪でダウン中なのです。生来の寝相の悪さがもたらす、この季節ならではの風物詩でありました。
「ちょっと休憩しよう……」
そう言って少女は、路地裏へと歩きます。少しでも寒風を凌ぎたいのと、今の気分的に人目を避けたいがためです。
適当な民家の外壁にもたれ掛かり、一つ大きな溜め息を吐きます。そのままズルズルと身を沈め、しゃがみ込みました。
重い夜空から雪がこぼれ落ち、少女の身体に降り注ぎます。冷え切った外気が粗末な外套をくぐり抜け、少女の身体を凍て付かせます。
「寒い、寒いよ……。そうだ、マッチに火を点けよう。ちょっとはマシになるかも……」
少女は籠から一本のマッチを取り出します。そして、外壁に勢い良く擦り付けました。
摩擦で頭薬部が着火し、少女の手元でささやかな光が揺らめきました。
少女は風で吹き消えないよう、空いた手の平で火を覆います。ほんのりと熱が皮膚へと伝わり、凍えたその身にぬくもりを与えます。
「ああ、暖かい……」
厳しい真冬の寒さに抗するには、余りにも小さい熱気ではありましたが、少女は心から呟きました。
『おーい』
「ちょっと休んだら、また頑張らなきゃ……」
『おーい、ちょいとー』
「でも、マッチ一本も売れないなんて事もあるかも……」
『おーい、聞いてるかーい?』
「駄目駄目、弱気は禁物だよ。頑張らなきゃ……」
『うおぉぉぉーーーーーーいっ!!』
「うひゃあああああああああっ!?」
突然湧いた大声に、少女は思わず素っ頓狂な悲鳴を上げます。
「な、何なのよもう……って、お婆ちゃん!?」
眼前の光景に、少女は目を疑います。何とマッチの明かりに、亡くなったはずの自分の祖母の姿が浮かび上がっていたのです。
『やっと気付いたかい。元気じゃったか?』
「な、何でお婆ちゃんがそこに……?」
『ん? 何となくやってみたら出来た』
「何となくで出来て良い事じゃないと思うよ!?」
もう会えないと思っていた祖母との再会に、感涙よりも先にツッコミが出る少女なのでありました。
『まあ、細かい事は良いんじゃよ。それよりも、ちょーっとばかり言いたい事があるんじゃ』
「細かい事で済ますんだ……」
少女のぼやきは意に介さず、お婆さんは続けます。
『そのマッチ、そのままでは売れんぞ』
「ええっ!?」
明かりの中のお婆さんが、籠をビシッ! と指差し、言い放ちました。
「な、何でそう思うの……?」
少女の問いにお婆さんは、
『いやだって、普通に時代遅れな代物じゃろう? その『黄燐マッチ』は』
黄燐マッチ。頭薬部に黄燐を使用したマッチです。摩擦を加える事により発火するため、壁であろうが服
であろうが、どんなものでも『擦るだけ』で火を点ける事が出来ます。
一見すると手軽で便利そうですが、逆に言えば意図せずとも擦れただけで発火してしまう、と言う事でもあります。ズボンのポケットに入れておいたマッチが、歩行による摩擦で火が点く、などの事故も珍しくありません。
『……じゃから今は、箱側面の赤燐に頭薬部を擦り付けんと火が点かん『赤燐マッチ』が主流になっておる。ちなみに、日本では一八三九年に『ドンドロ付木』と言う名のマッチが讃岐高松藩で制作されており』
「そろそろ本題に戻ろうよお婆ちゃん」
聞いてもいないウンチクを語り始めたお婆ちゃんに、少女は言いました。
『なんじゃ、つまらん。……ええと、つまりじゃ! 今時黄燐マッチは売れんっちゅう事じゃ! 安全で、利便性も大して損なわれていない赤燐マッチが主流じゃからな!』
「そ、そうだったんだ……」
籠の中のマッチをしげしげと見つめながら、少女は呆然と呟きます。
「ありがとう、お婆ちゃん。このままじゃ売れないって事が分かったよ。……だったら、赤燐マッチに切り替えようかな?」
『まあそれも悪くはないが、ありきたりじゃな。いっそ、独自性を打ち出してみてはどうじゃ?』
「独自性……。うーん、独自性のあるマッチ……いや、何もマッチに限定する必要もないか……」
『ワシも考えてみようか……。中々他では見られないもの……』
しばしの間、二人は考え込みます。
夜闇に舞う雪が街に降り積もる中、ひたすらに考え込むのでした。
『これなら売れるはずじゃよ。さあ、行くんじゃ』
「うん。……すみませーん、そこの人ー」
お婆さんに促され、少女は手近な通行人に声を掛けます。とっくにマッチの火は消えているのですが、お婆さんは消えません。もはや単なる幽霊な気がしますが、少女もお婆さんも、全く気にしていませんでした。
「うん? 私に何か?」
少女に呼び止められた通行人は振り返り、言います。口ひげを生やした、中年の男性でした。
「実は、是非とも見て行って欲しい商品があるのです」
「マッチでも売っているのかい? 生憎間に合ってるよ」
「いえいえ。これはマッチではなくてですね……」
そう言って少女が取り出したのは、長さ三十センチ程の、円柱状の道具でした。
「はーい、ちょっと離れて下さいねー。……よっと」
「そりゃ何だい。ちょっと長めの懐中電灯えええええええええええええええ!?」
ソレを見た中年男性の口から、悲鳴じみた叫び声が上がります。
それはそうでしょう。何しろ少女が手にした道具の先端部分から、勢い良く炎が噴出したのですから。
道具の全長にも満たない長さの炎ではありますが、唸りを上げて吹き出す様は迫力満点です。何となく、宇宙で戦争する某映画シリーズの光剣を彷彿とさせます。
「……いかがですか? 最新式のブリーチングツール。鉄柵の溶断、鉄扉の鍵の破壊に便利ですよ」
「どんな機会に使えと!?」
穏やかな笑顔を浮かべながら、全く穏やかではない説明をする少女に、中年男性はドン引きしながら返します。
ブリーチングツールとは、主に特殊部隊等が建物内部への突入時、障害物の突破に使用するものです。高温の熱で焼き切る以外にも、散弾銃や爆薬を使う種類のものもあります。
少女が手にしているものは、従来の酸素タンクやホース等の大型装置を必要としない、コンパクトな最新ツールです。そんな代物を、少女は『何となく』入手する事に成功しました。お婆さんの血筋は、確実に孫へと受け継がれていたのでした。
『今なら同じものをもう一本付けるよ! しかも、お値段は据え置きじゃよ!』
「何か薄ぼんやりしたお婆さんの影が、TVの通販番組みたいな事言い始めたしさあ!?」
「更に更に、今回は特別に黄燐マッチもお付けしますよ! いかがですか!?」
「心なしか、余りものを押し付けてる気配を感じるんだが!?」
ここぞとばかりに猛プッシュを始めるお婆さんと少女に、中年男性はたじろぐばかりです。
「『さあ、買った買った!!』」
「い、いやあの……」
「『さあ!!』」
「か、勘弁してくれーーーー!!」
二人(?)の勢いに気圧された中年男性は、くるりと背を向けて慌てて逃げて行ってしまいました。
「……行っちゃった。折角、マッチよりもインパクトの強いものを用意出来たの
に……」
『うーむ、残念……』
二人(?)は溜め息を付きつつも、
「でも、あと一歩ってとこだったよね、お婆ちゃん」
『うむ。この調子でやって行けば、絶対売れるわい』
何故だか手応えを感じてしまったご様子です。どの辺りで『あと一歩』と感じたのか、是非とも教えて欲しいものです。
『さあ、次行くぞい!』
「そこの人ー! ブリーチングツールいかがですかー!!」
気を取り直し、次なる通行人へと果敢に突撃する少女とお婆さんなのでありました。
結局、ブリーチングツールは一本も売れませんでした。
ですが、勢いに負けたお客さんが黄燐マッチの方を買って行ってくれたおかげ
で、賃金を稼ぐ事には成功しました。
「『まあ、良しとしておくかー!』」
上機嫌で少女とお婆さんは笑います。お婆さんは一体何時までこの世に留まるつもりなのか気にはなりますが、とにかく二人(?)は幸せそうに家路に着きましたとさ。
めでたし、めでたし。
本当にあります。
『TEC Torch』で検索すると出ます。




