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第六話 : 黒のブラックスミス

 

ホワイトスミスは『パン屋』という意味だと聞いた事があるような、

無いような……?

 

 



「――ってワケなんですよ」


 場所は変わって、武器や鎧が所狭しと置かれた一室。


 奥に見える石畳の部屋には、溶炉ようろと金床、熱した金属を冷やすための水桶が設置されていて、その周りに火掻き棒やハンマーなどなどが転がっている。

 かまどは今も火が入っているのか、部屋一つ離れたこちらのお店の方にまで熱気がやって来ていた。

 もう夕日の入ってきている窓を開けてるのそうなるんだから、その熱さは推して知るべし。


 『工房通り』の中ほどに位置しているここは、スミドというドワーフの職人が一人、鍛治をしている工房。石製の頑丈な造りの家。


 彼は知り合い達からは、エドさんベアさんあたりからは、その腕前とガンコな気質をして『親方』と呼ばれ、今日も黙々と働いて………………いるのだけれど。


 今は親方は前掛けを付けたまま、こっちの店側でくつろいでいた。


 そう、おれはギルドからの用事について話していたのだ。


「なるほど。……ちょっと言いたいことがあるが、良いかよ?」

「どうぞどうぞ」


 この工房の主こと親方が、おれの首ほどもありそうな太い腕を組む。

 上背うわぜいは他の種に比べると割合低いがしかし、それに反比例するように屈強な身体がドワーフの特徴だと言える。

 そして……。その彼は、おれの後ろを指差した。


「…………誰だ? そこの嬢ちゃんは?」


 それにならっておれも振り返ると、後ろに立っていたディーと目が合う。


 ディーも視線を受けて、目をぱちくりとさせ……。

 さらに後ろを振り向いた。


 もちろん、その後ろになんて誰もいない。


「二人して、誰の事ですか? みたいなとぼけた顔してんじゃねぇよ!!

 いやちげぇよ嬢ちゃんの事だろ!!」

「え、私ですか!?」

「そうだよ、なんでボウズ、そんなべっぴんさん後ろに連れてんだ?」


 べっぴんさん……?

 またおもしろい言葉の表現が出て来たな。


 おれには『この世界(エリネヴァス)』に召喚された時に元の世界の人がゲットするらしい『勇者補正』なる機能はあらかた備わっていない、と断言できる。


 断言できるが、その中でも残っていた能力の数少ない内の一つが、『言語補助能力』なのだ。

 これがあるお陰で、この世界の人達と会話が出来るようになっていて、しかも読み書きまで可能になっている。


 考えるに、頭の中でこの世界の言葉と、元の世界の言葉――おれで言うなら日本語だろうか――がうまく一対一に対応付けられて変換されてるのだろう。

 さらにさらに、細かな言葉遣いなんかも、方言やクセのある言葉なんてのもしっかり調整されて伝わっているようだ。

 ……詳しい仕組みは判らないけど。


 親方が今言ったべっぴんさん、とはもちろん、『美人であること、特に女性に向けて使用する表現』という意味だ。おれの頭の中の辞書にはそう記憶されている。

 辞書の信頼度はかなり高く、おおよそ民明書房ほどの精度だと考えてもらって構わない。


 ――――――え、美人?


「び……じん? ディーが?」

「んぁ? そいつは『でぃー』って言うのか?

 少なくともウチのギルドじゃ見ねえ顔立ちだし、街を歩いてても目立つだろ」


 なんで意外そうな顔してんだ、と親方。


「はぁ、まあ確か、に……?」


 目立つ、と言えばそれは間違いない。

 ディーのように、一点の曇りもない青色な髪を持っているヒトなんてそうそう居ないだろうから。


 だが、美人。


 ………………美人?


 うーん…………?


 ――――今さら振り返ってまじまじと見るまでもなく。

 思い返してみれば確かにディーは、目鼻立ちは整っているし、長髪ロングヘアーも相まって風になびけば絵になるだろう。

 どこぞの令嬢と言っても違和感はない…………かも知れない。


 しかし、しかし…………。

 正直に頷けないのはなぜだろう?


 と、後ろからおれの肩をちょんちょんとつつかれる。

 振り向くと、再びディーと目が合った。


 なんだか口が、にへりっ、といったカタチに曲がっている……!?


(――――うっ!? これは……!?)


 強烈にイヤな予感。


「ヒカリさんヒカリさんヒカリさん、美人ですって、美人!」

「いきなり何をそんな……!?」


 ぐいぐい迫ってくる。

 そして、勢いに押されて口ごもるこっちを一顧だにせず、ディーは手にしていた紙包みを親方に渡しながら言う。


「はじめまして親方さん、ヒカリさんの付き人のディーナです!

 こちらはお近づきの印、という程ではありませんが!」

「お、おう。ありがとよ。親方で良いぞ、さん付けはヘンだろ」


 ……ディーのテンションが、妙に高い。


 親方が戸惑いつつも前掛けで手をぬぐい、包みを受け取って開ける。

 すると、それはおれ達がここに来るまでに屋台で買ってきたヤキトリだった。

 エドさんからのお金ではなく、おれのなけなしの持ち合わせで買ったやつだ。


「――――って、それ親方に渡すのはいいけど、おれの分は!?

 まだおれ食べてないぞ!?」

「ん? おお、うめぇな」


 言うも遅く、親方は数本あった、まだ温かいヤキトリを一気に口に入れてしまっていた。

 大きな口だった。


「ディーおまえ、何てコトを……。

 元から親方には幾つかは渡すつもりだったけどさ!」


 でも、全部渡すことないじゃん!


 しかもディーはここに来るまでに食べてたじゃん!


 というよりおれが腹減ってたから買ったハズだろーーーー!!


「いやー、照れますねぇ! 美人だなんて!

 ヒカリさん、私の手でも繋いで差し上げましょうか?」

「あ、こいつ図に乗ってる!?」


 ヤバい。

 イヤな予感は全く間違いでは無かった。


 このディー(アホの子)は、一瞬にして大気圏を突破する勢いでつけ上がっていたのだ!


 ――――口にチャックしていれば、美人とは言われるかも知れない。

 空腹の中でディーをあしらいつつ、切に、そう考えた。

 ちなみに手は振りほどいた。


「わりいボウズ、全部食っちまった」

「ああ、良いんですよ別に……」


 悪いのは後ろにいる子だ。

 おれがなまはげだったら問答無用でキレていただろう。


「その割にはしょげてるじゃねえかお前!

 飲みもんでも出すか? 麦酒ビールしかねぇけど」

「おれは遠慮しておきます」


 ここで飲んだらさらに話がややこしくなってしまう。

 あと親方の家にはアルコールしかないのか。


「え? ヒカリさん、私を酔わせてどうするつもりですか!?」

「話をややこしくするなァーーーーーーーー!!」


 後ろを向いて、胸元で腕を組んで体をクネクネさせていたディーに頭突き。


「ぎゃん!!」


 ごあーんと頭の中で音が響く。

 地味に石頭のディー、ヘッドバットしたこちらがむしろダメージを受けた気がする。


「うう、すみません、調子にのってました……」

「充分に知ってるよ! ディーはもうちょっと、気分が高ぶるのはいいけど加減を覚えるようにしなさい!!」

「ごめんなさい……私がキレイだなんて、なんともおこがましい話……。

 しょせん私は、そこら辺の水たまりに寝ているのがお似合いなただの『水』のワーロッ」

「わーー! わーー!!」


 かと思えば途端にヘコみ、なんだか激しく自分を卑下し始めている。

 気分の上がり下がりの激しい子なのである。

 洞窟で会った時からこんな感じだったから、性格なんだろうな……。


 まあ良い、今はまた立ち直らせないと話が進まなくなってしまう。


「べ、別にディーの事を悪く言ってるワケじゃないから……。

 ただそうやって後先考えずにぱっと舞い上がっちゃうのはやめておこう、な?」


 優しく言い含めるようにして、頭を押さえているディーを元気づける。

 鍛冶屋に来たのにどうしてこうなったという疑問はこの際無視だ、無視。


「はい、心に留めます…………。

 これはヒカリさんからの愛のムチ、いや愛の頭突きなんですね」


 頭突きに愛なんてあるのだろうか。


「成る程な、ヒカリみてぇなヤツが二人に増えたってだけか」

「親方、その納得の仕方はどうなんですかね!?」


 そう言ってうんうん頷く親方。

 なんとも雑な話の締め方だった。


「んで、冒険者ギルドの方から受注だって?」


 どこから取り出したのか片手にでかいガラス瓶を抱えながら、ドワーフの彼が話を戻す。

 ビンのコルクがぶしゅっと引き抜かれると、辺りに頭がくらっと来るような匂いが立ち込めた。


 …………どう見てもアルコールタイプな飲み物だった。


「はい。これが受付の人から貰った書類の筆写だそうです」

「ほほぉ……?」


 鼻を押さえて親方に紙を渡す。

 匂いだけで既に酔いそうだ。


 ようやくディーがおとなしくなってくれたのに、今度は酔ったおれが前後不覚に暴れたり脱衣したりしたら非常にマズい。世界が終わる。


 そして、親方がビンをあおりながら紙を眺める。


 少し離れた位置にディーと二人して座り、そこら辺の武具を眺めたりしていると、親方がうむと唸った。


「よし。内容は判った」

「お酒飲んでるのに判っちゃうんですか……」

「バカ言え、これは弱いヤツだ。

 こんなん幾らんだって酔いやしねぇよ」


 その弱いと言っているお酒の匂いで酔いそうな人が、ここに一人いるんですけど。

 ディーはけろっとしてるけど。

 なんか悔しい。


「ただ、そうするとアレの後になっちまうだろうなぁ。

 ギルド側も優先順位は低めってカンジなんだろ?」

「アレって?」

「タイミングが悪かったな……。

 こっちの鍛冶師ギルドの方に、似たような練習用武具とかの注文が入っちまってるんだよ。ただお宅のギルドとは発注数は比較にならんし急ぎだ。

 なんせ、皇宮の方からの通達だからな」


 親方のちょっとお酒臭い息を避けながら聞くと、次のような内容だった。


 ――――先日に起きた魔素マソ濃度の増加は、今は既に収まったものの、魔物モンスターの活発化という後遺症を残した。これはさっきも冒険者ギルドで聞いた話だ。

 そして、それを重く見た皇宮は軍事的な力を強めることを決定。具体的な内容としては、兵士の増員と訓練が目下の急務である。との事。


「兵士って言うと、街を警備してる憲兵のコトですか?」

「それは兵士の業務の一つだ」


 ちなみに『騎士』と『兵士』は異なるらしい。

 騎士にはむしろ貴族に対になるような、職自体にある種の権力の備わっている仕事であると親方は説明した。兵士へ命令を出すような、上位権限も持っている。


 ううん、地方の警察官と、警察庁の警察官くらいの違いだろうか。

 …………なんか違うか。

 戦国武将と一般兵くらいの違いで考えた方が良いのかもしれない。


 で、増員は追々募集をかけるにしても、先に今居る兵士達の鍛錬はすぐに行えるだろう、と。

 だが大々的に訓練を行うには、木製であったり刃を潰して殺傷性を低めた練習用の武器等を揃える必要があるし、魔物と戦うには実際の武器も鎧も必要。

 そこで、鍛冶師ギルドにお達しとして注文が入ったのであった。


「なるほど、なるほど……」

「ここは宮殿のある街の割には戦う備えがあんまし無かったからな。

 周りの場所が平和だったからこそのものだろーが、今回の件でそれが浮き彫りになっちまった、みてぇなカンジかね」

「確かに今日は、街を歩いてても少し兵士の人の数が多かったような?」


 ディーと共に街をうろうろしてる際にも、なんだか特徴あるヨロイを着てる人、つまり憲兵の人数が多かったように思う。ヤキトリの屋台で買ってる時だって何人か、二人一組で警邏けいらしてるのを見かけたし。


「ん、今日? 二日前からどっと増えてたろ?

 そういやボウズ、おめぇここ数日どこ行ってたんだ? あの食堂にも居なかったろ?」

「おっ、ディー! あそこにディーの持ってるのと似たロッドが置いてあるぞ!」

「聞けよ!! 露骨な話題変えだな!!

 ……まあ、話したくないなら聞かんけどよ」


 あまり隠し事はしたく無いけれど、『目』のコトは、無闇に話してしまう内容でもない。


 そもそも親方にはおれの出自は確か、『武器を持てない呪いを掛けられた一族の末裔』というあんまりな設定でウソを付いていたハズだ。

 エドさんが咄嗟に言ったことだったハズだ。

 何て事してくれたんだあの皇子様は。


「じゃ、まあ冒険者ギルドの方には『面倒くさい注文だが承った。期間は遅くなる。納入日時は追って連絡』って言っといてくれや」

「ええぇ、面倒くさいって…………。

 ……あれ? 親方一人で今決めちゃって良いんですか?」

「いんだよ、どうせあのヘンクツの集団だ、話し合った所でロクな結論でやしねえ。

 ちょい前の魔素の異変の最中でも何人かはギルドの炉の前で鉄をってたような集団だぞ? それならさっさと注文だけ請け負っちまった方が早えんだよ。請求額は後から決める」


 それを聞いて、鍛冶師ギルドは親方のようなドワーフがひしめき合っているような空間だと思ってしまったのはおれだけでは無いハズだ。

 でもまあ、冒険者ギルドも皇宮も注文する辺り、腕は確かなのだろう。


「で、だ。もう一つのも今見てやるか」

「もう一つ?」

「ソイツだよ、ソイツ」


 おれの肩にかけたバッグを太い指で示す親方。

 アルコールの影響は全くないようで、赤ら顔はいつも通りだ。


 ちなみにディーは、おれが誤魔化すための方便に使った杖を熱心に見ている。

 あの子は今はそっとしておこう。


 そう言えば、とおれはバッグの中のシャベルを取り出す。

 これを見てもらうのも最初に話していたな。

 当たり前だが、まだキリオーネムさんに受け取った時と同じく上下が分断されたままだ。

 このシャベルを直してもらえれば、今回のここへ来た目的は全て達成だ。


 さらに言えば、おれやディーの体調も元に戻ってシャベルも直り、おおよそ『目』との戦闘で負ったダメージからも立ち直ったことになる。

 あと戻っていないのは着ていた元の世界の服と………………ワイズマンか。


 あの時の戦闘でシャットダウンしたっきり、今も復帰していない『ステータス・アイ』の機能。

 ディーとのPT組みも現在は解除されていることからも、彼(彼女?)が目覚めていないことは明白だ。


 簡易的にHP・SP・MPは視界に確認できるよう表示されてはいるし、ワイズマンが消えてしまったってコトは無いと信じたいけど……。


「うおぉ、なんじゃこりゃ!? 真っ二つだな!」


 見た途端、親方が驚いたような大声を上げた。

 もっとよく見せろと、おれを手招き寄せる。


「ボウズ……、ヒカリ、こいつは…………!?

 他の鉄と打ち当たって負けたんならそこは曲がりが出るはずだ……。酸で溶けたんなら腐食痕ふしょくこんが残るだろうし、中心から砕けてるからぶった斬られたって壊れ方でもねぇ…………。時間も経ってないのは俺自身がよくよく知ってるしな…………。

 いや、そもそも先端のヘコみと柄の部分とは損傷の形が違うわな」


 がしっ、と壊れたシャベルをおれの手から奪い取ってしげしげと観察する。

 まるで初めて見る玩具を手にした子どものようにも見える様子だった。


「そうか、柄の中心で破裂したみてぇな状態なのか……。だがそんなモンあったか? それならもっと形が残らねえぐれぇに壊れるだろうが?

 どんな『火』の魔法でもこんなおかしな事起きるかよ……? しかも極めつけに、全体に変な色が浮いてやがるじゃねえか、オイ?」


 おい、とは言われたけど、おれに言っているのではなく、自分であれこれとぶつぶつ呟いて考えこんでいるらしい。

 ここで口を挟んだら怒られそうなくらいの雰囲気だった。


 しかし、どうなんだろう。

 かなり『親方の推測してるコト』は、『おれが起こしたコト』に近付いてるんじゃないだろうか?


 あの時、『目』との戦いの最後で生じた何か。

 今はその時何をどうやって起こしたのかは若干おぼろげになっているが、おれの手元でシャベルが炸裂して、『目』に折れた半分が突き刺さったのは覚えている。


 親方はそうぶつぶつと自問自答を繰り返した後、こっちに向き直った。


「今日はもう仕事は終わりにしようかと思ってたんだが、気が変わったぜ」

「…………?」

「これを打ってみる。溶かして元の形に戻すカンジで構わんだろうが?」

「あ、はい、お願いします」


 先ほどのお酒飲んでぐてっとした様子とは一転。


 二つに分かれたシャベルを抱え、どすどすと足早に奥の溶炉へと向かっていった。

 表情からしていつものぶすっとした顔ではなく、どこからどう見てもうきうきした表情だったので、止めるにも止められなかった。


 そのまま鍛冶場の方へ見送ると、間を置かずにゴウっという音。

 同時に、こちらへも赤いゆらめく輝きが大きく強くなって伝わってきた。

 炉の中に燃料をべたのだろう。石炭だろうか?


 ……この世界での『燃料』ってなんなんだろう。


「スミドさーん、炉の中って」

「うるせぇ!!」

「ごめんなさい」


 取り付く島もなかった。

 小島どころか浮き島すら見当たらないような有り様だ。


 親方が完全にこちらのおれとディーを放置して自分の世界に入ってしまったので、手持ちぶさたになったおれ達はしばらく工房の店側の方で手近な武器を眺めて過ごすことになった。


「ヒカリさん、ヒカリさん」

「ん?」

「ほら見てくださいこれ! 私の持ってる『水魔の氷槍(フロストロッド)』の槍形態とそっくりですよ!」


 見ればなるほど、確かにディーの持ってる武器に魔力を込め、ロッドからスピアに変化させた時の状態と似た形の槍だ。

 でも、尖端せんたんがシンプルな四角錐の槍なんて結構他にもある気がする。


「そこにあるのは普通の鉄の槍みたいだけどな。

 そう言えば、ディーの槍はどこで手に入れた物なんだっけ?」

「これですか?」


 氷の穂先が生じる槍の先端、装飾のついた部分を揺らすのを見て、頷く。

 そもそもおれは日本生まれの日本育ち、槍とか大剣のような武器についてはゲームの中の知識しかない。だけど、彼女の持っている武器はかなり特殊な部類にも見える。


 そこまで自分の考えを述べると、ディーはふふんと胸を張った。


「これはですね、私達ウィン族が試練を乗り越えて、一人前の水守ミズモリになった証なんですよ」

「試練?」

「私の住んでいた水人族すいじんぞくの里はですね、実力が付いたとおさが判断した子どもは近くの決まった洞窟に一人で行かなきゃならないんです」


 里からそう離れていない、『水』の気が多く集まる洞窟ですよ、と続けるディー。

 奥の溶炉のある部屋からこっちまで届くがんがんとハンマーが打ち鳴らされる音を遠くに聞きながら、ディーの話に耳を傾ける。

 向こうでは今、親方がおれの壊れたシャベルと格闘しているのだろう。


「魔物はいませんが、暗い洞窟の道を一人で進んだり、ある場所は水の中を泳いで進まなきゃいけなかったりで…………。

 タイヘンだったんですよ! もーー!!」

「いや、おれに文句言われても……」


 困るだけだからやめて欲しい。

 よほどその時苦労したものと見える。


「で、一番奥にある『水』の元素ゲンソが結晶化してる場所から一つ石を取ってきたらおしまいです。二つ以上取ってきたらダメですよ?」

「いや、おれに注意されても……」


 話の腰を折らないようこちらが抑えてるのに、この子なんなの?

 ツッコミ待ちなの?


 というか話がなんだかおれが水守になる前提で進んでる気がするのは、なぜ。


 だがそんな考えは、ディーに手にした杖の先を向けられて中断した。

 先端には、カドを取って加工された跡のある宝石が埋まっている。

 本人の髪や瞳をさらに純にしたような、あおく澄んだ色の結晶。


「そうか、それがもしかして?」

「はい。この『水』の魔力に反応する石を埋め込むことで、先端部分が所有者の意思に沿う形で発現するんですよ」

「へぇ…………、ん?

 その言い方からすると、他の形にも出来たりするの?」


 先っぽから氷の穂先が出来る時に、槍以外の形にも変えられるのだろうか。

 例えば剣とか、斧とか。


 しかし、ディーは渋い表情になって答えよどんだ。


「うーん…………そうできたら便利なんですけどねえ。

 これも魔法と同じで、使う人によっての個人差で形が決まっちゃうんですよ」

「ディーはスピアの形のみってこと?」

「はい、里の他の人だと水で出来たウィップになったりそのまま氷の棒になったりするんですけど、私は槍でしたよ」


 ふむむ。

 あれこれ状況に応じて形を変えればー、みたいにも思ったけれど、やっぱり世の中そう上手くは運ばないようだ。


「ちなみにお父さんも槍でした」

「へー、そういうのって遺伝とかするのか……?」

「でもしばらく前になくしてました」

「なんでだ!!」


 話だとすげぇ大事なモノっぽいのに、そんなあっさりと!?


 遺伝か。

 武器の形だけでなく、残念な性格(アホの子)まで遺伝しちゃったのか。


「ディーの父さんがどんな人なのか、ホントに判らなくなってきた……」

「普通ですよ? あ、ヒカリさんと雰囲気が少し似てるような?」

「それ、前にも聞いた気がするんだけど!!」


 と、そうおれが叫んだのと同じタイミングで。



 ――――――ガキンッ!!



 後ろから、一際大きな金属音がした。

 鍛冶場の方だ。


「ぐおおおぉっ!?」


 さらに続いて、親方がくぐもった声を発し、ずどんと爆発する音が響く。


 見れば、ドワーフの親方が石畳の上でうつぶせになって黒コゲになっていた。


「親方ーーーーーー!?」

「大丈夫ですか!?」


 話すのを中断して鍛冶場に走って、倒れた親方を助け起こす。

 起こすと、一瞬にして日焼けサロン後状態に変化した親方は、ゲホッと黒いケムリを吐いて復活した。 


「親方、どうしたんですか?」

「どうもこうも……。お前のシャベルだよ」

「もう直ったんですか!? さすが親方!!」

「んなワケあるか!」


 ヒゲを震わせてキレる親方。


 鍛冶やってりゃ良くある事故だ、大丈夫だから手ぇ離せ、と言って立ち上がる。

 どうやら黒いのは炉の灰をもろに浴びたせいらしい、他に外傷はないようだ。

 あるいは、ドワーフというタフな種族のお陰で軽傷で済んだのか。


 ところであのヒゲ、火の粉とか中に入ったら危なくないんだろうか?

 気付かないうちにヒゲの中で燃えてたりしたら、モジャモジャがチリチリになってしまう。えらいことだ。

 ……あんまり変わらない気もした。


 と、そんなコト考えてる場合じゃないな。

 一体何があったんだろうか。


「ありゃ凄えぞ、おかしな事になり過ぎてワケが判らん。

 まるでおめぇみてえだ」

「ひどいや!!」


 あんまりな感想だった。

 でもあれだけ熱心にシャベルを叩いてたみたいだけど、『ワケが判らん』って……?


「つまり、どういう事なんでしょうか?」


 横に居たディーが代わりに訊く。


「おう、ボウズよく聞け。

 こいつは――――――――今は直せねえ」

「え!? 元は親方が作ったんですよね、それがどうして!?」

「聞けって言ったろ! 『今は』直せねえって言ったんだ!」


 そこん所カン違いしてもらっちゃ困る、まるで俺がヘボな鍛冶屋みてぇじゃねえかよ、と親方。

 どうにも、彼のとっても予想を超える事態であるらしかった。


「一度しか言わんから聞いとけよ?」

「は、はい」

「お前のシャベルだが、元はモチロン普通の、何の変哲もねぇ鉄だった。

 だが今になって何があったか、鉄ン中に魔力と魔素がないまぜになって閉じ込められてやがるんだ。これじゃ叩く度にうっかりすると打った俺が魔力の爆発に巻き込まれて弾き飛ばされちまう。どうしようもねぇ」

「何ですか、それ………?」


 聞いたものの、良く判らない。

 戸惑うこちらに親方は不審の目を向けた。


「そりゃこっちが聞きたいことだろーが。

 ――――――お前さん方、一体ドコに行ってたんだ?」

「…………えっ」


 親方が指差すのは、溶炉の近く。

 赤く燃えている炉の前に、二本に分断されたシャベルが転がっている。


 よく見れば。


 よく見れば。



 それは―――――――、依然として、元の形のままだった。



 …………あれだけ親方がハンマーで叩いて、炉で熱したのに……。

 どこも、変わっていない?


 そんなコトがあるのだろうか。

 でも注視すると、断たれた部分の裂け方まで変わっていなかった。


「言ってて判った。あれは『変性ヘンセイ』してやがる。

 それも最もタチの悪い方の部類の一つ――――魔石マセキだ、こりゃ。

 普通は洞窟の奥底、立ち込める元素や魔素の強い場所で長ぇ時間かけて鉱物に魔力が貯まって出来る代物シロモノだ、オレが造った時はそんなバカなもん使ってなかったぞ?

 少なくとも、何日か前にこの街に出てきた魔素程度じゃ魔石なんて出来やしねぇぞ」


 先ほどのディーの話で出てきた洞窟のような場所で生まれる物、って事か。


 しかし…………。


 『洞窟』。


 『魔素の多い空間』。


 心当たりが無いかと言えば――――ウソになる。


「その顔は、何か隠し事があるな? 話してみろ、誰にも言いやしねぇから」


 ディーの方をうかがうと、彼女も戸惑っているようだ。

 予想外な場所で、予想外なコトから例の『目』の件について迫られてしまったけど、話して良いものかどうか…………?


「ヒカリ様、スミド様は皇子も懇意にされているお方。

 話しても構わないでしょう」

「キリオーネムさん……」


 メイドさんが、そう後ろからアドバイスする。


「私達へ気に病まずに、ヒカリ様が必要であれば話して構いません。

 こちらへの義理立ては不要ですよ?」

「……判りました、ありがとうございます」

「いえ。メイドとしては出過ぎた行為でした」


 そう言って一歩下がるキリオーネムさんに礼を言って、親方に向き直った。


「それでは話しましょう。親方、一応他言無用でお願いします」

「お、おう。……なんでそんな動じないんだよボウズはよ…………?」


 ………………。


 …………。


 ……ん?


 変な顔をする親方がアゴで示すので、再び後ろを向いた。


 向くと、そこにはメイド服姿のキリオーネムさんが立っている。

 鍛冶場にエプロンドレス姿の女性が控えてるのは、妙に違和感があるなあ。


 手提げはパンパンになっている、もう既に買い物は終わったようだ。


 目が合うと、メイドさんは微笑みを一つ。


 おれもそれを受けて、親方に笑いかける。



「慣れ………………ですかね?」

「大変なんだな、お前も…………」

 

 

 

※この後再びメイドさんは去っていきました。


ではまた次回!

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