プロローグ : 悪事・企みは三人称視点に限る
第四章、開始!
まずは無茶しちゃった三人称視点のお話です。
では、どうぞ!!
「完全に収まっているな」
「ふむゥ、静かですねェ」
確かに彼らの言う通り、日差しも穏やかな静かな湖畔。
音といえば、時たま吹く風の音と鳥の鳴き声くらいなもの。
だから、彼らの存在はひどく目立っていた。話し声もしかり。
まあ周りには誰も居ないのを知っていて、彼らも話しているのだが。
「お前の仕掛けた『種』はどうしたんだ?」
「消えてしまったみたいですよォ?」
「…………は?」
彼らは二人連れの男だった。
一人は慎重なのか、それともそれが元々の話し方なのか、静かに低い声で話す。
それに対して先程からやけに楽しげに言葉を返すもう一人。語尾を妙な具合にイントネーションを付けて伸ばし、スキップでもしそうな軽い陽気さで辺りを見回す。
背丈はこちらが前者よりも低く、腰でも屈めているかのような上背だった。
長く、茶色にぼけたようなローブを二人とも着ていて、フードで頭までをすっぽり覆っているため、彼らの顔は暗くて窺えない。
日差しの良く気温も温かい湖畔で、顔まで完全にローブを着込んだ二人。
それはこの上なく、この上なく、怪しいもので。
背の低いローブが湖の際を見回してから、湖に向かって手をかざす。
手は緑色の輝きを放って、辺りにふわりと風を流す。
色々な方向へ手の角度を変えつつ動かしてから、ほほぉ、これはこれは……などと呟いてローブの下から、僅かに見えた唇を歪める。
それをもう一人は邪魔しないよう、黙って見るに留めていた。
「あのコも『周囲の空間から魔素を抽出して、吐き出す』能力に特化しているとは言え、最低限の自衛能力は持っていたのになァ…………。ソレどころか、地形自体が大きく変形してますねェ。
具体的には以前と比べて湖水面が下がってるとか?」
「………………地形が、か?」
長身の方が後ろを振り向き、この『北の高原の湖』に到る山道の方向を警戒する。自分達が来た道に誰かがやって来ていないかを確かめるため。
もちろんそんな人間は居ないだろうが、話の内容が内容だ。
もし聞かれでもしたら、その誰かは始末されなければならないのだから。
「お前の言う『不浄なる目』だったか」
長身が小男に尋ねる。
既に視線は二人とも、湖の方へと戻っていた。
「はいィ。酷い名前ですよねェ」
長身はまだ普通だが、小男の方は聞いていて不安にかられるような声――言葉で表現するなら『エグみ』のある声だろうか――を、湖に振りまいている。
「名付け方なんぞ知るか。
しかしこうも容易く消滅するなんてな。お前があれだけ自慢気に言っておきながら、話にもならん…………」
そりゃすみませんね、と言って口をさらに卑屈に歪める。どうやら笑っているらしい。
小男の方は周りの警戒など元から念頭にすらなく、この場所で起こった事をあれこれと可能性を挙げてブツブツ呟いている。
湖の水面が下がっているのはどれ程? 水温は変化ナシ? 地面に大きく歪みが?
…………等々。街中でこうして呟いている人間を見れば、周囲の人は確実に避けて通るであろう奇矯な振る舞い。
と、それを意に介さず、長身が湖の中央を指さした。
「…………あれは?」
「おい、アレじゃないのか?」
小男の方も、かざした手をそちらに向ける。
「おぉおお! 私の『本』じゃないですかァ!」
歓喜の声を上げる。
途端。
――――ヒュオッ!
ローブの下の手のひらから風が吹く。
その風は対象を絡めとるようにして捕まえ、彼らの立っていた水際に引き寄せる。
広大な湖の中央に浮かんでいたもの。
水際に揚がったそれを小男が拾い上げてみればそれは…………。
彼の言う通り、本だった。
小さめの辞典ほどの大きさがあるだろうか。
得体の知れない、引っ掻いて書いたような文字の敷き詰められた表紙。
文字は金色、表装はブラウン。
ローブでほとんど隠れた手が本を開いてみれば、中身は真っ白。
ぱらぱらと小男はページをめくるものの、本の形をしている癖にどこにも文字は無かった。
しかし真ん中あたりまでページを進めた時、手が止まる。
そこには、大きな裂け目が出来ていた。
中心を貫くようにして本の背まで届く大きな傷。
裂け目の周りには、焦げたような跡まで残っている。
ふぅんと鼻で一つがっかりしたように息をつき、閉じた。
閉じた本は一見普通のそれにしか見えない。
だが、表面に付いた傷跡のような金色の文字だけは、本の隠せない不気味さをにじませたままだ。
「ああァ、中身がやられてます。やっぱりこれじゃツカイモノになりませんねェ」
がくりと肩を落とす。
「どういう事だ? イーヴィルアイは消えたんだろう?」
「はァ?」
判ってませんねェ、これだから……、といった具合な大仰なジェスチャーを隠さず、むしろ見せつけるように長身に向けた。が、フードの下でじとりと睨まれてすぐにやめる。
それでも言いたいことはあったようで、にわかに気色ばむ。
「コレはそんじょそこらの魔道具などとは格が違うのですよ、格が! 『我々(ワレワレ)』が誇る、最早古代遺物の位階に属するシロモノですよ、この子は!?」
途端に饒舌になり、喋り始めた。
まるで上から糸で吊られているかのように気味の悪い身振り手振りを伴いつつ、ヒステリックに叫ぶ。
「『本』の一つ、周囲の土地の四元素に混じった中から魔素のみを吸い上げ、精製して撒き散らす魔物『不浄なる眼』ちゃん! 例え『本』に攻撃を当てられた所で強靭な自己再生能力で消滅することはまず有り得ないのにィ!! それが見て下さいコレを、何かの武器で一撃です、一撃ブッ刺されてオシマイ!? そんな馬鹿な!」
湖から拾い上げた本を抱きかかえるようにして寄せ、カン高い声で叫ぶローブ姿の男。
『本』と呼ぶモノを隣の長身にも見せつける。
湖に浮いていた本は、既に濡れびたしになっていた。紙の情報媒体としては致命的だろう。
普通の物なら、と条件は付くが。
「これじゃ念入りに準備した計画がパァですよ、パァ!
まだ幾つか『種』は撒いているとは言え、ここまであっさりと計画を潰され――」
「良い加減、そこまでにしておけ」
ローブの下の手甲で無造作に殴りつける。
喋りに夢中でまともに対応できなかった小男は、頭を打たれて本を取り落とした。
「あたァ!?」
「不必要な事をベラベラと喋るな。要らん駄言を垂れ流すのがお前の仕事か?」
当たった側頭部を両手で押さえながら地面の本をしゃがんで拾いつつ、話す。
話すというよりは、泣き言に近い。
「アナタはこの子を失った私の悲しみが判らないから言えるんですよォ!!」
「そいつも別にお前からすれば、駒の一つだろうに」
だが、もう一人がそう言った瞬間。
「――――まあ、そうなんですけどね」
途端に、雰囲気が変わる。
あまりに唐突に、小男の口調が一変した。
今まで家の窓ガラスを吹き揺らしていた木枯らしが、ピタリとやんだ瞬間のように。
あるいは、ふと気付けばまったく人通りの無い裏路地に入り込んでしまっていた時のように。
しゃがんだ状態からふらりと立ち上がると、先程まで猫背だった背筋が伸びている。
実際には彼は、元々の背丈はそこまで低くなかったようだ。
近くで見ていた男はこの変化は何度か目にしていたが、未だに慣れてはいなかった。
なにしろ、どこに変化のトリガーがあるのかも予測出来ない。
なので、こう言うしかなかった。
「…………取り敢えず、余計な口は聞くな。『誰が聞いてるとも限らない』のだからな」
「はい。判りました」
先程の狂気からすれば異様とも言えるほどに、落ち着いている。
落ち着いているのが異常、数瞬前の狂気っぷりが正常として扱われるのもおかしな話ではあるが。
「湖のこれは失策ならば、次の手は?」
打っているのか? と、訊く前に。
「はい」
あまりにも、あっさりと答える。
拍子抜けするほど。
「私を誰だと思っているので?
既に『白銀』も、『お喋り』も、積極的かそうでないかの違いこそあれど、それなりの数を『我々』に引き込んでいますが?
なんでしたらイーヴィルアイの弔い合戦に全部使い捨てたところで私は一向に構いませんよ?」
先程とは口調こそ違えど、流暢に話す。
怖い奴だ。
聞かされた方は、そう思うしかなかった。
「……止めておけ。まだそれを破壊した『敵』の正体も判らないのに」
「大方どこぞの亜人か獣人の冒険者だと思いますけどね。最初にこの湖に辿り着いたのも獣人だったと耳にしていますから」
「だが、その彼らはイーヴィルアイについては何も、どころか存在そのものを知らなかった。こうして他に調査に来ている者も居ない以上、巷には話も出ていないと考えるべきだ。
ならば他の種族の可能性も皆無とは言えない」
小男が肩を震わせる。
長身が見ると、彼は。
――――――笑っていた。
「ア、ハッ、アハハハハァ!!
まさか、人間種のダレかが私のイーヴィルアイちゃんを倒したとォ? 何のために街に魔素を引き込んだと思ってるんですかァ? それとも魔人の仕業とでも言うつもりで? 臆病で少数派で唾棄すべき穢れた種の、魔人ゥ? おおッといけないスミマセン、ついつい地が、ハハハハッ!!」
再び響く、周波数の合っていないラジオのようなどこか壊れた騒がしさ。
唾棄すべきなのはお前の方だ、という言葉を飲み込む。
協力者ではあるが、コイツの性格に全面的に賛成している訳では無い。
利害の円が一部重なっているから協力しているだけの事だ。
「判らんぞ。ヒューマンにも気骨のある奴は居るだろう」
「身内贔屓ですね、貴方も。あの濃度の魔素の影響は貴方も知っているでしょうに。国宝級のサイズの魔素中和石が持っていたとしても、自分の魔法まで使えなくなって自身の首を締めるだけですから。それに、非力なイーヴィルアイちゃん自体は地下に隠してたんですし。時間稼ぎの一部ですけど」
結局時間なんて稼げませんでしたけどね、と付け加える。
「それに『勇者』達だって、この湖にやって来ただけみたいですからねえ。
そもそもヤツらは力はありますが、物を知らない。檻の中の猛獣に危険を感じないのと同じです」
「ここまで辿り着いてしかも『不浄なる眼』を見つけ出す、平凡なヒューマンか。
…………そんな奴、居る訳が無いな」
「そんなバカな事、有り得ませんね。納得して頂けたでしょうか?」
「まあな」
話は済んだとばかりに、長身の方は踵を返す。
すぐにもう片方も横に並んできた。
「それでは、戻りましょうか」
「……次の『作戦』とやらは、早々に潰されないと良いんだがな」
長身の落胆の声に対して、肩を竦めるというリアクションが返ってきた。
小脇に大事そうに『本』を抱えたローブ姿の男は、もう元の猫背に戻ってしまっている。
「言ったでしょう、『お喋り』はおろか、『白銀』までこちらの陣営に取り込んでるって。コソコソと鼠のように走り回っている『皇子』がどうリキんだ所で、どうにも事態は動かないでしょう。
あ、もちろんあの豚と見間違うようなヤツとは違う方ですよ?
アハハァ、豚と鼠なんて、この国も家畜小屋と変わらな」
「いい加減にしておけ」
黙らせる。コイツに話を続けられると、自分の気が滅入りそうだ。
ここまで人を不快にさせられる存在も珍しい。
長身はそう思ったものの、言う筋合いは無いとばかりに黙っていた。
「はい、はいィ」
そうして二人のフードの男は元来た道を戻っていく。
後には、何事も無かったかのようにさざめく湖畔のみが残された。
彼らの話を聞いていた者は、誰もいない。
妹さんの話とこの話とでどちらを載せるか悩んだ経緯が……。
ではまた次回!
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