第一話 : かいぶつの森
二章までの文章校正の仕方を考え中……。
※夏のホラーイベントに作品を投稿することにしました!
『予告文章395』にちらっと内容を載せています!
宜しければ納涼にでもいかがでしょうか?
失礼しました、ではどうぞ!
「はっ、はっ、はっ、はっ……!!」
……ここ最近、頻繁に走ってる気がする。
つくづくそう感じる。
そう言ってみるなら、思い出すことが一つ。
鏡の国のアリスという有名な童話の中に出てくる登場人物で、『赤の女王』というキャラクターが存在する。既にご存知の諸兄諸姉も多いと思う。
その中で、話のワンシーンでこんなセリフを赤の女王は言っている。
こちらも有名かもしれない。
アリスと女王が走っているにも関わらず、周りの風景が変わっていないという不思議な場面でのことだ。
『ここでは、同じ場所に居ようとするだけで、それはもう必死に走らないといけないのじゃ。そしてあんたがどっかよそに行こうとするなら、その倍の速さで走らないとね!』
女王はその不思議空間の事を、そんな風に表現した。
立ち止まっていると後ろに流され、全力で走らないとその場に留まれず、前に進むにはさらに走らないといけないという、理不尽な空間。
だが、実は我々が生きている中でも様々なシーンでこの表現は当てはまるのだ。
《ヒカリ、管理者、現実逃避しないで下さい。》
あ、ちょ、ちょっと待って今スゴくいい所だから!
おれのおバカ疑惑を払底するためだから!
これだけは言わせて!
……コホン。
例えばそれは、勉強。
勉強が苦手な子(おれ含む)は、学校の授業についていくだけでも精一杯、という子もそれなりにいるだろう。
周りに遅れをとらないように必死に授業を聞いて、なんとか理解しようとする。もしくはテストの前だけ頑張ったりして、良い成績を取ろうとする。
だが、その授業を理解した先に待っているのはなにか?
より発展した内容の、更に難易度の高い授業だ。
つまり、必死に走り続けたところで、またその先には依然変わらない風景が待ち受けている。解放されることは無いのだ。
他の子よりも良い成績を取ろうと思えば、手段としては塾に通うなど、他と比べて二倍の速度で走るしか無いし、走るのをやめてしまえばそれはただのドロップアウトになってしまう。
女王の厳しいお言葉だが、言っていることは的確なのだ。
なんとも世知辛い。
《管理者、右後方から一体が迫っています。さらに――》
「なっ、足速すぎないか!? うぉおお『ダッシュ』!!」
確かに足音が聞こえたような気もする。
ので、後ろを振り返らずにスキルを使って加速。
……それで、わざわざ喩え話を出してまで何が言いたいのオマエ、と言われてしまうと。
まあ大したコトじゃない。
ただ、あちらに居た時の朝に火事の家の中で走っていたのは、炎に巻き込まれて死にたくないからだったし、薬草の群生地で走った訳だって、ヘビに噛まれないようにするためだった。命懸けだ。
ついでに言えば、語歌堂さんから背を向けて競歩したのもある意味で必死ではあった。
今回走っているのも、理由は変わらない。
やっぱり命懸けなんだよ。
ちらっと後ろを振り返ってみる。
もう足音もしないし、居ないといいなー、なんて思いつつ。
「「「ギチギチギチギチギチギチ!!」」」
いた。
と言うか大量に付いて来ていた。
しかもアゴを鳴らして思いっきり威嚇された。
「お、多いなチクショウ!!」
数えるだけでも、その黒い姿は10匹。
足音が聞こえなくなったのは足元が石混じりの土から落ち葉の多い湿った地面に変わっただけ。
あと、まるでピク○ンのようにおれを後ろを付いているのも、別に友好的だからではない。むしろ敵意しか感じない。アゴ怖い。
ギチギチと威嚇して、おれをまたもや赤の女王の空間に引きずり込もうとするヤツら。
後ろに居るそいつらは、特徴を挙げるならば黒い体、昆虫の特徴としての六本の足、そして見るからに強靭なアゴ。
――――つまり、アリだ。
アリだと思う。たぶん。
いやなんでちょっと自信がなくなるかと言うと、デカいからだ。
一体がおれの腰ほどの大きさまである。
どうみても遠近法が狂ってるとしか思えない。
あとなんで逃げてるかと言うと、多いからだ。
おれを狙うアリ達の数は10匹を超える。
どうみてもオーバーキルだとしか思えない。
よって、ここで多対一で戦うなんてはなっから考えられず、追っ手を巻くかどこかで一体ずつ返り討ちに出来ないかと目論んでいたのだ。
しかし、向こうの動きはやたらと統率がとれていて、乱れが無い。一対一だったら、幾らでもやりようはあるのに。
しかし状況は既に、というかイキナリ絶望的。
こんなのアリじゃない、ナシだろ!
…………アリだけに!!
……アリだk
《先程から何アホな事を言っているのですか。
そんな事よりも足元に障害物です。倒木が一本。》
「――え!?」
ガッ。
もう完全に踏み出していた足元を見る。
ほぼ全体重のかけられたおれの右脚は、既に倒木につま先を引っかけていた。
そのままバランスが崩れる!
「それを早く言ってくぐぁああ、だがしかし前回り受け身っ!」
咄嗟の判断で、中学校の時に習った(気がする)柔道の受け身を実践!
練習とは実践のためにあるモノなのだ!
……真面目に授業受けてなかったけど!
しかし、やったは良いが転がった後、仰向けになって手を両手で着いてしまうおれ。
これなんか、前回りしてウォータースライダーに飛び込む小学生みたくなってる!
ずざああと勢いは殺せずに滑ってしまったものの、下が落ち葉たっぷりの柔らかい地面でダメージは無し。森の中で助かった。
森でなければそもそも、木で転ぶことも無かった気もするが。
《いいえ、全て管理者の不手際です。》
続いて、私はきちんと注意しようと試みました、とメッセージが視界に表示される。
さっき言いかけてたのはこの事だったのか。
《……それで、この後はどうするつもりですか?》
「どうしようと言われても、……ねえ?」
逆に聞き返してみるが、今度は返事がない。
対応を考えているのか、対策を練ってるのか、それとも呆れているのか。
……まあ多分最後だろうな、確実に。
コケたせいで崩れた体勢のまま、後ろに向き直る。
片膝立ちの姿勢になった。
一応シャベルも引き抜きはしたが、あまり役に立ちそうには無い。
もう完膚なきまでに、アリに追い付かれていた。
日差しの少ない、鬱蒼と茂る木々の中。
じんわりと、だが確実に辺りを取り巻く紫色の瘴気。
四つん這いに近いおれを中心にして、半円状に展開する黒い昆虫。
詰んだとしか思えない。
(どうして、こんな事になったんだろうなあ……)
おれはシャベルを両手で構えアリ達と相対しながら、少し前までのことを思い出す。
そうあれは、街の西門を出てからのコトだった――――。
《ここで回想に入るとは管理者、まるで走馬灯ですね。》
「…………」
シャレになりません、それ。
わずかに陽が出ていることが判る昼間。
しかし紫色で染まった空の下。
不気味な程に静まり返る、西の平原にて。
「ハァー魔法もねぇ! スキルもねぇ! 能力値もほとんど0にちけぇ!
レベルもねぇ! 運はゼロ! シャベルで毎日ほーりほり!」
《なにを遊んでいるのですか。》
おれは、歌っていた。
「うわ、突然どうした!?」
《それはこちらの言葉だ、と言っておきます。》
が、すぐに止められた。
視界にメッセージが表示されたのだ。
間違いない、この型にはめたような文は、ワイズマンのもの。
《しかも、意味不明の手振りまで付けて……。
果てしなく意味が判りません。》
と、言われてもな……。
「これはアレだよ、景気付けとかそんな感じ! それより、いつの間に起動したんだ?」
《つい先ほどです。
少し前までは、高濃度の魔素のため機能障害が出ていました。》
そうなのか。
確か、ステータス・アイとかステータス・カードっていうのは持ち主の魔素を使ってどうのこうの、と説明された気もする。
ならば、あの魔素が充満した街じゃどっかがおかしくなっても仕方ないだろう。
《…………。》
「それじゃ、さっきまでの大騒ぎは見てなかったのか?」
《『おれは、恩返しがしたい。』》
「――なっ!?」
突然、どこかで聞いたような言葉を打ち出すワイズマン。
《『おれのHPの全部を失くしても惜しくないもので。』》
「うぐ!?」
間違いない、コレおれが考えてた事だ!
ワイズマン、もしやこっちの思考を読んだな!?
《思い切った決断でした。
『責任も、逃走も、強制も、義務も、制――』》
「ファアアアアアア!
ファァアアアアアアアア!!」
ぐぁーーーーーー!
恥ずかしい!!
すげえ恥ずかしい!!
ここで素の状態で聞くと、なんとアレなことか!
なんてカッコ付けなコトを考えていたんだ!
食堂に居た時のおれを鼻フックしてやりたい!
《何故ですか? 格好付いていましたが。
『よし、決まったなら、後は行動あるのみだ。』》
「もう許して下さい……」
既に心が折られてしまった。まだ魔物と会ってすら居ないのに。
ちなみに足取りもよちよち歩きになっている。
頭に一発もらったボクサーみたいになってる。
《でもあの謎の歌は格好悪いです。》
「そこに戻るのか……」
《歌詞にあった穴も、まだ殆ど掘っていません。》
「え? そこにもダメ出し?」
まあ、おれもなんだか変なテンションになっていたように思う。
あの歌詞どうみてもロクなもんじゃないし。
内容もどちらかと言えば、言ってて気分が高揚するなんて事は全く無いし。歌えば歌うほどヘコむだけだ。おらさこんな異世界いやだ。
ちょっと落ち着いた。
テンションだだ下がりとも言う。
「……ところで、おれを呼ぶ時はどうするんだ?
そっちはワイズマンで良いんだよな?」
こちらの話を全く聞いていませんね、と出て来たメッセージは見なかったことにする。
《………………。》
「ワイズマン? ワイズマンさん?」
《そうですね、そちらの呼び方も決めて置いた方が良いかもしれません。》
「だよね」
ずっと頭の中でそちらだこちらだ、と指示語で言われ続けるのも面倒だからな。
《――では、『このやろう』にしましょう。》
「やめろォ!?」
悪化していた。
まだそちらこちらの方が良かった。
というかなんで頭の中でまで罵倒されなきゃならないんだ。それじゃ四六時中罵られ続けるコトになる。
ヨシヒコじゃないんだから、そんな事されても全然嬉しくない。
「そもそも何故その呼び方をチョイスした!?」
《それで、此処からはどうするのですかこのやろう?》
「スルー!!」
頭の中にスルーされた。
悲しいんだけど、どこから悲しめばいいのか判らない!
「アケミヤとかヒカリで良いよ普通に……」
「それでは『管理者』は如何でしょう。」
表示された文字には、管理者、という言葉の上に『アドミナー』とルビが振ってあった。
……なんだかちょっとカッコいい気がする。
少なくともこのやろうよりは数兆倍マシだ。
まあ前の呼び名のカッコよさは0だから、幾ら倍にしても0になる事に気付いた。
ダメじゃねえか。
「うん、じゃあその呼び方で良いんじゃない?」
《了解、今後は管理者と呼ばせて戴きます、このやろう。》
「戻ってる! 戻ってるから!!」
もしかして気に入ってるのか?
それとも新手のイジメ?
自分の頭の中で自分を罵倒するなんて、なんて器用なんだ。
……そうか、これは虐げの新ジャンル!
『脳内イジメ』
流行らないかな!!
流行……らせるものじゃないからコレ!!
そもそもいじめ、ダメ、ゼッタイ!
《ところで、これから何処に行くのですか?》
荒ぶる心中のおれをまるっと無視して、私の頭の中のいじめっ子が訊いてくる。
取り敢えず、それに答えることにした。
決して服従の意を示したワケでは無い。……たぶん。
「あー、ワイズマンは『緊急クエスト』の内容は知ってるのか?」
《はい。管理者の見聞きした情報は全て検索できますから。》
さらっと恐ろしいことを言われた気がする。
でもこの『智識の眼』が謎だらけというのは今更なので、話を続けることにする。
「あのクエストの内容だと、街の北にある湖に、魔素で街を汚染した原因があると言っていた」
《その割には、今歩いているのは方角が異なりますが?》
そうなのだ。
今おれがワイズマンと言葉のナイフで仲良しトークを繰り広げているのは、センティリア市街の西の平原、その外れの場所。
本来湖に行くなら街を挟むようにして流れる川のうち、西の川の橋を渡った後、そこから川に沿った道路を進んで北上するべきだと思う。
しかし。
「一つ考えがあってさ。
おれはこっちに進むことにしたんだ」
返事は無い。
早く先を言えというコトだろう。
「どうにも、森の方が怪しい気がするんだよ。
ほら、周りと比べてあっちの森は紫色が濃いだろ?」
指差す。
もはや常連のように通っているゼンノ草の群生地の先、薄暗い森の入り口。
そちらは今居る平原と比べても、魔素の紫色が濃い気がした。
「ほら、怪しいだろ?」
………………。
《…………。》
「…………」
《……其れだけですか?》
「うん」
あっこれ、呆れられてる!
顔とか別に見えやしないけど、でもきっと今ワイズマン、半眼ジト目になってる!
そうさ、思い付きさ!
かなりの所を思い付きで行動しちゃったのさ!
……でも。
よく考えると、あの森はなんだか不自然な所が多い。
例えば一昨日。
ギルドのメガネさんは、ヘビの出る季節では無いと言っていたのに、実際にここに赴いてみれば、何匹もヘビがたむろしていた。
確か、本来ヘビは森の中に居ると言っていたハズだ。
そして昨日。
ヘビは、スモールレッドボアは、橋の所に来ていた。
それで行商のマルカンさんは襲われていたのだが、そもそも橋や街道はモンスターもほとんど出てこなくて、安全だったと言っていた。
また群生地に言ってみれば、今度は大量のヘビの死骸。そしてスケルトンが森からやって来て、おれに襲いかかった。
このスケルトンもさらに良く判らない。
どうしてヘビを攻撃して斃したのか、どうしてスケルトンとヘビは戦っていたのか。
どうしてベアさんも言っていたように、ここでは見かけないと言われるスケルトンが出現したのか。
きっと、この紫色の濃い森と無関係ではない、気がする。
「まあ、湖の方は冒険者ギルドの人がすぐに向かってくれると思うし。
おれは気になるこっちを別動で調べても良いかなー、って」
そう締めて、頭を掻く。
平原は時たま北から風が来るせいで、いつもよりも髪もボサボサになっている。
《そういう事でしたか、このやろう。》
「呼び方が戻ったーー!?」
《いえ、冗談です。》
『ステータス・アイ』、というかワイズマン、冗談なんて言うのか……。
語歌堂さん達ほかの勇者も、こんなお茶目機能を搭載したアイを持っているのだろうか。
《それならば、私からは反対しません。
必要であれば起動して下さい。》
そう言って、ヒュウっとワイズマンの画面が落ちる。
視界が、ようやく辿り着いた森の入り口を映すのみとなった。
……いやおまえ、自分から電源をオフにするみたいなコト、出来たのか。
というか、それ何かしら不都合があったら向こうが勝手に消える事も可能なんじゃ?
イヤだよおれ、戦闘の途中で「ワイズマンさん! お願いします起動して下さい!」とか頼むハメになるとか。
まあ、そんなに早く戦闘になるとも思えないけど。
ここまで平原を歩いていて魔物は出てこなかったし、今、森の入り口から中を見ても、特に目立つ物は見当たらない。
しかし…………。
森の中には入るなともメガネさんは忠告していたけど、大丈夫なのかな、おれ?
どんな敵が出てくるかも判らないんだぞ?
だけど、考えとは裏腹に足は歩みを止めず、そのまま落ち葉や枯れ枝が散らばる森の地へ進入していく。
森はやはり低木高木で入り組んでいて、それでいてそれぞれが絡み合っているために、光量が一気に少なくなっていた。
だって。結局湖に行ったとしても、もしくは森に行ったとしても、いずれ戦闘はほぼ確実に起こるのだ。それなら、どちらへ進んだって変わらない。
あと、カンで来たこっちの森が事件と関係ないハズレだったら、すぐに戻って湖に行かなければならないし。
よし。
それならとっとと先に進もう。
そう考えをまとめて、近くの大木に手を付きながら大きな根っこに登る。
木も大きければ、地面に繋がる根も大きいなあ……。
――――と、
がさり。
下に居る黒い『何か』と目が合った。
「――!?」
お互いに相手の登場が予想外だったのか、動きが止まる。
微動だにしない。
相手は、アリの形をしていた。
だけど、どうみてもサイズが大きい。高さがおれの膝上ほどある。
日本で、いや地球ではまず見かけない大きさだ。パーツ一つ一つも大きく、触覚の縞々や脚の節までよく見える。
昆虫が苦手な女子が見たら失神しかねないレベル。
(ワイズマンさん! お願いします起動して下さい!)
……取り敢えず呼び出す。
このやろう呼ばわり待ったなしだ。
すると、すぐに頭の中で電子な音が響く。
案外何のごたごたもなくアイが起動し、再び視界の一部にデジタルな表示が映し出された。さらにメッセージ。
《目の前の生物を『解析』します。》
しかも動きも早い!
おれまだ何も指示出してない!
《役割は果たします。何か問題でも?》
「ないから、何の問題も無いですから!」
別にやめても良いんですよ? と言われそうな気配すらあったのですぐに否定する。
スキャンで相手の事を調べるのは、作戦を考えるためには必須。
やめられたらスゴく困る!
「ギギィイ!!」
「うわっ!?」
と、そこでおれの言葉に反応したのか、下方にいる巨大アリがアゴを鳴らす。
さらに一歩後ろに下がった。
そしてもう一歩、二歩脚を動かしおれを睨みながら下がっていく。
(…………逃げるのか?)
それだったら、別に戦う必要も……。
後ろのシャベルに添えていた手を戻す。
《解析終了。》
「表示してくれ!」
《敵のステータスを表示します。》
----------------
名前:スウォームアント・ワーカー
LV:3
HP:18
SP: 0
MP: 0
----------------
――――――マズい!!
立っている木の根の高台から、周りを一気に見渡す。
お陰で、すぐに異常に気付いた。
左の木々の奥から、大量の黒いアリの群れが駆けてくる。
背筋が粟立った。
「ワイズマン、見えるならあっちのアリを解析!」
言いながら、根っこから飛び降りて走りだす!
でも逃げる方向ミスった!
間違って森の奥の方に向かって走り始めちゃった!!
なぜ入り口に戻らなかったし!
これだからおれはこのやろう呼ばわりなんだ!
しかし、反転するヒマなんてもう無い。
あの黒い群れに追い付かれるワケには行かない。
もう既に最初に出会ったアリはどこかに逃げてしまった。
あれはレベルも低いしHPもおれより少ない、SPとMPは0だった。
普通に戦闘になればまず負けなかっただろう。
でもアイツはそもそもステータスにあったように『労働者』、非戦闘員だったのだ。そもそも何かと戦う事を想定されていないモンスター。
そしてその後の鳴き声。
あれは威嚇とかそのたぐいじゃない。
「「「ギチギチギチギチギチギチ!!」」」
威嚇ならばそう、そんな感じで相手に恐怖を煽るような音をたてるハズだ……って、数が多いなあオイ!!
……よって、やって来た後ろのヤツらこそが『戦闘要員』であると考えられる。
最初のワーカーの鳴き声は、恐らくSOSサインだったのだ。
《解析終了、表示します。》
----------------
名前:スウォームアント・ソルジャー
LV:10
HP:60
SP:20
MP: 0
----------------
そして裏付けが取れてしまった。
あいつらこそがソルジャー、戦う方のアリだったのだ。
ワーカーの方を巨大アリだと言ったが、こちらのソルジャーの方が更に体格が大きい。
しかも昆虫で甲殻があるためか、HPはレベルの割に多めに設定されている気がする。
今ワイズマンの出したデータで昨日倒した魔物、スケルトンを見ると、レベルは13で体力は56。やはりHPがアリは高い。防御力もそれなりだろう。
とすると、ここで後ろに向き直って戦闘を始めると、こちらの攻撃は通らないまま複数のアリに、よってたかってついばまれるイモムシのようにされてしまう。すごく嫌だ。
ならば逃げるしかない。
そうして森の中を一直線に逃げていって、
――――現在に到る。
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「………………」
じり、と睨み合う。
こちらは一人とシャベル一本。
相手は巨大なアリが10匹と少し。
まともに戦いになったら、即死だ。
どうする?
……どうしようもない。
なんとかこちらに来た所で隙を見つけて、また逃げるくらいしか……。
いや。なんだか様子がおかしい。
ここまでは獰猛に追っかけてきたのに、いざおれが転んでみれば、相手も動きを止めている。
何か理由があるのか?
そこで、また音が聞こえた。
アリの威嚇でももちろんおれの声でもない。
ガシャガシャ、ギシギシという音。
それも、複数聞こえてこっちに近づいてくる。
――――この音は、一度聞いたことがある!
思い至り、前のアリから目を離して自分の斜め後方、音が近づいてくる方を見る。
予想は当たっていた。
こんな時ばっかり当たるから困る。
スケルトンだ。
昨日も戦ったスケルトンが錆びた鉄の剣を振り回し、おれとアリの間、いや主におれの方に向かって突っ込んでくる!
しかもその数は七体ほど。
やばい多過ぎる!!
というか挟み撃ちだ!!
……そう思ったのだが。
「…………へ?」
スケルトンのうち六体、一体を除いて全てが横にそれておれを無視した。
そのまま、アリの群れへと剣を振り上げて走って行く。
「「「ギギャアアアア!!」」」
アリ達もアゴをガチガチと鳴らして、ガイコツに群がる。
おれの事なんて忘れたかのように。
助かった……のか?
アリとガイコツが戦う理由なんて知らないけど。
一先ずこちらは、それぞれの興味から外れてしまったようだった、と。
残ったガイコツの一体は、こっちに来ていた!
骨の肩まで振り上げていたロングソードが、一気に振り下ろされる!
こちらも慌ててシャベルを横に向けて突き出す、が。
「ぐぅっ、やっぱり力が、強いな……っ!」
一体全体ホネホネな体のどこから、そんな膂力が出てくるのか。
片膝立ちの姿勢でシャベルを押し上げようとするが、スケルトンの押し斬ろうとする力に負けてしまいそうだ。
だが、一気に重みが無くなる。
……というよりも。
太い枝が、ガイコツの上半身を吹き飛ばした。
今度こそ展開についていけない。
スケルトンは剣もろとも、向こうの木に叩き飛ばされた。
いきなり頭上でビシュッと風を切る音がしたかと思うと、大きな枝がガイコツを横薙ぎにしたのだ。
おれへの攻撃に集中していたスケルトンはもろにダメージを受けたようだ。
一体どこから枝が来たのか。
そう思い頭上を見る、と。
「――――!?」
今度は、木が動いていた。
葉や幹を揺らし、木が動いている。
おれがつまづいてコケた木の根もうぞうぞと動いていた。
ご丁寧に太い幹の中央が三箇所ほど裂けて、それぞれまるで目が二つ、口が一つあるかのように割れている。
――この木もモンスターだったのか!!
もう一度木のモンスターが、二つある太い枝のうちの一つを大きくふりかぶる。
それを見てすぐに、しゃがんだ姿勢のまま横に転がった。落ち葉が体に付くが、気にする余裕は無い。
ドズンッッッ!!
少し離れた所の地面を、抉らんとばかりの音をたてて枝が叩き付けられる。
再度近付いていたスケルトンが剣で構えていたが、その防御もろとも、枝がなんの比喩もなく『砕いた』。
枝が戻るとそこにはスケルトンの残骸と剣が残される。
今の一発でスケルトンが倒されたのだ。
そして、動く木はおれを気にせず、アリとスケルトンの戦闘に割り入っていく。
さらにスケルトンを排除するつもりらしい。
起きた事態に少し呆然としていたが……。
「……よし、今のうちに逃げよう!」
おれはモンスターたちの戦闘区域から離れるため、走りだした。
さっきまで逃げていた方向だ。
「ここまで来れば、もう追って来れないかな……?」
結局、森を抜ける所まで走って来てしまった。
だいたいゼンノ草の群生地から森に入って、北に向かって突っ切ったことになる。
しかし、さっきの戦いは何だったんだろう。
どうにも釈然としない。
魔物同士が戦うのを見るのも初めてだし、動く木のように人間であるおれよりも魔物と戦うのを優先する魔物の存在も謎だ。
普通なら、ジャガイモやヘビのように、こっちめがけてまっしぐらに襲いかかって来るものじゃないのか?
……まあ、前例が少ないのでなんとも言えないか。
《解析が終了しました。》
「え?」
《管理者の言う『動く木』のデータを表示します。》
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名前:ヤングエント
LV:28
HP:174
SP: 59
MP: 62
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いつの間にかあの木の事もスキャンしてくれていたのか。
それはありがたい、けど……。
「強いな、あの木……」
能力値を見ても、他の魔物と段違いの高さを誇っていた。
レベルも高いし、何よりあの大きさとまともにやりあっていたら、すぐに太い枝によってスケルトンの後を追うように、ぺしゃんとされていただろう。
エント、という名前には聞き覚えがある。
ゲームではよく出てくる、怪樹のモンスターだ。
ファンタジーの世界では有名な名前だろう。
ヤングエント、と付くのは木が若いからかそれとも。
まだまだ上のレベルのエント系が存在するのだろうか。恐ろしい。
そうして、周囲近くに魔物が居ないのを確認して、森を出る。
木々はもう森の中ほど多くはなく、多少日差しも戻っていた。
…………だが、紫色の瘴気は、更に濃さを増していた。
出た所の先は反り立つ崖になっていたのだけれど、どうにもこの近くに何かあるとしか思えない。
《管理者。右手側を。》
そこで、ワイズマンが視界にメッセージを示す。
木の陰から顔だけ出して、崖の横の方を窺う。
「またスケルトンが……!」
紫色の瘴気――つまり魔素だが――、のこの辺りで特に濃く見える場所。
そこには二体のスケルトンが立っていた。
そして、その間には。
――――崖に大きく口を開けたような、洞窟があった。
森は怖いのです。
次回『暗殺の時間』に続きます!




