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第十一話 : ちなみに彼はソロバンも武器として持てる

今回はエリネヴァスの市場や商業、あとは商人の説明話です。


ガーゴイルな店主はみんなのトラウマ。



 


 まだ店開きしてない食堂。


 おれは椅子の上で正座していた。


 目の前には仁王立ちする栗毛の女性。



 ……見て判る通り、だいぶ怒っている。



「ヒカリは今後一人で勝手な事をしない!」

「はい」

「判らなかったら人に訊く!」

「すみませんでした」

「次、水浴びする時は私がついて行きます!」

「えっ」

「返事はー!?」

「いやそれはちょっと」

「返事!」

「ムリです!!」


 いやいやいや!


 人差し指を立て腰に反対の手を当てて怒るポーズのその相手に、おれは必死にNOサインを示した。


 一体どうしたらそんな流れになるんだ!


 それは認めたらいけない一線、きっとフランさんも気が高ぶってワケの判らない事を口走っているだけだ!


「ほら、あれですよ! 始めてあの井戸ってヤツを見たので使い方を知らなかっただけです!」


 案外間違っていない。

 だって、おれは釣瓶式の井戸から上手く水を汲めなかったのだから。


 あの井戸には実は横に重石の金属がごろんと置いてあり、片方の桶の底にそれを取り付けて水面に落とす仕組みだったそうだ。


 すると、桶の重心がズレるため、桶は斜めになって落下。上手い具合に水が入るらしい。


 あ、ちなみに倉庫だと思ってた物は普通に覆いでした。あの中に入って身体を拭くそうな。


「訳の判らない事をしてしまったのはすみませんでした!

 ですが使い方を知った今なら! 今なら!」

「それは良いけど、知らなくても井戸の中に自分から落ちる人なんて不安になるでしょー!」

「そりゃそうですよね!」


 真新しいものを見てテンションが上がったのは判るが、なぜそこから古代ローマ人ごっこをして井戸を撫で回した挙げ句、その井戸にルパンダイブを決行したのかは永遠の謎だった。


 危うく溺死していどまじんになっていた。

 貞子さんとも言う。


 ホントになんであんな事したんだろう!

 寝起きのテンションって怖いね!


「あー、ヤツも反省してるみたいだし、許してやったらどうだ?

 ……まあ、椅子の修繕に来たらとんでもねえもん見ちまったけどよ……」


 かれこれ30分近く項垂(うなだ)れて反省の意を全身余すところなく示すおれを見て、親方が言う。


 この例の鍛冶屋の主人は、朝から食堂に修理に呼ばれていたらしい。


 修理に来たはずなのだが、当の呼んだ食堂のお祖父さんお祖母さんは朝市に買い物に出掛けていた。

 ならばとフランさんを探した所、やはり見つからなかった。


 なんだ親方、フランさんとは知り合いだったのか。意外と世界って狭いんだな。


 ……というのは置いといて、居ないならと帰ろうとしたら、今度は大慌てで食堂に駆け込んでくるフランさんと遭遇。彼女に引っ張られて庭にやって来た。


 そしてだいぶショッキングな光景を見てしまったようだ。


 そりゃそうだ、おれだって昨日に会ったばかりの知り合いが井戸に浸かってビバノンロックを歌っているのを朝っぱらから見させられたら、正気を疑う。異世界にでも来たのかと思ってしまうだろう。


 いや、別にいい湯だなーなんて歌ってないけど。

 実際はもっと大慌てだったけど。


 異世界で何やってるんだおれ。


「ほらこれ見てみろ、器用に椅子の上でお辞儀する程反省してるぞ?」


 おれはイスの上で土下座を敢行していた。バランス力が試される高度な謝罪だ。

 が、怒り心頭と言った風情のフランさんには通じない。


「スミドさんは、ウチの家庭の問題に口をださないで下さい!!」

「家庭!?」


 びびるドワーフさん。

 彼の名前はスミドです。


 しかし大丈夫、おれだって初耳だ。

 いつの間におれは食堂の子になってしまったんだ。


 だが。


「すみませんでしたッ!」

「反論しないのか!?」


 でも残念。


 おれには今、口答えする権利は無いのだ。もちろん自分のしでかしたコトの反省もあるが、単純にフランさんが怖いというのもある。


 普段優しい人ほど怒った時は厳しいの法則である。


 すまねえ親方、ここでヘタをするとおれは今後水浴びをする時にフランさん同伴になってしまうんだ!

 それは流石に恥ずかしいから勘弁して!


「すみませんじゃ憲兵は要りませんー!」


 どうしろと。

 おれにどうしろと。


 このままでは、フランさんの許可が降りなければ表も出歩けなくなってしまうかもしれない。


 くっ……、こうなりゃ最後の手段だ。

 ヤケになって上目遣いで彼女を見る。


「ごめんなさいお姉ちゃん……」

「何やってんだお前」

「わ、わかれば良いのよー」


 一瞬でフランさんの態度が軟化した。

 横で親方が驚愕している。「!?」の顔だった。


 しかし大丈夫、正直おれ自身も驚きを隠せません。

 匠もビックリのビフォーアフターだ。


「じゃあお説教はおしまい! ヒカリ、お腹()いてないー?」

「あ、空いてます」

「それならお姉ちゃん、朝ごはん作ってくるからねー」


 と言って颯爽と笑顔で食堂のキッチンに向かっていってしまったフランさん。

 まさかの鼻歌混じりだった。


 おれは親方を見てアイコンタクトを送る。


(どうしてこうなったんでしょう?)


 親方もおれを見た。


(………………)


 何もメッセージ性が無かった。


 ああ、あれはいろいろと諦めた目をしてますわ……。


 諦められる事に定評のあるおれであった。


 余りにも旗色が悪いので、大雑把に話題を変えることにした。

 よいしょと普通にイスに座り直す。足が痛い。


「そうだそうだ、親方、昨日は有難うございました」

「なんだ突然」

「おれの武器ですよ」

「ああ」


 敢えて武器と言ったのはおれと親方のお互いの名誉のためだ。

 おれが九割、親方が一割である。

 ほぼおれだった。


「けどおめえ、本当に良かったのか?」


 親方でも流石に問いかけずにはいられないらしい。

 見習い冒険者にシャベルを渡して放り出した事は気になるのだろう。


 でも別に、これはおれが選んだことだからなあ。

 そこに親方の責任は存在しない。


 そもそもおれはうっかりすれば、素手ときどき木の棒な状態でモンスターと戦っている所だったのだ。


 鉄製の装備を手に入れただけでもありがたいという状況である。

 ……それが武器か工具(耕具?)かは置いておいて。


 ここはおれが装備を気に入ったことを示して、親方を安心させるべきだろう。


「いや気に入りましたよ、シャベル」

「本当か?」

「ホントですよ! もう一緒に寝床に入るくらいです!」


 ウソは言っていない。


「何やってんだ……」


 信じられない物を見た、という顔をされた。

 コミュニケーション失敗だった。


 それでも諦めずに話題を続ける。


「でも親方。シャベルの値段ってあんなもんで良かったんですか?」


 これは前々から気になっていた事だったので訊いてみる。


 というかおれ、そう言えばこの世界の貨幣価値をまだ良く知らないなあ。


「100エウルで妥当じゃねぇか?

 どうせ要らねえモンだったしなあ」


 ……売った相手の前であんまりソレ言っちゃダメじゃない?


 どうやら完全におれの扱いは『ぶっちゃけても構わない人』になったようだった。

 扱いがランクアップしたのかダウンしたのかは神のみぞ知るセカイ。


 まあでも、目の前で武器持った途端にキリモミ回転で宙に舞って地面に刺さったり、次の日に会ってみれば井戸の中に居たり、最終的には抱きまくらよろしくシャベル抱えて寝てましたなんて言われたら誰だってこんな扱いになるよね!


 というかホントに何やってんだおれ!

 変態どころの騒ぎじゃないぞ!


 おれの余りにあんまりな不幸な境遇にほろりと涙が出そうになった。

 が、大抵は自業自得な事に気付いたため、一瞬で涙は引っ込んでいった。

 さようなら涙くん。


 気を取り直して、雑談ついでに親方に聞いておこう。


「おれ実は、そのエウルってどれ位の単位なのかが判らないんですよ」

「単位?」

「海外から来たばっかりなので、銀貨とか銅貨とかの価値が判らないんです」

「へえ、そうだったのか」


 彼も椅子の修繕はもう終わっていて暇だったのか、作業服の前掛けから黒染みの付いた袋を取り出す。


 そして袋口の留め金を外し、机の上にひっくり返した。ジャラジャラと硬貨がぶちまけられる。


「こ、これを……おれに?」

「いやなんで、くれるの? みたいな顔してんだよ!

 説明してやらねえぞ?」

「すいやせんっした!」


 工房に弟子入りした丁稚でっちのような口調で謝ってみる。


 どうやらおれに貨幣の仕組みを説明してくれるらしい。


 なんだかんだで面倒見の良い親方だった。

 工房は親方以外に居ないらしいが、弟子を取ってないのが不思議なくらいだ。


「よし、じゃあ仕方ねえから説明してやるよ。一回しか言わねえぞ?」

「お願いします」


 親方がコインを摘まみながら話し始める。

 そしてようやく判った異世界の貨幣制度は次のようになっていた。



 エウルとは、この大陸がエウラシアと呼ばれるようになった頃から使われている、由緒ある通貨である。


 親方いわく、発祥はこの帝国が生まれた時代、数千年前のティリア様が生きていた時代にまで(さかのぼ)り以下略。


 その貨幣、コインは大陸の国ごとに価値の差こそあれど、使用される金属によって大まかな分類が決められ統一されている。


 また、国毎に造幣所として鍛治師ギルドと専門の契約を結んで連携して硬貨を造っており、贋金にせがねなどが発生しないよう高度な細工の鋳型を使用しているそうだ。

 ちなみに通貨偽造がバレたらもれなく死罪。


 そしてそのコインは、価値が低い方から『銅貨』『青銅貨』『銀貨』『大銀貨』『金貨』『純金貨』の順に並べられる。


「あれ、親方、この中に金貨なんてありませんけど?」


 サイズが大小ある銀貨までなら見つけたけど。恐らく銀貨と大銀貨だろう。

 だが、金色のコインなんてどこにも見当たらなかった。


「ああ、ありゃあ金持ちぐらいしか持ってねえヤツだからな」

「親方、もしかして貧ぼ」

「うるせえ!」


 まあ、財布に銀貨二枚ぐらいしか無いおれが言える立場じゃないけどね!


 ……で、それぞれの硬貨をエウルに換算すると、銅貨は1エウル、青銅貨は10エウル、銀貨は100、と順に十倍の価値になる。


 6エウルなら銅貨6枚、240エウルなら銀貨2枚と青銅貨4枚、1500エウルなら大銀貨1枚と銀貨5枚、10000エウルなら金貨1枚。

 11746エウルなら金貨1枚と大銀貨1枚と銀貨……もういいか。


 という訳で「金貨が〜枚に銀貨は〜」と毎回毎回言うのはメンドくさいので、〜エウルと呼んでしまう方が楽ってこと。

 なるほどね。


 思い出してみれば、中央通りのバザールでは、八百屋っぽい人がリンゴを5エウルで安売りだと言っていたり、ファンキーさんはブドウを一房6エウルで売っていたな。


 そちらはおれも売るのを手伝わせられたからよく覚えている。


 そこから類推してみれば、リンゴがおよそ一個100円だとして考えれば、こちらの1エウルは日本の20円になるのだろう。


 すると、純金貨1枚は100000(十万)エウルだから、…………に、二百万円!?


 道理で、金持ちしか持っていないと言われるワケだ。そんなの財布に気軽に入れておいそれと持ち運べるはずが無い。


「と、まあそんな所だな」

「ふむふむ……」


 大まかな仕組みはこれで判った気がする。


「だいたい把握しました」

「なに!? 今の説明だけで覚えちまったのか?」

「えっと、そこまで難しくは無いですよね?」


 基本の計算は十進数で、硬貨は十倍ずつランクアップしていく事さえ覚えられれば、大したこと無いじゃんか?


 そもそも、こういった大勢の人が共通で覚える事柄ってのは、誰でも理解できるような仕組みになっているものだ。

 でないと、普及しないために制度自体が淘汰されてしまう。


 ……と、大学の授業で、聞いた覚えがある。

 そうさ、完全に受け売りさ!


 だが、親方は意外といった顔付きだった。


「なんだ、おめえさんただの変人かと思ってたぜ……」

「ひどいや!!」


 というか失礼な!


 あと『ただの変人』ってなんだ。

 只者ただものじゃない変人が居るのだろうか。


 おれは声を大にして変人扱いに意を唱えたかったが、こらえて別の質問をすることにした。

 今までの行動だけを見れば、変人扱いやむ無しだからな。


「すると、人が一人生活していく分にはどれ位お金があれば良いんでしょうか?」

「ん? おめえここで暮らすんじゃ無いのか?」

「いやあ、あんまり食堂に迷惑をかけ続けちゃうのもマズイですし……」


 あと、目安として幾らくらい持っていれば暮らしていけるかを知っておきたい。

 知ってさえいれば、クエストの報酬額などもそれに合わせて考慮できるだろうから。


 という理由も話すと、親方は少し考えるポーズになった。

 顎ののもじゃひげを、手でピッピッと引っ張っている。


 痛くないのアレ。

 おれの髪を掻くクセと同じようなものなのかな。


「ううむ……。飯は大体この食堂を基準にすれば朝昼晩の三食で100エウルいかない程度だな。安く屋台で済ませれば50切るだろ」

「まあ、食費は切り詰められる部分ですからねえ」


 日本の時の一人暮らしでも、両親から拝領している月の生活費がレッドゾーンに差し迫ると、まず最初に食費を削っていた。


 具体的に言うと一日三食を二食に縮小したり、三日間を大量に作り置きしたカレーでしのいだりした。


「だな。で、次は他の雑貨とかはバザールで中古品を買うなり、知り合いに頼むなりすれば安く上がるだろ。こっちも一日で見れば100で足りるわな」

「金属製品は親方に頼めば良いんですね」

「気が向いたらな」


 断られるかと思ったらそうでもないのか。

 やはりこのドワーフ氏、口は悪いが良き御仁である。


「問題は家だ」

「家?」

「おめえも野宿はしたくないだろ?」


 ああ、食、衣、と来て今は住の話になったのか。


「出来れば屋根のある所を……」

「馬小屋って選択肢もあるぞ」

「普通の宿屋でお願いします!!」


 きっと『馬が住むような小屋の一角を借りる』という意味で、実際の馬とルームシェアリングするワケでは無いだろう。

 そんなふれあいパーク要素は求めていない。


 だが、たぶんそんなアウトドアな所で一ヶ月も過ごしていればおれはきっと心が折れる。


 アウター系男子にはなれそうも無かった。

 言葉の使い方これで合ってるんだろうか。


「普通の宿だと、こっから西の通りの宿通り(やどどおり)らへんになるな」

「ふむ」


 昨日おれが見た宿屋が並んでる通りかな。


「矢鱈な所に入って妙な事しなきゃ、大体一泊150エウルだな」


 『妙な事』の辺りの話題には突っ込まない。

 藪をつついてヘビを出す趣味はないからね。昨日のフランさんとの会話でもう知っている事だ。


 あとおれが藪をつついた場合、ヘビどころかバジリスクとかヤマタノオロチとかが飛び出してくる可能性すらある。


「合わせると、一日でおおよそ300エウル、か……」

「だな」


 日本円に直すと概算で6000円。

 一日でそれだけコンスタントに稼ぐことが出来れば、自活できるのか。


 おれが最初に受けた施療院のクエストは、報酬が280だった。それが難易度の割に良心的なモノだったとして一般的な任務では報酬はもっと低いと仮定しても、通常のお使い程度のクエストを受けたら150~200程度にはなるだろう。


 なんと、それを二回達成するだけでノルマ分を超えてしまうのだ。

 ここは異世界だし迂闊な事は出来ないが、これは一考に値する計算かもしれない。


「どうだ?」

「そうですね、意外と無茶な金額ではないような気が?」

「お、言うじゃねえか、ひよっこ冒険者の癖に」

「午前と午後にでも分けて二つクエストやっておけば間に合うでしょうし」

「そういう考え方もあるか……」


 と、横から否定的な意見が入った。


「ダメよー」

「フランさん!」

「はいこれ、並べてねー」


 奥の厨房からやって来たフランさんに、食器を渡される。料理がもう出来上がったのだ。


 見ると、オムレツや大皿に入った黒パン、ニンジンの入ったスープetc……が来ていた。


「おお……!」


 受け取って、おれと親方が着いていたテーブルに並べていく。あっという間に割と量のある朝食が完成してしまった。


 そして、フランさんも同じテーブル席に着く。


「それじゃ、いただきましょうー」

「嬢ちゃん、俺も良いのかい?」

「スミドさんも修理のお礼にどうぞー」


 ありがてえ、と言ってスプーンを手に取る親方。


 早速自分の分のスープをかき込み始めた。あっという間に皿のスープのかさが減っていく。食べるの早いな!


「フランさん、おれも良いんですか?」

「そのために作ったんだから当たり前でしょー。

 あ、宿通りに泊まるのは許可しません」

「えぇええ」

「あとフランさんじゃなくてお姉ちゃんと呼びなさい」

「何故!?」


 結局最後まで独り立ちの許可は降りないまま、朝食の時間は過ぎていったのだった。





「フラン、今戻ったぞー」


 丁度おれが食べ終わったぐらいのタイミング。


 入り口の方から声がした。

 ここの食堂の店主、フランさんのお祖父さんだ。


「お帰りなさいー。あれ? おばあちゃんは?」

「まだバザールのどこかで話し込んどるんだろう」


 おや、スミドも来てたのか、などと言いつつこちらにやって来る。やっぱり知り合いだったみたいだ。


 そうしてそのまま奥の厨房に向かって、バザールで買い込んで来たとおぼしき食材を下ろし始める。


 それを見て親方が立ち上がった。


「それじゃ、邪魔したな」

「もう椅子は直ったのかな?」

「バッチリよ、他の椅子も見といたが、そっちはまだ大丈夫だろ。あ、そうだ」


 お祖父さんと話していた親方がいきなりこっちを見た。


 なんだなんだ?

 もしかしてこっそりモミアゲと繋がったあごヒゲを眺めてたのがバレたのか?


「そういや、おめえにちょっと渡したいもんがあったんだった」


 どうやら違ったらしい。

 だが、渡したい物ってなんだろうか。


 そう訊く前に親方はさっさと出て行ってしまった。


 おれも見事にカラになった食器を持って、厨房に片付けに向かう。

 フランさんが別に良いのにと言ったが気にしない。


 そこら辺は妹にしっかり教育されてますからね。明宮さんちの長男にぬかりはないのです。


 と、そこで困った様にしているお祖父さんを発見した。


「……? どうしたんですか?」

「む、ああ、ヒカリ君か」


 厨房に置いてある野菜を、腕を組んで見ている。


「実は、今日は一部の野菜があまり市に並んでいなくてのう……」

「ふむ?」

「午前の分は間に合いそうだが、午後になるとどうにも足りなくなりそうなんじゃ」


 聞くと、今日に限って何があったのか、ジャガイモやタマネギの売りが少なかったらしい。


 しかも運の悪いことに、丁度食堂の方の在庫も切れかかっている。


「なんとかならないんでしょうか?」

「ううむ……ギルドの共有農場から採ってくるしかないなあ……」

「共有農場……」


 生産系ギルドの一つ、食糧品ギルドではメンバー共同で管理する大きな農場を備えているそうだ。


 いざと言う時はそっちでその日使う野菜を調達したりも出来るらしい。

 余った供給分の野菜は商業ギルドに卸して、ムダなく流通に載せているとの事。


 しかし、今から食堂を開くのにお祖父さんが農場に行ってしまってはマズイだろう。

 料理の下拵えとかも忙しそうだし。

 するとやはり。


「よし、おれが行ってきます!」

「良いのかい?」

「何もしてないアホな居候、という汚名を返上するチャンスを下さい!」

「いや、そんな事思っとらんが」


 このままだとやった事と言えば井戸に落ちただけだ。

 やった事と言うよりやっちまったと言った方が正しい。


 ということでここはおれに任せて欲しいのです!


「まあ、それだけ言うならお願いしよう」

「ありがとうございます!」

「いや、お礼を言うのはこっちの方じゃ。

 ちょっと待っててくれ、今必要な物を書くからな」


 そして、リストアップされた野菜達を眺めて見る。


 ジャガイモにタマネギ、ニンジンまで足りなかったのか……。


 つまり午後になるとカレーすら作れなくなってしまうのだ。これはあかん。

 異世界にカレーがあるか判らないけど。

 ちくわはカレーの具に入りますか?


 じゃあ悪いが、頼むよと言うお祖父さんにいえいえと手を振り、フランさんにも「農場くらいなら危ないこともないかな……?」とすげえしぶしぶ認可され、おれは外に出た。


 一応二階に寄って自分の服に着替え、シャベルも持ってきた。


 服はキレイになっていた。

 おれが井戸でテルマエなロマエになっていた時に、フランさんが洗っておいてくれたらしい。


 もう感謝のしようもない。

 後でどうやってそんなに早く服乾燥出来たのか聞いておこう。魔法だろうか。


 また、考えるに、野菜の収穫で土を掘るということに関してシャベルは役に立つだろう。


 いやむしろシャベルの本領発揮であると言える。

 シャベル万歳。


 そうしておれは、シャベルを背負って農場に野菜の収穫へと向かうスタイルになった。


 ……着々と冒険者という言葉から離れていっている気がしないでもない。


「あ、ちょっと待って!」


 フランさんに呼び止められる。

 何か丸い物を渡された。


「はいこれー」

「これは……パン?」

「うん。お腹すいたら食べてねー」

「あ、ありがとうございます」


 フランさんが満面の笑みを浮かべる。


 結構サイズのあるパンだった。

 恐らく直径20センチはあるだろう、丸いフランスパン。

 確かブールとか呼ばれるやつだ。


 ……でけえ。


 まさかこんな大きなパンを糧食として渡されるとは思わなかった。

 おれの顔以上あるよ!


 背負った袋(お祖父さんから借りた)に放り込んでしまうのも偲びないため、おれは礼を言ってからパンを小脇に抱えて外に出た。


「おっ、どっか行くのか?」


 出たところですぐに親方と再会。


 ちょっと農場に行って野菜を取ってくるとの意を伝えると、親方が肩に担いでいた物をぽいぽいっとおれにほうった。


「やるよ。農場なら魔物も居ないだろうが、取り敢えず受け取っときな」

「こっ、これは!」


 ………………。


 …………。


 ……。


「これは!?」

「判らないで驚いてたのかよ!! ツルハシだよ、ツルハシ」


 いや、物は判るけど。

 どうして貰ったのかが判らなかっただけで……。


 おれが受け取ったのは柄の先に半円を描く金属の中央が取り付けられたようなアイテムだった。金属の両端は鋭く尖っている。


 ツルハシ。


 別名ピッケル。モ○ハンなんかでお馴染み、主に岩石や石壁の掘削などに用いる工具だ。

 掘削した上で鉱石を採集したり、障害物を除去したりする。


 でもなぜ貰ったのかが判らない。


 しかも二本も戴いてしまった。

 全く同じ形、サイズの物を二本だ。


 でもなぜ貰ったのかが判らない。


 お使い代わりに鉱石でも取ってこい、という事なのだろうか。

 いやおれ、農場に行く用事が……。


「ヒカリ、確か普通の武器が持てねえんだろ?

 それなら使えるだろうと思ったが、正解だったな」

「ああ、武器として使えって事ですね」


 なるほど。

 親方はツルハシを武器として使え、と言っているのだ。

 ついでに腰に提げるためのホルスターまで貰ってしまった。


 ……まあ、シャベルよりは先が尖ってるけど!

 でもそれはそれでどうなんだ?

 ツルハシ?


 おれはシャベルを背負ったまま、ツルハシ一本を両手で構えてみた。


「あ、これから鉱山でお仕事ですか?」と言われそうな格好に進化していた。

 冒険者って一体なんだったんだろう。


 ついでにツルハシを二本とも両側の腰に吊り下げ、小脇に大きなパンを抱えてみた。


「あ、これから不思議のダンジョンですか?」と言われそうな格好に進化していた。

 もはや冒険者じゃなくて別のステキなサムシングになっている。


「うわああコレ凄いカッコになってませんか!?」

「だろ! やっぱりカッコ良いだろ?」

「セリフを好意的に解釈されてる!?」


 親方のカッコ良さの基準が判らない。


 そして結局、おれはアイテム欄(※フィクションです)にシャベル1、ツルハシ2、大きなパン1を持って農場に行くことになった。



 …………。


 これ大丈夫?


 モンスターハウスだ! とかならないよね?


 やられたら、ももんじゃに入り口に戻してもらえるんだよね?







 おれは妙に不安な気持ちになりつつも、例のダンジョンのBGMを鼻歌で歌いつつ歩き出したのであった。



 鼻歌に集中してたら石に躓きそうになった。


ちなみにシャベルは日本円で1000円でした。

てつのけんは2000円。


次回:『ミスト様が見てる』お楽しみに!


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