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第十話 : なぜベストを尽くしたのか


寝起きの人って何をしでかすか判らないよね、というお話です。


ではどうぞ!

 


「兄貴、起きて兄貴」


 肩を揺すられる。


「ううーん……?」


 誰だ? 眠いのに。

 目覚ましも鳴ってないし、まだ朝早いじゃんか……。


「起きなよ、遅刻するよ?」


 ああなんだ、アカリか。


 耳朶を打つこのハキハキした声は、おれの妹のものだった。

 頑として起きてこないおれに痺れを切らして、部屋までわざわざ来てくれたのだろう。


 なんという慈母の如き優しさだろうか。


「アカリは今日も良い子だなあ……」

「うつ伏せに寝て目閉じてるクセになに言ってんの……」


 でも妹よ、これは仕方ないんだ。

 君の兄は朝早くに陽を浴びると死んでしまうんだ……。

 なんなら気化冷凍法とかも使える位の弱点なんだ……。


 おれのせいでツェペリさんがヤバイ。


「良い子だからおれの事は放っておいてくれえ……」

「だいなごん投下!」


 なー、と言っておれの横に毛深いものが割り込んで来た。


 我が家の猫だった。

 大福のように白いふもふもとした毛が特徴だ。


 そのままもそもそとおれの毛布の領土に侵入する。

 それはもう鮮やかな領土侵犯っぷりだった。


 うう、毛深い……でも柔らかい……。


 ちよっと嫌がるだいなごんを抱き寄せる。

 もふっとした感触。

 たまらんねこりゃ。


「お、おれにはアカリという心に決めた人が……ああ、でもダメ、屈してしまう……!」

「兄貴もう絶対起きてるよね?」

「ああでも、こっちの毛深い方のアカリもなかなか……」

「寝てた! 寝ぼけてた!」


 やわこい、毛がつやつやしてる……。

 妹が毎日面倒を見てる我が家の猫は、近所のオス猫達から付け狙われる程の毛ヅヤが自慢だった。


 ちなみに狙われても猫パンチ一発で追い払っている。

 そこは飼い主(アカリ)とよく似ている。


 おれもよくペシッと叩かれる。

 なぜか扱いが他のネコと一緒だった。


「ふへ、こっちのアカリはネコ耳付きだぜ……」

「わああ、撫で回すな、だいなごんを(よこしま)な気持ちで触るな!」


 なで……なで……、となんとなくじめっとした感じで触っていると、素早く回収されてしまった。

 布団からぬくもりが去っていってしまう。


 ああ、待ってくれだいなごん……!


 すると、もぞもぞするおれを見たアカリが呆れたような口調で告げる。


「もう、明日は早く起こしてって言ったのは兄貴じゃない」

「……言ったっけ?」


 枕に顔を押し付けたまま答えた。

 もうぬくもりはこの枕にしか無いんじゃあ、ワシの最後のユートピアなんじゃあ……。


 しかしおれ、そんなことアカリに言ったかな?

 言うからには何かしら理由があるハズだけど。


 肝心の理由が思い出せない。

 頭にもやがかかったようになっていた。


「言ったよ! 会ってお礼をしなきゃいけない人が居る……って」

「へー」

「他人事か!」


 昨日のおれはそんなことを言ってたのか。

 いや、全く記憶に無いけど。


「それならしっかり会って思い出して、お礼をしときなさい!」


 でもアカリはそういう礼とか詫びとかにかなりきっちりしてる性格だからな。

 おれも兄として恥ずかしく無いように、きちんとしておかなければいけないだろう。


「判った、起きるよー」


 よっし、と声を掛けて体に力を込める。

 あれだけ重かったまぶたも、ようやく開きそうだった。


「よろしい。それじゃあ私は下に行ってるから。早く降りてきなよ?」

「へいへい」


 ドアが閉じ、妹が階段を降りて行く気配。


 その時。


「…………?」


 おれはなんとなく。


 本当になんとなく。


 バタンというドアが閉まる音に、ふと寂寥感をおぼえてしまった。


 ――ああ、アカリの顔をなんで見ておかなかったんだろう。


 そう心のどこかで、名残り惜しく思ったのだ。



 そして、一人になった部屋で目を開ける。











「………………!」


 目を覚ますと知らない天井だった。


 ……というテンプレな目覚め方というワケでもなく、すぐに自分がどこに来ていたのかを思い出した。


 そもそもおれ、うつ伏せに寝てたし。

 天井見えないよコレ。


「うう……」


 身体の筋肉が固まってしまって上手く動けない。

 変な姿勢で寝てしまったせいだろうか。


 頭だけ動かして横を見てみると、簡素ではあるが丁寧に建てられた事が判る木張りの壁が見えた。


 壁に付いてる窓からは朝日こそ見えないものの外はもう明るく、チュンチュンという鳥の鳴き声まで付いてくるおまけ付きだ。


 異世界の朝は意外と普通だった。


 そうだ、結局あの後、フランさんに食堂の部屋を借りた後、すぐにベッドに意識を刈り取られてしまったのだ。


 ……なんか格闘技みたいな言い方だ。

 おれがベッドと対決して負けたみたいになった。


 いや、負けたのは合ってるけど。

 一瞬でKO負けだったけど。

 ゴングが鳴ったかどうかも怪しいレベルだ。


 服を着替えるのを忘れてしまったのも失敗だったなあ。


 昨日まるまる一日着ていた服でベッドに寝転んでしまったのだ、シーツを汚してしまったかもしれない。


 あとさっきから気のせいか、妙に背中が重い。

 具体的に言うと首から腰の上にかけての所が妙に重い。

 何か細っこい物にのしかかられているみたいだ。


 体を上手く動かせないのは、それの所為でもあるようだった。


 変な態勢で寝てたために力が入らない右手で背中を探る。


 すると、硬いポールのような物が指に触れた。

 割と重量があるそれを、横に引っぱり下ろすと驚くべき全容が見えた、のだが。


 シャベルだった。


「………………」


 窓の外を見てみる。今日もいい天気みたいだ。

 いい天気のお手本のように、スズメらしき鳥の鳴き声まで聞こえる。


 そこは異世界も日本とあんまり変わらない風景のようだった。


 違うとすれば、おれがシャベルを背負ってるくらい。


 ……うん。


 取り敢えず下に行こう。

 立ち上がる。


 そうしておれは、ツッコミをさくっと放棄してシャベルも壁に立てかけてさくっと放置し、昨日借りていた清潔なシャツに着替える。


 まあ、朝から大声出すと疲れちゃうからね!


 着替え終わってからちょっと伸びをして、部屋の外に出たのだった。


 目尻に残っていた、恐らく欠伸の際に出たと思しき涙も(ぬぐ)っておく。





「あらー、もう起きてたの?」


 一階のホールに行くと、すぐに赤毛混じりの栗色の髪の女性と出会った。

 この食堂、レストランを経営する一家の孫娘、フランさんだ。


 もう既に起きてから働き始めているようで、ホールに置いているテーブルやイスを丁寧に磨いている。


 なんて親孝行なお孫さんなことか。

 見習わせてやりたい程だ。おれに。


「おはようございます……」


 眠い目を擦りながら挨拶。

 なんだかおれだけぐーたらしているみたいで非常に申し訳無い。


 でもそこは日本の大学生、朝にはめっぽう弱いんだ……。


 なんなら耐性欄に『弱点:朝』とか付けても良いくらいだ。

 たぶん他の攻撃より三倍近くのダメージが通る。

 弱すぎる気がしないでもない。


 その様子が可笑しかったのか、フランさんに笑いながら言われた。


「ほらほら、目ヤニ付いてるわよー?

 玄関出て右行った所に水があるから、そこで顔洗っておいで?」

「ふぁい」


 別に突如ギリシャ文字で会話するようになったワケではなく、ただの欠伸混じりに返事をしてしまっただけである。


 ホールの裏側にパタパタと駆けていって戻ってきたフランさんに大きめのタオルを渡され、顔洗いついでに体も拭いてきたら? と言われた。


 いやあ、外で身体を晒すのには抵抗があるんですけど、という意を眠気と戦いつつ伝えたところ、体を隠す覆いがあるよ、行けば判るからー、との事。


 恐らく海にあるシャワールームのような物が存在するのだろう。


 なるほど、それなら大丈夫だろう。

 あまり人様の前でみだりに肌を晒すものでは無いからね。


 おれはそれを聞いて、なるほどそう言うのもあるのかと、一も二もなく了承して食堂の外に出たのだった。





「おお…………?」


 確かにフランさんに言われたままに行ってみれば、丁度レストランの庭にあたる位置の開けた所に出た。


(なるほど、井戸があるのか……)


 歩いているうちに多少周りのことが考えられる位には目が覚めてきた。

 おれは眠気に遂に逆転勝利したのだ。


 水はこの井戸から汲んだ物をいつも利用しているようだ。


 でも、彼女が言っていたもう一つ、肝心の『覆い』が無い。


 表の通りに面したこの庭には囲いこそあれど、それは高さ1メートルと少し程の低い柵だった。


 ……これでどうやっておれは情報漏洩を防げと?


 しかも柵だから間から見ようと思えば外から見れる。


 覗き大歓迎、満漢全席な状態だ。


 まさか、フランさんの「アンタならこの程度の仕切りでイイでしょ?」という意地悪!?


 いや、違うか。

 あの会話の感じから言えば、彼女達一家もここの水場を身体拭きに利用しているハズ。


 するとこのままではマズイという事も重々承知だろう。

 つまりおれが知らない、判らないだけであって、実際には『ここで身体を拭く方法』がキチンと存在しているのだ。


 さすが異世界。

 元の世界とはそもそもの常識が違う。


 そこまで考えておれは朝焼けの下、ニンマリと笑った。


 実の所こういったパズルのような問いかけは嫌いじゃないのだ。

 あれこれ試行錯誤しているうちに設問者の考えが判るようで楽しい。


 そう、これはフランさんからの出題。

 おれの頭をしっかり覚めさせるため、ノーヒントでここにおれを送ったんだ!


 早速周りを見てみよう。


 まず気になるのはやはり井戸。

 これが無いと肝要の水を得られない。


 おれは井戸に歩み寄った。


「ふうむ……」


 アゴに手を当てて考える。

 ちなみにタオルは肩に掛けた。


 井戸には日本で見られるような金属のポンプは付いていなくて、代わりに小さな屋根が取り付けられており、滑車がぶら下がっていた。


 なるほど、これはいわゆる『釣瓶落とし式』の井戸なのだ。


 釣瓶落としとは、滑車に巻いたロープの両端にそれぞれ桶(もしくは片方)を取り付けて釣り合いを持たせ、人がどちらかに力を偏らせてやる事で、下方にある水まで桶を落とし、汲み上げる仕組みだ。


 ここの食堂の井戸は両方桶の構造だった。

 片方の桶を上にゆっくりと持ち上げて、もう一方を下に降ろしていく。


 ちなみに井戸の水は水道のより汚いんじゃねぇの? ジャリとか混じってそう! という意見をお持ちの方も居らっしゃるかもしれないが、全くそんな事は無い。


 井戸の水はかなり清潔な部類に入るのだ。


 そもそも井戸は古代の人が「溜め池よりもっとキレイな水が欲しい!」と考案した物であり、それは地層自体の浄化能力に由来する。

 雨水が地下水になる際、地層の砂粒などが天然のろ過装置になるのである。

 自然ってすごい。


 まあ、後は微生物とか菌が気になるなら、汲んだ水を沸かしてやれば良いだろう。

 たぶんそれは異世界でも変わらないだろうし。


 と言ってる間に桶が水面に付いたようだ。


 これで水を汲んでやれば……って、あれ?


 こっからどうやって桶に水を入れるの?


 ………………?


 桶、水面に垂直に乗っかったまんまなんだけど。


「よいしょっ」


 そのまま引っ張り上げてみた。


 底が濡れた桶が浮上してきた。

 もちろん桶の中に水は無かった。


 えぇーっと……。



 さて、他の所も見てみようかな!

 おれは次に柵の方へ歩いて行った。


 近くに立ってみると、おれの胸の辺りから上は完全に外に見えてしまうことが判る。

 ここで脱いだら隠す気ゼロどころかマイナスだ。むしろ嬉々として見せに行っている感じ。


 満面の笑顔で上裸を見せつけてしまうことになりかねない。


 そんなまんま露出狂みたいなマネ誰もしたくな……うっ、頭が……?


 こりゃあやべえ、と周りを見渡すが、他に柵や覆いらしき物なんて無い。

 今いる反対側の端の方に、小さめの倉庫があるくらいだ。


 おれの装備の姉妹機のようなシャベルが立てかけてあるから間違いないだろう。あれは問題とは関係無い。


 ところでシャベルを姉妹とか言って良いんだろうか。船は女性詞で呼ぶって聞いたけど。

 まあ、そもそも物に性別なんて無いから気にする必要も……って、それはいい。


 今はおれの水浴びの話だ。

 現時点でこの場にある物はもう調べた。


 低い柵。

 釣瓶式の井戸。


 以上、二つだけ。


「判ったぞ、謎は解けた……ッ!」


 これらの物から導き出される結論は一つ。


 おれはしゃがむと、おもむろに服を脱ぎ始めた。


 柵で身体を隠すのにはどうしても限界がある。

 しゃがんでいる今だって、外の通りは朝早いから少ないものの、いつ人に見られるか判らない。

 緊張の連続だ。


 すると、外から見えない場所はどこか。

 加えて、水を浴びれる場所はどこか。


 これらの必要十分を満たす答え。


 服を脱ぎ終えたおれは、腰にタオル巻いて再度井戸にゆっくりと歩み寄った。


「これが、異世界の水浴びか……」


 たぶん傍から見ると、にわかに日本の風呂にワープしてきた古代ローマ人みたいになってるけど気にしてはいけない。


 こういうのは出来るだけ堂々としてた方が不審に見えないだろう。


 背筋をピシッと張って井戸を見る。

 ついでに心持ち顔の彫りも濃くしてみた。


 ほう、平たい顔族の風呂はこんな仕組みになっていたのか……。

 さすが異世界とでも言うべきか……?


 濃い顔でペタペタと無造作に井戸を触って調べる。


 いや実際はおれの方が平たい顔族だけど。

 堂々とは言っても腰にタオル巻いてるけど。


 そしておれは、微妙に緊張しつつ桶の繋がった二本のロープを手に取った。

 次に、井戸のへりに足をかける。


 そう。もうお判りだろう。


 おれの導いた解によれば、この井戸こそが全ての答え。



 井戸に、そのまま浸かるのだ。



 水を汲み出すだけが井戸じゃない、実は風呂代わりになっていたんだ!


 ……異世界では!!


 日本だとそんな利用法聞いたことも無いけど!

 いや、世界のドコを見ても聞いたこともないよ!


 ていうかコレで合ってるの?

 絶対違うよね?


 でも、フランさんの笑顔が脳裏に浮かんだ。

 これは彼女が提示した問題。


 おれに解けと暗黙に要求した問題なんだ!

 おれが答えなくてどうするってんだ!!


 答えは、この井戸に飛び込み、身体を洗い終えたらロープを登って上に戻る。


 これなら外の人からも見えない。

 完璧だ。


 だから後は、おれが自分を信じるだけで良い。


「大丈夫。大丈夫だ。

ただ全力(ベスト)を尽くすだけじゃないか……」


 そう呟いて覚悟を決めた。

 心なしか更に顔が濃くなった。


 もはや古代ローマ人を名乗っても許されるレベルだ。


 もう一度ロープを掴みなおす。


 よし、これで上手く下に伝っていけば



 つるっ



「あーーーーーー!!」



 ロープを一本掴み損ねた!!


 ガラガラガラガラ!! と恐ろしい勢いで滑車が回転。掴んでるロープもギュルギュルと伸びる。


 おれは片方の桶を下にして井戸の中にダイブした!


 どぷーんとそのまま着水。


「ぬべらっ!?」


 冷たっ! 冷たい!


 だが、運良くダメージ自体は無かったようだ。

 着水姿勢が手から行ったのが功を奏したらしい。


 水深はそれなりにあったが、取り敢えずパシャパシャと泳いでられるから問題ない。

 手足を円を描くようにして水を掻く、日本の古式泳法だ。

 ローマ人はどこへ行った。


 上を見てみる。


 長いロープが天井まで伸びていた。

 一本だけ。


「Oh…………」


 遠くの方に、大分短くなったもう一端のロープが見えた。


 ああこりゃあ、井戸を登るのは無理ですわ……。


 おれは遠くなった空を見上げる。


 ……取り敢えず、顔を洗っておこう。



 と、その時。


「ヒカリー? ごめんね忘れてた、大きいタオル持ってきたよー?」


 こちらに誰かがやって来る気配。

 フランさんだ。


「あれ? 居ないのー?

 服は井戸の近くに置いてあるけど……」


 そう言って井戸を覗き込むフランさん。


 目が合った。

 とても、気まずい。


「……何やってるの?」


 えっと。





 濃い顔で答える。



「ベストを、尽くしました」



ツッコミ不在回でした。


※良い子は絶対にマネしてはいけません!


ではまた次回!

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