第十七話「麻雀部?」
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『よし! ツモーーー!』
『今日の朝枠の麻雀対局も見事一着でした!』
『今日も朝から見てくれた視聴者の方、ありがとうございました!』
『実は高校生活が今日で三日目なんだけど、もう部活の勧誘が凄くてさ~。あ、でも星七は帰宅部だからみんな安心してね~☆』
『でも視聴者の中に部活を頑張っている人がいたら、星七は応援してます!』
『それでは、今日もみんなと対子になれたかな?おつせな~』
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(オフライン)
配信画面が切り替わり、待機画面へと戻る。
スマホの画面を閉じ小さく息を吐いた。
「私もそろそろ行かなきゃ……」
時計を見る。
まだ少し余裕はある。
けれどのんびりしている時間でもない。
ベッドから立ち上がり、
机の上に置いてあった通学バッグを手に取った。
入学式からまだ数日しか経っていないのに、
この学校の空気にも少しずつ慣れてきた気がする。
そして今日もきっと海里は朝から元気なんだろうな。
そんなことを考えながら、学校へ向かった。
◇
「おはよー!」
教室に入り、自分の席へ向かいながら見知った顔と軽く挨拶を交わす。
まだ三日目とはいえ、
クラスメイトの顔と名前も少しずつ一致してきた。
話す相手もだんだん固定化されてきて、
高校生活らしくなってきた気がする。
席に座り時間割を見る。
「今日は数学からか……」
思わず小さく呟く。
中学の頃から数学は嫌いというわけではなかったが、
朝一番となるとなかなかに頭を使う。
(眠くならなきゃいいけど……)
そんなことを考えていると、
教室の扉が勢いよく開いた。
「おはよー!」
聞き慣れた声。
振り返らなくても誰だか分かる。
教室の反対側からこちらに向かって大きく手を振っている。
周りのクラスメイトもちらりと海里を見るが、
本人はまったく気にしていない。
私も軽く手を振り返す。
「はいはい」
それだけ返して前を向く。
海里も特に気にした様子はなく、
満足そうに自分の席へ向かっていった。
朝から元気だなぁ。
そんな元気な友達の背中を眺めながら、
始業前の静かな時間を過ごした。
◇
あっという間に授業は消化され、
気付けば放課後になっていた。
終わりのチャイムが鳴る。
教室のあちこちで椅子を引く音が響き始める。
私も鞄を手に取り席を立った。
さて、帰るか。
そう思って教室を出ようとした瞬間だった。
──がしっ。
後ろから肩を掴まれる。
「何を帰ろうとしている?」
聞き慣れた声。
そのまま後ろへ引っ張られる。
「これからが本番でしょ?」
「なんでしょう?」
私はわざとらしく首を傾げた。
「分かってるくせに!」
海里は呆れたように言う。
そして満面の笑みを浮かべた。
「部活!」
「……」
「麻雀部の見学に行くよ!」
やっぱりそれか。
「はいはい、分かった」
観念してため息を吐いた。
すると海里は満足そうに頷く。
「よし!」
こうして私たちは麻雀部を探して校舎内を歩き始めた。
まずは部活動一覧の掲示板を見てみる。
サッカー部。
野球部。
バスケ部。
吹奏楽部。
美術部。
写真部。
演劇部。
ボードゲーム研究会。
「おっ、ボードゲーム研究会あるじゃん!」
「瀬戸さんが入るって言ってたね」
「でも麻雀部は?」
「⋯⋯ないね」
二人で首を傾げる。
「別の掲示板かな?」
「かもね」
私たちは校舎を再び歩き回った。
探す。
探す。
探す。
体育館前の掲示板。
特別棟の掲示板。
中庭の掲示板。
どこを見てもそれらしき名前は見当たらない。
「おかしいなぁ」
海里が腕を組む。
「ボードゲーム研究会はあるのに!」
「麻雀ってそんなにメジャーじゃないでしょ?」
「いや、あるはずなの!」
なぜそんなに自信満々なんだろう。
さらに数十分ほど探し回った。
やっぱりない。
「海里と一緒に麻雀をするという高校生活は、
早々に終わりを告げたのであった」
遠い目をしながら呟いた。
「勝手に終わらすな!」
即座に海里のツッコミが飛んでくる。
「だって麻雀部ないじゃん」
「まだ終わってない!」
海里はびしっと人差し指を突き付けた。
「むしろここからだから!」
どこから来るんだその自信は。
小さくため息を吐いた。
「麻雀が強い先生がいるって聞いてたから、
てっきり麻雀部もあるものだと思ってたんだよー」
まさかそもそも存在しないとは。
「どうする?」
尋ねると海里は少しだけ考える素振りを見せた。
そして、
「ひとまずその先生を見つけようか!」
「そうだね」
部活がないなら作るしかない。
そして部活を作るならまずは顧問だ。
少なくとも今はそれくらいしか手掛かりがない。
「なんて先生なの?」
「たしか……」
記憶を掘り返すように首を傾げる。
「奄美さん?」
「疑問形なんだ」
「いや、でもそんな感じだった気がする!」
全然信用できない。
「お父さんに聞いておけばよかった……」
「今さらだね」
私は苦笑した。
とはいえ、名前さえ分かればどうにかなるだろう。
「じゃあ職員室に行こっか」
「おっけー!」
海里は元気よく返事をすると、
迷いなく廊下を歩き始めた。
その背中を見ながら思う。
本当に見つかるのかな。
そんな一抹の不安を抱えながら、
私たちは職員室へ向かった。
「失礼します!」
職員室の扉を開けるなり、海里が大きな声を上げた。
「奄美先生いますか!」
職員室中の視線が一斉にこちらへ向く。
キーボードを打っていた先生。
書類を読んでいた先生。
談笑していた先生。
みんなが一瞬だけ手を止めて海里の方を見た。
静かだった職員室に妙な緊張感が流れる。
私は思わず一歩後ろに下がった。
すると、
「星川」
聞き覚えのある声がする。
振り向くと担任の新井先生がこちらへ歩いてきていた。
「職員室では静かにしなさい」
「はい……」
さすがの海里もしゅんとしている。
「それで?」
新井先生は眼鏡の位置を直しながら質問をする。
「奄美先生を探してるんです!」
「奄美先生?」
新井先生は少し考える。
そして首を横に振った。
「奄美先生なんて、この学校にはいないわよ?」
「えっ!?」
海里が固まる。
すると新井先生は何か思い当たったように口を開く。
「もしかして⋯⋯天音先生のことかしら?」
海里が勢いよく指を差す。
「たぶんそれです!」
(たぶんなんだ)
思わず心の中でツッコんでしまった。
新井先生も小さくため息を吐く。
「天音先生なら一年C組の担任よ」
「どこにいますか!?」
「今の時間なら自分のクラスじゃないかしら?」
「あざっす!」
「ありがとうございました」
海里より一歩遅れて、私も頭を下げた。
そして職員室を後にする。
廊下へ出るなり海里が振り返った。
「いたじゃん!」
「名前違ったけどね」
「細かいことは気にしない!」
気にしてほしい。
こうして一年C組の教室へ私たちは早歩きで向かった。
「頼もー!」
海里が勢いよく一年C組の扉を開けた。
ガラッ。
教室の中を見渡す。
しかし。
「……」
「……」
思っていた光景とは少し違った。
教室にいたのは生徒が四人ほどいただけだった。
そして突然現れた私たちを見てC組の生徒も止まった。
気まずい。
ものすごく気まずい。
この気まずさにはさすがの海里も勢いを失ったのか、
その場で固まっている。
仕方なく私が口を開いた。
「えっと……」
四人の視線がこちらへ集まる。
「担任の天音先生がどこにいるか分かる?」
すると窓際にいた女子生徒が首を傾げながら答えてくれた。
「天音先生だったら確か図書室に行くって言ってた気が……」
「本当?」
「たぶんだけど」
「ありがとう!」
海里が満面の笑みで答える。
「ありがとね!」
私も軽く頭を下げた。
廊下へ出て、海里が拳を握りながら言う。
「よし! 次は図書室だ!」
「どんどん移動してるね」
「RPGのイベントみたいになってきた!」
「先生探してるだけなんだけどな⋯⋯」
「あと図書室は静かにね!」
隣を歩く海里に釘を刺した。
「分かってる分かってる」
そう言う時の海里は大体分かっていない。
少し不安になりながらも、
次の目的地《図書室》へ向かった。
廊下の突き当たり。
図書室と書かれた扉の前で立ち止まる。
ガラッ。
扉を開くと、ひんやりとした空気が流れてきた。
本棚が整然と並び、紙の匂いが漂っている。
窓際では何人かの生徒が静かに本を読んでいた。
ページをめくる音だけが聞こえる。
図書室らしい静寂。
私は室内を見渡した。
しかし、
「あれ?」
先生らしき人は見当たらない。
海里もきょろきょろと辺りを見回す。
「いないね」
本棚の間を覗いてみる。
閲覧席の奥も見る。
それでもいない。
カウンターの向こうにいた図書委員らしき女子生徒がこちらを見ていたので、近づいて聞いてみる。
「すみません」
「はい?」
「天音先生って来ませんでした?」
「あー⋯⋯」
女子生徒はすぐに納得したような顔をした。
「来たよ」
「本当?」
「うん。準備室にいるわ」
そう言って図書室の隅を指差す。
本棚の陰に小さな扉があった。
「ありがとう!」
海里が小声でお礼を言う。
私たちはその扉の前まで移動した。
コンコン。
海里がノックする。
「天音先生ー?」
返事はない。
もう一度ノックする。
コンコン。
やはり返事はない。
「いないのかな?」
「でも図書委員さんはいるって……」
海里は首を傾げた。
そして、
「失礼しまーす」
ゆっくり扉を開ける。
ギィーーッッッ
中は思ったより狭かった。
机が一つ。
本棚がいくつか。
そして───。
「……」
「……」
私と海里の動きが止まる。
部屋の奥。
ソファのような長椅子の上に女の人が横になっていた。
「!?」
思わず二度見する。
いや、
いる。
確かにいる。
でも、
なんというか。
想像していた姿とあまりにも違う。
恐る恐る一歩近づいた。
海里も後ろから覗き込む。
そして、
「ね、寝てる?」
思わずそんな言葉が口から漏れた。
授業が終われば他の先生たちは仕事をしたり、
部活の顧問をしたり、
生徒の質問に答えたり、
忙しそうに校内を歩き回っている。
少なくとも私の中の先生のイメージはそんな感じだった。
それなのにこの人───。
寝てる!?
思わず固まった。
でもよく見るとかなり美人だ。
長い黒髪。
整った顔立ち。
すらりとした体型。
普通にしていれば高嶺の花のような雰囲気がありそうだ。
普通にしていれば。
ただその人は準備室のソファに寝転がり、
気持ち良さそうに眠っていた。
(なんて残念なんだろう。
まるでここにいるポニーテールみたいだ)
横にいる海里をちらりと見る。
「ん?」
本人は気付かずに幸せそうな顔をしている。
「いや、何もないよ!」
こんなことを思っているなんてとても口に出来ない。
そして恐る恐る眠っている先生へ声を掛ける。
「先生?」
反応はない。
「天音先生?」
今度は少しだけ近づきゆっくり肩を揺する。
すると、
「ん……?」
長いまつ毛が微かに動いた。
ゆっくりと目が開く。
そしてぼんやりとした視線が私たちへ向けられた。
「なに……?」
寝起き特有の間延びした声。
思ったよりずっと若い。
というか担任をしている先生には見えない。
「えっと……」
言葉を探していると天音先生は半身を起こした。
髪がさらりと肩から流れ落ちる。
しかし私に向かって不満そうな顔をした。
まるで昼寝を邪魔された猫みたいだった。
「あの……天音先生ですか?」
すると先生は面倒そうに表情を変える。
「違うぞ」
即答だった。
「用が済んだら出ていってくれ」
ソファに再び横になろうとする。
絶対天音先生だ。
直感がそう言っている。
というか、ここまで来て違ったら泣いてしまう。
海里も同じことを思ったらしく一歩前へ出た。
「私たち!」
「麻雀部を作りたいんですが!」
天音先生はゆっくりこちらを見る。
「……」
一瞬だけ沈黙。
少しだけ興味を持ったようにも見えた。
でもそれも本当に一瞬だった。
「麻雀部?」
「はい!」
海里が元気よく返事をする。
私は隣で様子を窺う。
「いやだ」
またも即答だった。
「え?」
海里が固まる。
私も固まる。
「い・や・だ!」
先生はもう一度言った。
「早くおうちに帰りなさい」
話が終わったと言わんばかりにソファへ寝転がる。
早い。
断るのが早い。
まだ何も説明していない。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
海里が慌てて食い下がる。
「なんでですか!?」
「面倒だから」
「そんな理由あります!?」
「ある」
あるらしい。
天音先生は毛布を引き寄せながら寝始めた。
数分の沈黙の後、
天音先生は面倒そうにまたこちらを見る。
そして大きくため息を吐いた。
「顧問は断ってるんだ」
「え?」
「昼寝の時間もなくなる」
指を一本立てる。
「帰る時間も遅くなる」
二本目を立てる。
「休みの日も出勤になる」
三本目を立てる。
「私の恋活の時間もなくなる」
四本目を立てる。
「良いことが一つもない」
断言した。
私は思わず海里を見る。
海里もこちらを見る。
この人、教師としてそれを言っていいんだろうか。
「恋活って……」
思わず口から漏れる。
「大事だぞ!」
天音先生は真顔だった。
「高校生にはまだ分からないかもしれないが、
人生にはタイムリミットがある」
なんか変なスイッチを踏んでしまった。
「だから私は定時で帰る」
天音先生は再びソファに横になる。
「顧問はやらない。分かったら帰れ」
何だこの人。
海里も同じことを思ったらしく、
引きつった笑みを浮かべていた。
「ここでサボってること、新井先生に言いますよ?」
準備室の空気が止まった、気がした。
天音先生の眉がぴくりと動く。
寝転がったまま向こうを見ている。
でも今、絶対反応した。
先生には効いていると確信した。
海里もそれを感じ取ったらしい。
「良いんですかー?」
さらに攻める。
(もっとやれ....!!)
心の中で私も応援する。
「良いんですねー?」
海里がもう一度念を押す。
すると天音先生がゆっくりと上半身を起こした。
さっきまでの気だるそうな雰囲気が少しだけ変わる。
「お前たち、名前は?」
海里が即答する。
「星川 海里です!」
続いて私も答えた。
「上路 緑です。」
「上路……」
天音先生が小さく呟く。
そのまま少しだけ考え込んだ。
不思議だった。
今まで面倒そうな顔しかしていなかったのに、
その瞬間だけ表情が真剣になったように見えた。
沈黙が流れる。
やがて天音先生は小さく息を吐いた。
「分かった」
海里と顔を見合わせる。
「明日、話を聞いてやる。それで良いか?」
「本当ですか!?」
海里が身を乗り出した。
「ただし」
天音先生は指を一本立てる。
「今日は帰りなさい」
「え?」
「昨日夜更かしをして眠いんだ」
それだけ言うと再びソファへ倒れ込んだ。
「じゃあな」
そして毛布を頭まで引き上げる。
話は終わりらしい。
私たちはしばらくその様子を見ていた。
少しあしらわれたような気もするが、
少なくとも次には繋がっている。
今はそれだけで十分だった。
どうやら天音先生は一筋縄ではいかないらしい。
「では、また明日来ます」
そう言うと、
毛布の中から小さく手だけがひらひらと振られた。
返事なのかどうかは分からないが、
私たちは準備室を後にした。
◇
帰り道。
夕暮れの光が住宅街をオレンジ色に染めていた。
私は海里といつものように並んで歩く。
春になったとはいえ、
夕方の風はまだ少しだけ冷える。
しばらく無言で歩いていたけれど、
沈黙を破るように口を開いた。
「大丈夫かな、あの先生」
天音先生の顔が頭に浮かぶ。
準備室で堂々と昼寝をしていた人。
恋活の時間がどうとか言っていた人。
「うーん⋯⋯」
海里は少しだけ考える素振りを見せた。
「うん! でも良い人そうだって感じた!」
「そう?」
「そう!」
海里は自信満々に頷く。
「なんで?」
「なんとなく!」
「出たそれ! 中学の時から海里は変わらないね!」
私は苦笑した。
海里のそういう勘は意外と当たる。
だから私も信じてみることにした。
海里は前を向いたまま続けた。
「あたしはあの人と麻雀部を作りたい」
まだほとんど話をしていない。
むしろ断られている時間の方が長かった。
それでも海里はそう思ったらしい。
空を見上げた。
夕焼けが広がっている。
「そうだね」
自然とそんな言葉が出た。
きっと私も悪い人ではないと感じているんだろう。
分かれ道に差しかかる。
「じゃあまた明日!」
海里が大きく手を振る。
「うん」
軽く手を振り返した。
そしてお互いの家へ向かって歩き出す。
明日、天音先生はどんな話をするんだろう。
そんなことを考えながら、家までの夕暮れの道を一人で歩いた。
次回、天音先生と話をするために、私は海里と一緒に再び図書室の準備室を訪れる。果たして緑は無事に天音先生を説得することができるのか?
第十八話「MONSTERS」




