第十六話「ようこそ桜華へ」
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『はい!それローーン!』
『今日の朝枠の麻雀対局は見事一着でしたー!』
『今日も朝から見てくれた視聴者の方ありがとうございました!』
『あ、そうそう。星七は今日から実は高校生なんですよ!』
『なので新入生、新社会人の皆さんは、星七と一緒にがんばっていきましょー!』
『では今日もみんなと対子になれたかな?おつせな~』
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(オフライン)
携帯の画面が暗くなって自分の顔が映る。
春の暖かい陽気が優しく包む。
Vtuberの麻雀配信も見終わり、部屋の時計を見る。
「あー、私もそろそろ準備しなくちゃ……」
そう呟いてベッドから立ち上がる。
窓の外では桜の花が風で揺れていた。
今日は入学式がある。
私立桜華高校。
今日から私も高校生だ。
制服に袖を通し、鏡の前に立つ。
まだ着慣れない青いセーラー服。
胸元のリボンを整えながら、自分の姿を眺める。
「……変じゃないよね?」
誰に聞くわけでもなく呟く。
すると、
「別に変ではないぞ。」
上から聞き慣れた声がする。
部屋の隅にふわりと浮かぶ白い影。
長い髪を揺らしながら九頭龍が腕を組む。
「むしろ貴様は何を着ても大して変わらん」
「それ褒めてる?」
「半々だ」
「なにそれ」
思わず笑ってしまう。
あの日ゴミ捨て場で自動卓を壊してから一年近く経った。
気付けばこの男がいる生活にも慣れてしまった。
「今日から高校生⋯⋯か」
九頭龍が窓の外を見る。
「貴様もあれから随分と麻雀が理解できるようになったものだな」
「まだ麻雀を覚えてから一年しか経ってないんだけど!」
「変わろうと思えば人は一年でも大きく変わるものだ」
珍しく真面目な声だった。
確かにこの一年で私は大きく変われた気がする。
麻雀に初めて触れ、興味を持ち雀荘にも行った。
そこで海里と出会った。
ネット麻雀をしたり、大会にだって出場した。
負けて悔しいと思った。
勝って嬉しいと思った。
そして──。
麻雀が好きになった。
私が変われたのは全て麻雀のお陰であり、
麻雀と出会えた九頭龍のお陰でもあった。
「……うん」
自然と笑みが浮かぶ。
「何を笑っている」
「別に?」
鞄を肩に掛ける。
机の上に置いてある金色の月のヘアピンを取って前髪に留めた。
「お母さん、行ってきまーす」
その言葉を背に受けて家を飛び出した。
春の風が頬を撫でる。
ここから私の新しい日常が始まる!
校門をくぐると同じ制服を着た人がたくさんいる。
当たり前だけど、すごく高校って感じがする。
中学とは比べ物にならないくらいの人の数だ。
もちろん知らない顔ばかりだ。
辺りを見回すと校舎の前にある掲示板に人だかりができていた。
どうやらそこでクラス分けが発表されているらしい。
「あっ、そっか」
今日は入学式だけじゃない。
クラス発表の日でもある。
海里と一緒だといいなー。
私は人混みをかき分けながら掲示板へ近づいた。
えっと……。
か行……。
「か、か、か……」
指で名前を追いかけていく。
「あった!」
上路 緑。
1-A。
思わず声が出る。
とりあえず自分のクラスは分かった。
あとは――。
「星川、星川……」
その時だった。
「みーーーどーーーりーーーー!!」
聞き覚えのありすぎる声が校庭中に響いた。
周りの生徒が一斉に声がする方を振り向く。
私は振り返らなくても分かった。
額を押さえる。
「あぁ……」
「おはよーーーーー!!!」
満面の笑みを浮かべた親友の星川 海里が、
人混みをかき分けながらこちらへ突進してきた。
私はテンション低めに返した。
「おはよー」
「とうとう今日という日が来たね!」
海里は両手を広げながら大げさに言う。
「高校生だよ!? 高校生!」
「そうだね」
「反応うすっ!」
朝から元気だなぁ。
まだ入学式も始まっていないのに。
海里は気にした様子もなく続ける。
「で、緑は何組だった?」
「1-Aだった」
「おー!」
「あたしは何組だった?」
私は海里の保護者か。
「まだ見てないよ」
「冷たいなー」
海里が少し元気を落とした。
そんな表情もかわいい。
いやいや、何を考えてるの。
でも海里のクラスは気になっていた。
「えーっと」
再びクラス分けの紙へ目を向ける。
人差し指で名前を追いながら、
「あ、あった」
「1-A!」
そう呟いた次の瞬間、
海里はぱっと顔を輝かせた。
「1-A! 一緒のクラスだね!」
海里は嬉しそうに私の肩を軽く叩いた。
「良かった!」
「……うん」
正直私も安心していた。
知っている人が一人もいないクラスになるよりはずっと良い。
「さすが最強コンビですなぁ」
海里は腕を組みながら、うんうんと大きく頷く。
「何そのノリ!」
思わずツッコミを入れると、
「えー? だってプリクラにも書いたじゃん!」
携帯の裏に貼られたプリクラを見せてきた。
「勝手に書いたんでしょ!」
「細かいことは気にしない!」
相変わらずだ。
でもそんなやり取りをしているうちに、
さっきまで感じていた緊張もどこかへ消えていた。
「ほらほら! 行くよ緑!」
「引っ張らないで!」
私の手首を掴んだ海里がそのまま校舎へ向かって走り出す。
周りの新入生たちもこちらを見ていた。
恥ずかしいからやめてほしい。
そんなことを思いながら、
私は楽しい高校生活に胸を踊らせて1-Aの教室へ向かった。
クラスにはまだ半分くらいだろうか。
一人で静かに座っている人もいれば、
近くの席同士で既に声を掛け合い、
早くも友達の輪を作ろうとしている人もいる。
ただ教室のあちこちから緊張した空気は肌に感じていた。
やっぱりみんな同じなんだな。
少しだけ安心する。
私は教室を見渡した。
前の黒板には座席表が貼られている。
どうやら名前順で座る席が決まっているらしい。
「あった」
上路 緑。
窓側の後ろ寄り。
悪くない席だ。
「じゃあまた後でね!」
海里が手を振る。
「うん」
軽く手を振り返した。
それぞれの席へ向かう。
席に鞄を置いて椅子に腰掛ける。
ふぅ、と小さく息を吐いた。
教室の窓から春の風が入り込む。
新しい制服。
新しい教室。
新しいクラスメイト。
中学とは違う席からの景色。
今日から本当に高校生なんだな。
そんなことを考えていると、
「随分と感慨深そうだな」
後ろから九頭龍の声が響く。
私は机に頬杖をついた。
(まあね。)
「ふむ」
(何?)
「いや」
九頭龍は少しだけ笑う。
「貴様もちゃんと高校生に見えるなと思っただけだ」
(それどういう意味?)
「そのままの意味だ」
相変わらずよく分からない。
小さくため息をついた、
その時だった。
「ねぇねぇ!」
突然隣から机を叩く音と声が聞こえた。
声の方に顔を向けると、
隣の席の生徒がこちらを見ていた。
「初めまして!」
私の顔を見てニコリと笑った。
「席、隣だね!」
「うん」
「一年間よろしくね!」
明るく差し出された言葉に自然と笑顔になる。
「こちらこそよろしくね!」
それから少しだけ会話をした。
どこの中学だったとか。
通学時間はどれくらいかとか。
好きな教科は何かとか。
そんな当たり障りのない話。
特別盛り上がるわけでもないけど気まずくもない。
お互いに探り合うような、
入学初日らしい会話だった。
「へぇ、そうなんだ」
「うん」
適度に相槌を打ちながら話していると、
ふと中学時代を思い出した。
海里と出会う前の私。
あの頃の私もこの子みたいな感じだった気がする。
誰とでも普通に話せる。
容姿関係なく当たり障りなく接する。
だから友達だけは無駄に多かった。
クラスで孤立することはなかったし、
どちらかと言うとカーストは上の方だった。
でも──、
中学の友達とはどこか一歩線を引いていた。
仲は良い。
だけど深くは踏み込まない。
そんな関係ばかりだった気がする。
「上路さん?」
「あ、ごめん!」
気付けば少し考え込んでしまった。
「大丈夫?」
「うん。ちょっと昔のこと思い出してただけ」
「そうなの?」
隣の子は不思議そうに首を傾げた。
私は小さく笑う。
海里と出会ってから私は大きく変わった。
お互いに嫌われることを気にせず素を出し合える、
そんな友達って、案外悪くないなと思えるようになった。
教室の前方を見ると、
海里は周りの人たちと立って話をしていた。
もう何人かと仲良くなっているらしい。
(相変わらず凄いなぁ)
そう思いながら見ていると、
海里がこちらに気付いた。
満面の笑みで大きく手を振ってくる。
恥ずかしいからやめてほしい。
でも、小さく手を振り返した。
その際に教室全体を見渡す。
もうクラス全員が教室に揃っているだろうか。
教室に入ってからかなり時間が経った気がする。
あちこちから聞こえていた話し声も、
少しずつ落ち着き始めていた。
その時だった。
ガラッ。
教室の扉が開き、背の高い女性が教室へ入ってきた。
「あなた初日からうるさいわね。早く席に着きなさい」
教室中の視線が一斉に向く。
もちろん怒られているのは──。
海里だった。
思わず吹き出しそうになる。
ついさっきまで教室の教壇付近で元気よく話していたのだから怒られるのも無理はない。
「星川さん?」
「すみません......」
海里は慌てて席へ戻る。
その様子に教室のあちこちから小さな笑い声が漏れた。
初日から怒られてる……。
私は口元を押さえながら笑いを堪えた。
先生が教壇に立つ。
そして教室全体を見渡した。
「おはようございます」
先ほどまでのざわつきが嘘のように静かになる。
「1-Aの担任の"新井"だ。一年間よろしくな」
落ち着いた声だった。
年齢は四十代半ばくらいだろうか。
メガネをかけていて、すらりとした体型。
黒髪のセミロングは肩の少し下まで伸びている。
姿勢も綺麗でどこか隙がない。
いかにも先生という感じだ。
「さて」
新井先生は出席簿を机に置いた。
なんとなく背筋を伸ばす。
厳しそう。
まだ何か怒られたわけじゃない。
ただ立っているだけなのになぜかそんな印象を受けた。
すると新井先生が教壇を軽く叩いた。
「それじゃあまず、出席を取る」
いよいよ高校生活が始まるんだ。
そう実感しながら前を向いた。
それからクラス全員の出席を終え、入学式を迎えた。
担任の話を聞き、教科書を受け取り、校内を案内され、ひとしきり高校初日にありがちな流れを終え、
気付けば初日が終わっていた。
慣れないことばかりだったけれど、
不思議と気分は高揚している。
海里とも同じクラスになれたし、
それが一番の要因な気がする。
◇
そして次の日。
入学式の仰々しい雰囲気とは打って変わって、
学校中がどこか騒がしくなっていた。
部活動の勧誘だ。
校門では朝からチラシが配られ、
廊下にはポスターが貼られ、
昼休みになれば先輩たちが新入生を探して歩き回っている。
運動部も文化部も必死らしい。
クラスの中でも話題は自然と部活の話になる。
「ねぇ、もう入る部活決めた?」
「私は吹奏楽部かなー」
「サッカー部見学行くつもり」
「バスケ部も気になるんだよね」
教室のあちこちからそんな声が聞こえてくる。
当然私の席の周りでも『どこの部活に入るのか』、
という話題で持ちきりだった。
「上路は部活決めてんの?」
前の席の男子が振り返る。
「うーん」
曖昧に笑った。
すると続けて口を開く。
「俺は野球部に入る予定だぜ」
そう言いながら照れくさそうに頭をかいている。
まぁそうだろうなと思った。
短く刈り込まれた髪。
日に焼けた肌。
いかにも野球少年という感じだ。
ちなみに昨日の出席確認で名前は"尾崎くん"と言うことが分かった。
私の出席番号の前、つまり前の席だ。
「中学でも野球やってたの?」
「小学校からずっとだよ!」
「へぇ」
すごいな。
何かを長く続けられる人は素直に尊敬する。
すると今度は隣の席からも声がする。
「まだ上路さん決まってないの?」
昨日話しかけてくれた隣の女の子だった。
「うん、まだかな.....」
「ちなみに私は決めてるよ!」
「そうなの?」
「ボードゲーム研究会に入ろうかなって!」
少し嬉しそうな顔をしている。
「そうなんだ」
当たり障りなく返す。
ちなみに隣の女の子は"瀬戸さん"と言うらしい。
昨日から何度か話しているけれど、
瀬戸さんは穏やかで話しやすい子だった。
髪の毛は黒色の長い髪で、目はくりっとしていて大きい。
いかにも優等生といった見た目をしている。
ちなみに胸も....私より...。
「上路さんはボードゲーム好き?」
「たまにやるかな?」
麻雀もボードゲームに入るんだろうか。
そんなことを考えていると、
「ボードゲーム研究会には麻雀とかもあるんだって!」
瀬戸さんが続ける。
思わず反応しそうになった。
「へぇ、そうなんだ.....」
何とか平静を装う。
ボードゲーム研究会か。
そんな選択肢もあるんだな。
私は何となく窓の外を見た。
春の風が校庭を吹き抜けていく。
部活かぁ。
まだ誰にも言ってないけど、何部に入るかはもうこの高校を受験する前からとっくに決めている。
中学三年生の夏。
あの日海里と出会って、自分自信を問い詰めたあの時から。
麻雀を覚えて、
負けて悔しいと思って、
勝って嬉しいと思って、
たくさんの人と出会って、
たくさんの景色を見た。
そして何より、
これからも海里の傍に立っていたい。
だから。
私の答えはもちろん。
───《麻雀部》
次回、緑は海里と一緒に、麻雀部の入部届を出しに行く予定だったのだが、大きな壁が緑の前に立ちはだかった。さてこの困難をどう乗り切るのか!?
第十七話「麻雀部?」




