店長と刑事③
ショップを出た洋子は、行く当てもなく彷徨っていた。
自分はなにをしているのだろうか。
いったいなにをしたいのか。
わからない。
あの店に行ったからといって、なにか得たものがあったのだろうか。わかったのは、昔姉が働いていたということと、姉もまた自分に謝ろうとしていたということだけだった。
謝りたかった。
姉もそうしたくて、あの店に行った。
そういえば、自分もあの店のぬいぐるみが気に入っている。とくに熊のぬいぐるみがかわいいのだといつも姉に言っといたことを思い出した。
くまのぬいぐるみが好きなのは、姉ではなく自分だっただけなのかもしれない。
姉のために買ったぬいぐるみは、自分がほしかっただけで心から謝るために買ったわけではないのかもしれない。
自己満足。
それだけのためなのか。
そんなことを考えているうちに気づけば、すでに太陽が隠れてしまっている。夜の闇の中で輝くネオンの光があたりを照らしている。行きかう人は多い。
それなのになんだか、一人でいる気がする。
だれも自分の存在には気づかない。
となりを通り過ぎていくばかりだ。
友達もいない。
姉もいない。
ただ孤独感のみが心をしめる。
「雨だわ」
誰かが言った。
ポツンポツンと雨が降り始めたかと思うと、激しくなり始めていた。
傘を持っていない人たちが慌てて雨宿りできそうな場所へと非難していく。
そんな中で洋子はただ一人歩いていた。
そこでようやく周囲が洋子の存在に気づいたらしい。ちらちらとこちらに視線を送っている。
けれど、話しかけるものはいない。
別にどうでもいいことだ。
どうすべきか。
会いたい。
ただ逢いたい。
あって知りたい。
洋子はそう思った。
その時だった。
洋子の身体を濡らしていた雨のしずくがなにかで遮られた。
「濡れるよ」
声がした。
洋子が見上げると、一人の男がいた。
知らない男だ。
年は三十歳ほど。
身長は洋子が少し見上げるぐらい。
長くて赤みかかった髪をうなじのところで結んだ男だった。
ラフな格好に黒い傘。
たれ目が洋子に微笑んでいる。
彼が雨から洋子を守ってくれていた。
「そんなところでボーっとしていると風邪ひくよ」
声も柔らかい。
「あの……」
「別に僕はなにかしようとしないよ」
そんなことはすぐに理解できる。
雰囲気が気持ちを落ち着かせてくれる。
一瞬、さっきの迷いをうち消されたような心地になってしまう。
ふしぎな雰囲気をもった男だ。
自然と額に暖かいものが零れ落ちる。
雨のしずくがほほを通っているだけかもしれない。
しずくが落ちる。
ほほを伝って顎を通り、地面へと流れていく。
洋子は俯いた。
「あれ?どうしたの?君。大丈夫かい」
彼は顔を覗かせる。
「おいおい。なにやっているんだ?お前」
そのとき、別の方向から声が聞こえてきた。
「いやあ。この子が濡れていたものでねえ」
どこかで聞いたことのある声だ。しかもごく最近。
陽子が顔を上げると、さっき店に訪れていた刑事さんがいた。刑事さんが長髪の男の襟をつかんでいたのだ。傘が地面に落ちる。
雨はすでに止んでいる。通り雨だったらしい。
洋子の身体は濡れているが、もう水が落ちてくることはない。
雲が晴れて、空には三日月と星々が光を放っている。
人々の群れもあふれている。
「お前、まさか女子高生に手をだしたりはしていないだろうな」
刑事さんは疑いの眼で長髪の男を見ている。
「そんなことするわけないよ。僕はそんな男に見えるかい」
「いいや、お前ならやりかねん。この前も巣鴨で口説いていただろう?」
「口説いていないよ。おばあちゃんとスルメ食べていただけだよ」
そんな会話をしている。
「あのお……」
洋子の声で刑事さんたちが振り返る。
「よく見たら、さっきのお嬢ちゃんか」
「知り合いかい?」
「お前……。とぼけるのも大概にしろ」
「いやあ。僕は知らないよ。え?もしかして、例の彼女?」
洋子は首を傾げる。
「ああ。香川洋子さん。被害者の妹だよ」
「ああ。例の連続殺人……。ということは、依頼人だね」
「はい?」
依頼人?
どういうことなのだろうか。
この人に私はなにか依頼したのか。
初めて会うというのにどういうことなのかと疑問に思っているうちに思い当たることがあった。
「あっ……。もしかして……」
「そうだよ。はじめまして、僕が“かぐら骨董店”の店長・神楽冬馬です」
彼がそう答える横で刑事さんが「そっちの名じゃないだろ」とつぶやいた。
神楽冬馬?
どこかで聞いたことのある名前だ。
いったいだれだったのだろう。
「あっ、ごめん。こっちはペンネームだった」
ペンネーム?
「僕、作家もしているんだ」
作家?
洋子はようやく思い出した。
「もしかして、『放浪陰陽師』の神楽冬馬?」
「はい。読んでくれているのかい?」
「いいえ。友達が……」
彼はがくんと頭を下に向ける。
「おいおい。桃史郎……」
「ううう。あれはサイコー作品なのにいい。読んでくれていない人がいようとはあ。僕ってそんなに才能ないのかなあ」
「わざとらしい。好みは人それぞれだ。それにそっちじゃない。あっちだろう」
「そうだったね」
すぐに開き直る。
というよりも本気でいじけていたわけではないようだ。
あれ?
名前違う?
当たり前だ。
ペンネームといっていたではないか。
「まあ、とにかく洋服濡れているね。せっかくだから、うちに来なよ。すぐそこだから」
そう言われて、自分のいる場所にようやく気付いた。
三鷹だ。
いつの間にか、自分は夕方訪れたばかりの通りにいた。
しかも見たことのあるレトロな店がすぐそこに見えている。
いつのまにここへ来たのだろうか。
いつ電車に乗ったのか。
まったく記憶にない。
「まあ。あいにくうちのエースは出払っているけどね。まあ、いっか。話はもう聞いているし……」
「お前のエースは多忙だな。どれくらい仕事おしつけているんだ」
「人聞きの悪い。ちゃんと分担しているよ。それに今回の件は君の部署からの依頼だよ」
「まさか、例の事件か」
「うん。知らなかった?」
「依頼はしたが、エースがでるほどのことでもないだろう」
「そうだけど、今回はルーキー君に経験させようと思ってね」
「ルーキー?またナツキが拾ってきたのか?」
「うん。ナツキもずいぶんと気に入っているみたいだよ。ようやく練習相手ができたってよろこんでいた」
そういいながら、野球のピッチングの仕草をした。
「そっちか。大丈夫なのか?」
「ナツキの眼に狂いはないよ」
だれのことをいっているのだろうか。まったく見当もつかない。
「それよりも入りなさい。着替えはあるから遠慮しないで……」
「はあ」
洋子は進められるまま、再び骨董店の中へ入っていった。




