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かぐら骨董店の祓い屋は弓を引く  作者: 野林緑里
矢が射抜く一輪の花
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始まりの音①

「わーい。ともにーちゃんだあああ」

子どもの無邪気な声で弦音たちが振り返ると、没落した交差点の中央付近に朝矢が佇んでいる姿があった。朝矢は、空をじっと見つめている。

なにをみているのだろううかと視線の先をおってみるも、そこには抜けるような青空がビルの間から覗かせているだけだった。もうずいぶんと西の傾いた太陽の光がビルのガラスに反射されて地面を照らし始めている。逆行のせいか朝矢の表情は見えない。

けれど、その佇まいがどこか寂し気に見えた。

花はどこへいったのだろうか。

あの見たこともない巨大な花。

あたりを見回してもなにもない。

「もう消えたよ」

子どもの視線は、ビルに備え付けられている街灯モニターのほうへと注がれる。

「そろそろ、はじまるかなあ」

スルメをむしゃむしゃ食べながら、男がのんびりとした口調でいった。

すると、隣にいた刑事が無線で部下たちになにか指示を出しているが、弦音には聞こえない。

「これって、なにがあったの?」

ようやく我に返ったのだろうか。

樹里が不思議そうに弦音を見ている。

「えっと……」

その視線に弦音は戸惑った。

どう説明すればいいのかわからない。

弦音自身、目の前でなにが起こっていたのか、まったく整理できていないのだ。

それをどうこたえるべきか。

「説明する必要ないよ」

突然、少年が弦音たちの目の前に現れた。

「この子は?」

樹里が聞いた。

「しらない。さっき、会ったばかり」

そうだ。だれだろう。

まだ小学生ぐらいの子ども。

けれど、いろいろ事情を知っていそうだということはわかる。

「ねえ。お兄さん。しゃがんで……」

子どもが両手で地面にむけて空気を押した。

「いいから、腰を下ろしてよ。そうしないと、僕。届かないよ」

「はい?」

「耳貸してくれたら、お兄さんが知りたいこと教えるよ」

「ああ」

信じるべきかわからない。

けれど、この状況を説明してくれそうなものがこの子供しかいない気がした。

「杉原?」

樹里が怪訝な顔をする。

弦音が腰を下ろすと、突然子供が彼の両耳をふさいだ。

「なんだよ。突然」

弦音はそれを振り放そうとしたが、なぜか離れない。

なんだろう。

この子供は

自分よりもずいぶん年下のはずなのに腕力が強い。

まるで耳に接着剤でもつけたように離れない。

「おやおや、ナツキ~。その子、気に入ったのかなあ」

「うん。でもね。とも兄ちゃんが一番だよん」

子どもが無邪気にいう。

「おいおいあまり、人を巻き込むなといっておけよ。桃史郎」

「う~ん。無理だね。ナツキは僕の云う事きかないかれねえ」

桃史郎と呼ばれた男は、スルメをくわえたまま街灯モニターを見る。

「ほらほら、始まるよ。準備はオッケーかい?」

「ああ。大丈夫だ」

その合図と同時にさきほどまで流れていたニュース映像が一転し、一人の女が移しだされた。腰まである長い髪

膝上までの黄色いワンピースドレス。

髪には向日葵をモチーフにしたようなカチューシャ

「え?松澤愛桜まつざわあお?」

樹里がつぶやいた。

聞いたことある名前だ。たしか、今年に入って、徐々に人気が出てきた歌手のはず。

『みなさーん。こんにちわ』

モニターから彼女の明るい声が漏れる。

『突然ですが、渋谷周辺、ジャックしちゃいました~』

その声で心配そうに事件現場を見ていた周辺の人たちが絶叫する。

響く声援に彼女が答えるように手を振っている。

どこで撮影しているのだろうか。

おそらく、この交差点が見えるところだろう。

彼女の背景は真っ白で場所の特定は不可能だ。

しかし、いつのまに人がいたのだろうか。

たしか、さっきまで警察関係の人しか姿が見えなかったはずだ。

それ以外は規制線が張られていて入れなかったはず

『というわけで、歌っちゃいまーす。私の歌をよーく聞いて、いやーなこと全部忘れて、日常を取り戻したましょう。行きます。私の十八番“勿忘草”』

曲が流れ始める。

そして、彼女が歌いだした。


先ほどのテンションとは真逆でローテンションで、ゆっとりした曲調は、どこかの民謡のようにも聞こえる。

ゆっくりで自然と田舎の風景が読みがってくるような気がする。

田畑があって、あざ道がある。

育ったばかりの稲が風になびき、鳥たちがさえずる。

遠くに山々が広がり、田んぼの中でポツンポツンと昔ながらの俵屋根の家々。

子どもが走る。

ランドセルを背中に乗せて、紅白帽子をかぶった少年。

黒髪の短髪。白い肌で小柄の少年。どこへいくのだろうか。

そんな光景が弦音の脳裏に浮かんだ。

そんな景色みたことない。

そもそも、弦音はそんな田舎にいった記憶はまったくない。

都生まれの都会育ち。

遠くに山が見えて、どこまでも広がる田んぼという景色は、テレビでしか観たことがない。おそらく、テレビでみた光景が広がったのだろう。

そんな歌だ。


歌が終わったかと思ったら、静寂が消えてざわめきが聞こえてきた。

弦音がはっとすると、目の前には人の行きかう姿。

サラリーマンやら学生たちがいつものようにスクランブル交差点を渡っている。

車が往来し、いつもの喧騒がある。

「あれ?」

渋谷だ。

確かに渋谷のスクランブル交差点のはずなのに、先ほどあったはずの大きなひび割れた穴もなければ、警察の姿もない。

壊されたはずまビルのガラスも元に戻っているし。行きかう人々も何事もなく歩いている。

「え?」

弦音はきょとんとした。

「なにしているの?こんなところで突っ立って……」

その声に振り返ると、不機嫌そうな顔をした樹里の姿があった。

「江川?」

「なによ。その顔。早く渡らないと、赤になるわよ」

「えッ?でも、さっき、花の化け物が……。お前、へんになって」

「はあ、なに訳のわからないこといっているのよ。いくわよ」

樹里が弦音の手を握り、歩き始めた。

「え?いくって、どこへ?」

「なに寝ぼけているのよ。園田先輩とコーヒーショップで待ち合わせよ。文化祭の買い出しするっていったじゃないの。もう時間がないわ。いくわよ」

わけがわからない。

あれは夢だったのだろうか。

弦音はただ戸惑っていた。




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