嫉妬と執着と癒えぬ痛み④
園田は震えていた。
身体を震わせながらもうじき闇に包まれようとしている河川を歩いている。河川では、のんびりとくつろいでいる人の姿も見える。
子供の声。
大人の声。
犬や鳥の声。
さまざまな音が通り過ぎていく。
何気ない音に反応することもなく、その音さえも遮るように顔を下にむけて歩いている。
「なに? なんなのよ」
園田は喉になにで挟まれたような声でつぶやく。その声に尋常ではないことに気づいた通行人が声をかけるが、彼女は通行人を押しのけながら走り出す。
「おい。君」
園田を呼び止める声が聞こえる。
けれど、立ち止まらない。
立ち止まれないのだ。
感じる。
背後な気配を感じてならない。
けれど、振り向くと気配は消える。
歩き出すと異様なほど感じてしまう。
逃げないといけない。
逃げないとあの子が来る。
あの子が私を殺しに来る。
脳裏に浮かぶのは人とは呼べないモノへと変貌を遂げようとした後輩の姿。
その姿にあの子が重なる。
違う。
私じゃない。
私は関係ないはずよ
彼女は必死に言い聞かせた。
「それはどうかしら?」
だれかの声が聞こえた。
聞き覚えのない声だ。
彼女が正面を見ると、いつのまにか女の子がいた。
気づけば、穏やかな時間が流れていた河川ではない。
人の行きかう雑踏の中にいることに気づく。
いつのまにここへ来たのだろうか。
いつの間にか日がずいぶんと傾いている。
雑踏の中。
小学生ぐらいの少女が一人。
まるでフランス人形のようなフリルの服を纏い、長い髪をカールさせた少女。その手には少女に似た人形が抱きかかえられている。
「まあ、どうでもいいんだけど……」
だれだろう?
私に話かけているのはわかる。
けれど、こんな子供の知り合いはいない。
「だれ?」
少女は微笑む。
「大丈夫だよ。あなたは殺されない。まあ、また襲われるかもしれないけど、ちゃんと守ってくれるよ」
「え?」
「だって一度守ってくれたじゃない。口は悪いけど、あの子は中途半端なことしないから大丈夫だよ」
どういうことなのだろうか。
守ってくれた?
だれに……?
そこでようやく思い出した。
たしかにいた。
守ってくれた人がいたではないか。
もしかしたら、彼ならばなんとかしてくれるかもしれない。
名前も知らない青年の姿が彼女の脳裏に浮かぶ。
自分を守ってくれた青年がまた守ってくれるというのだろうか。そう思うと彼女に希望が生まれてくる。
「どこにいけばいい?」
「どこでも……。でも、逃げるのは無理かもね。だって、だって、お姉さんのそばにまで来ているもの。お姉さんが怖がっているものが……」
そう言われて彼女が振り返る。
すると、雑踏の中。見覚えのある顔があった。
「江川さん?」
後輩の江川樹里だ。
髪を下ろしたままでパジャマを纏った江川樹里がいる。
「違う?」
けれど、見慣れた後輩の姿が別人へと変わっていく。
その度に園田の中で膨らむ恐怖と絶望。
「……レイ……」
彼女はその名を口にした瞬間走りだした。
少女は通り過ぎていく園田を見送ると、江川樹里のほうを見る。
樹里は少女にまったく気づく様子もなく、園田の駆け出した方向へと歩みだした。
「ねえ。止めたほうがよくない? ここだと大騒動になるわよ」
少女が言いながら、視線を上に向ける。
「その必要はない。いくぞ」
少女が顔を上げると黒づくめの男がいた。
「そっか……。あの子がどうにかするのね。でも、ちょっとぐらいいいじゃないの。私としては、そんなに騒ぎになってほしくないもの」
「必要はないといっているだろう。そんなにことはうまくもみ消せるはずさ」
「そうね」
少女は街灯モニターを見た。
モニターの中で歌姫が華麗な歌声を披露している。
「まあ、仕方ないわね。今回も高みの見物といきましょうか」
少女の視線の先には、ただひたすら逃げ出そうとする園田の姿と、それをまるであやつり人形のような足取りで追いかけね樹里の姿があった。
しかし、奇妙な動きをしている少女たちに周囲の者たちはまつたく気づく様子もない。
「無関心な人たちばかりね」
そうつぶやいた少女は黒づくめの男とともに雑踏の中に消えた。




