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かぐら骨董店の祓い屋は弓を引く  作者: 野林緑里
矢が射抜く一輪の花
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嫉妬と執着と癒えぬ痛み②

 芦屋という刑事が出たいってからずいぶんと時間がすぎていた。ある程度の事情徴収が終わっているにも関わらず、刑事たちが張り付くようにいるのは、意識を取り戻したは逮捕しようという魂胆なのか。

  

 それもそうだろう。あれは、れっきとした傷害事件だ。


 そうはわかっていても、樹里が手錠をかけれて連行される姿なんてみたくはない。

 

 このまま、いっそう目覚めてくれないほうがいいのかもしれない。


 いや、それもいやだと弦音は頭をふる。


 もう一人の目撃者?


 弦音はふいに芦屋刑事の言葉を思い出した。 


 もう一人の目撃者といえば有川朝矢しかいない。しかも、彼もまた被害を受けている。目撃者というよりも被害者といったいいだろう。


 けど、彼は樹里を保健室へと運ぶとすぐにどこかへいってしまった。


 彼とあの刑事たちとは知り合いのようだ。はっきりとはいわなかったが、あの刑事の会話からそう読み取れる。


 一体どんな知り合いなのか。

 

 朝矢はどこへいつたのか。ただ帰っただけなのかもしれない。

 

 そんなことを考えながら弦音は病室のほうへ視線を向ける。



 眠っている。

 何事もなかったかのようにスヤスヤと眠っているのだ。


「アヤカシ?」


 突然麻美がつぶやいた。


「西岡?どうした?」


 弦音が尋ねる。


「これは噂なんだけど、最近アヤカシが至るところに出現しているらしいわ」

「アヤカシ?」

「いままで見たこともない化け物が突然現れて人を襲うらしいの。よく聞かない? 未解決事件とか猟奇事件とか。そういうの。アヤカシの仕業の可能性があるって話」

「まさか」


 そんなものいるはずがない。

 異形の存在とは何なのかよくわからないが、常識では考えられないようなものにあった試しがない。


「でも、噂に似ているような気がする。さっきの樹里の姿。異形だったわ。ありえない」


 麻美の言っていることもわかる。たしかに異形だ。

 身体中が緑色になり、爪が異様な発達していた。顔はよく見えなかったが、園田先輩や秋月の顔色が物語っていた気もする。

 

 化け物


 そうとしか思えない。


 でも、


そんなことが本当にありえるというのか。


ただの空想。漫画の世界にすぎない。


ならば、先程弦音がみたものはなんだったというのか。弦音だけじゃない。彼女が変貌するところを数人が見ている。なによりも、園田先輩を庇った青年は腕から血を流していた。


長く延びた爪が確かに朝矢の腕に食い込んでいた。血が滴り落ち、苦渋に顔を歪めながらも、彼女を気絶させたのだ。けっこう激しい動きをしていたように思えたのだが、本人は何事もなかった顔で事後の処理を始めた。彼の迅速な行動で騒動がある程度落ち着いた。


そんなことよりも、樹里だ。


いったい彼女の中でなにがあったのだろうか。


弦音の心に靄がはいっているようで、漠然とした不安が収まらない。


「でも、なにかの間違いよ。樹里はただの女の子よ。私の大切な友達なのよ」


 そう言い聞かせながら、麻美は彼女のほうへと近づいた。


 ふいに窓際に花が飾られていることに気づいた。


「花?そうだわ。花だわ」

「はい?」


 弦音が聞くよりも早く麻美は刑事の元へと向かった。


「花です。刑事さん。樹里、今朝変な花を見つけたっていってました」

「花?どこで?」

「えっと、中学校です。私たちの母校ではないんですけど、あの子の通学路なんです」

「中学校というのは?」

「えっと、たしか西……西松羅中学です」

「西松羅?」


 弦音がオウム返しした。

 聞いたことがある。

 確かあそこは、秋月の母校だ。

 秋月と関係があるということなのだろうか。

 秋月と彼の母校。

 それに一輪の花。

 そういえば……。


「あいつの母校」

「杉原?どうしたの?」

「亮太郎って関係しているのかなって……」

「さあ、どうかしら?」

「よし決めた」

「どうしたの?」

「秋月に逢ってくる。なにか知っているかも……」


 そういいだすと、病室を出た。 

 すると、警察に連れ添われる形で病室へと向かってきていた秋月の姿が見えた。


「亮太郎」


 弦音はすぐさま駆け寄る。


「お前、なにか知っているか?江川が西松羅中学で花拾ったとかいっていたらしいんだけどさ。なにか……。あれ?亮太郎?」


 秋月を見ると、彼身の身体が震えていた。

 どうしたというのだろうか。

 彼の持っていた鞄が床に落ちる。

 音が病院内に響く。

 彼は突然頭を押さえてうずくまった。


「そんなこが……。違う……」

「おい。亮太郎?どうした?」


 秋月ははっとして顔を上げる。


「そんなことする子じゃないよ。あの子はそんなことしない」


 秋月は突然弦音の両腕を掴んだ。


「はい?」

「だれか止めてくれ。おれはただ逢いたかっただけなんだよ」

「へッ?」


 なにをいっているのかわからない。


「落ち着け。なにをいっているんだよ」 


 興奮している秋月に警察が抑え込む。そのまま、弦音から離された。


「大丈夫だよ、大丈夫。詳しく事情を話せるかな」


 警察が優しい口調でささやいた。

 弦音がホッとしたのも、つかの間。


 バリーン


「樹里。待ちなさい」


 ガラスの割れる音ともに病室から絶叫が聞こえる。。

 樹里の母親だ。


「どうしたんですか?」


 病室に入ると、座り込む樹里の母と割れた窓ガラス。

 床にはガラスの破片が散らばっている。

 ベッドを見ると、そこには眠っているはずの樹里の姿はなかった。


「江川?」

「どうされましたか?」


 警察の一人が母親に尋ねた。


「わかりません。娘が……。目を覚ましたんです。けれど、いつもと違っていて、声をかけようとしたんです。そしたら、突然ガラスが割れて娘が飛び出していったんです」


 警察は窓の外を見る。


 しかし、彼女の姿はどこにもなかった。


「急いで連絡します」


 刑事の一人がどこかへと電話した。


「芦屋刑事。大変です。彼女が逃げました」





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