01話
「悪いが半年ぐらい家に帰れねえから」
早朝。
俺たちを叩き起こした父はそう言って家から出ていった。
母親は現時点だけではなく昔からいない。
ついでに言えば、父も姉も俺も血が繋がっていなかった。
どうやって俺らのことを引き取ったのかは知らない。
とかく、いつも世話をしてくれて助かっていたのだが、とうとう愛想を尽かしたのかもしれない。
「というわけで私と弟くんだけの生活が始まったわけですが……でも、流石に弟くんとだけ暮らすのは怖いので、友達のお家に泊まらせていただきます」
急に訪れた一人暮らしの生活。
俺としても異性と二人きりの生活は不味いと思っていたのでありがたいが、信用されてないのなと苦笑した。
「あれ、紙」
確認してみると金の心配はしなくてもいいみたいだった。
それだけでありがたい、カップ麺とかそういうのを買って凌げばいいだろう。
「田村でも連れてくるか」
姉が怖くて来たくない! とか言っていたしな。
出ていったいまなら別に大丈夫だろう。
って、別に姉は怖くねえけどな。
田村を呼んで一人待つ、当たり前だが。
「へえ、一人で暮らすことになったのか」
「ああ、なんか急にな」
呼んでから二十分後くらいに田村努――田村が家にやって来た。
髪の毛はよく分からないがツンツンしていて派手な金髪、そして顔――だというのに地味な俺に良くしてくれている男だ。
金髪=悪い人間というイメージを改めた方がいいのかもしれない。
「久保先輩と喧嘩でもしたのか?」
「いや、俺と二人きりじゃ怖いから、だってさ」
「怖いってっ、お前と二人きりがかっ? ぶっ、ははは! 三橋はなにもしねえだろ!」
いや本当にまじでな。
俺ってそういう人間だと思われていたのかってショックを受けたからな。
義理の身内に欲情したりはしないし、異性に劣情を催したりはしない。
とはいえ、ホモというわけでもないので誤解はしてほしくないが。
「田村、彼女とはどうなんだ?」
「ああ、普通に仲良くしてるぞ」
「なあ、彼女ってどうすればできるんだ?」
「は」
「は?」
なんかめちゃくちゃ失礼な反応をされているような気がする。
もっとも、異性の友達すらいない俺がそんなことを聞いても意味はないが。
「まさか三橋が女の子に興味を抱くなんて!?」
「……はいはい、どうせ俺には無理な事ですよ」
「冗談だよ。そうだなあ、明るく挨拶をするとかか?」
「こんにちはっ」
俺の完全完璧対人モードでの挨拶、愛想笑いだってお手の物だ。
「おぇ……気持ちわる!?」
「し、失礼な奴だな……」
「というかさ、久保先輩を攻略するのが一番じゃないか?」
「無理だろ、だって姉貴には好きな人がいるからな」
姉と同じ学年の男子である沢村先輩のことが好きなんだ。
それを昨日までずっと聞かされてきたし、こっちに向くことはないだろう。
一番の問題は沢村先輩と関わりがあるってことなんだよな、俺が。
姉の想いを知っているからこそ教えたくなる。そんで二人をくっつけたくなってしまうんだ。
「ま、頑張れよ」
「これが強者の余裕か」
「そうだよ、俺には彼女がいるからな」
「楽しくやれよ」
俺は一人暮らしの生活を満喫するとしよう。
「久保くん」
「……ああ、どうした?」
翌日。
やることもなくて突っ伏していたらクラスメイトに話しかけられた。
唐突だが学校では久保という名字で登録されている、ところが実際の名字は三橋なのでそれを知っている田村は三橋で呼んでいるというわけだ。
「プリント、出してくれる?」
「あ、悪い…………はい」
「ありがと」
このとおり? コミュ障というわけでは別にない。
話そうと思えば派手派手しい連中とも平気で絡めるが、面倒くさそうだから行っていないだけだ。
「三橋ー」
「あれ、彼女はいいのか?」
「って、この教室にいるだろうが」
なのに彼女より俺を優先するとかこいつは優しすぎる、というかいまの女子がその田村の彼女なんだよなって考えていたら彼女がやって来た。
「……努くん、なんで先に久保くんのところに行くの?」
「うぇっ? べ、別にそういう差別はしないからな」
「ふぅん、私よりも久保くんの方が好きってこと?」
「おぇぇ……じょ、冗談はやめてくれ……」
なにが優しいだ、こいつは最悪野郎じゃないか。
この女子、渡部は白い目で田辺を見つめ続ける。
「……澪の方が好きに決まってるだろ?」
そして上手い、自分への言葉を引き出した。
見ているこちらからすれば甘すぎたので退席する。
どうせ田村はこの後部活に行くので残っていても意味はない、てか、もう放課後だから残っている理由もなかったのだ本当は。
だから適当にだらだらと歩いて帰っていたのだが、
「うぇぇ……取れない……」
自動販売機の下に手を突っ込んで格闘している少女に出くわし足を止める。
……もう少しで下着が見えそうだぞと教えてやるべきだろうか?
「なあ」
「ひゃあっ!? あいったぁ!?」
慌てたことにより固い鉄板に頭から激突。
少女は「いたた……」と呻き頭を押さえていた。
「いきなりなにするんですか!」
「え?」
「いきなり女の子に声をかけるとか犯罪ですよ!」
知らなかった……異性に話しかけたら犯罪なのか。
それともこれもあれか、イケメンなら怒られないってやつなのか?
「まだ用があるんですかっ?」
「あ、いや、なにをしていたんだ?」
「……小銭が落ちてしまってもうお金がなくて、諦められなくてずっと……」
「なにが飲みたいんだ?」
「へ?」
「いや、金がないんだろ? 驚かせてしまった詫びに奢ってやるよ」
自分の小遣い的にゆとりはないが、申し訳ないことをしてしまったのでこれくらいはやらなければならない。
「……それならカル○スで」
「おう――ほら」
「あ、ありがとうございます」
「それじゃあな」
たまにはいいな人助けというやつも。
こういう事を繰り返していけば印象が良くなって友達ができるかも……しれない。
ま、田村がいてくれれば問題はないんだけど。
「あのっ」
「ん?」
「お金、返したいのでお名前と学年を教えてくれませんか?」
「三橋――久保千尋、二年だな」
「はぇ? ち、ちひろさん、ですか?」
「はは、初対面の人にはよく言われることだな」
別に自分の名前関連のことで嫌なことを体験したことはない。
ただまあ、そこまで自分が可愛らしくもないのでもうちょい男っぽい名前が良かったけども。
「明日、きちんとお金を返しに行きますね」
「別にいいけどな」
「駄目ですよ」
「そうか。ま、それじゃあ明日な」
こっから友達になれたりしないだろうか。
もし友達になってくれたら田村に自慢をしてやろう。
そうすればあいつの失礼な反応も少なくなるはずだ。
翌日。
これまた突っ伏したりして時間をつぶしていると渡部に話しかけられた。
「久保くん、一年生の子が来ているわよ?」
「……さんきゅー」
俺に話しかけてくるのなんて彼女くらいなものだ。
とりあえず頭をボリボリと掻きながら昨日の少女を探すと、どうやらクラスの陽キャ集団に絡まれているようだった。
「君可愛いね~」
「それでなにしに来たの?」
「えと……私は……」
「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ? こいつらは信用しちゃ駄目だけどね」
「ちょ、ひどっ!?」
それを見た俺は席へと退散――は珍しくせず、困惑している彼女の腕を掴んで教室から連れ出した。
……後ろから「積極的!」なんて声が聞こえたのは幻聴だと思っておこう。
「あの、急に女の子の腕を掴むとか犯罪ですからね? そういうところがマイナスだと思いますけど」
そして助け出したはずの彼女からは悪態をつかれる始末。
「とにかく、昨日はありがとうございました」
「おう、律儀にさんきゅーな」
「別に。それでは失礼します」
おぅ……これは友達にはなれなさそうだ。
「三橋? どうした廊下に突っ立って」
「田村、友達を作るのすら大変なんだな」
「は?」
まあいい、悪いことをしたわけじゃないしな。
大人しく生活することに専念しておけばいいだろう。