82話 摩天楼に行きます
炭の中でミズキを抱いているクーは男に怒られていたが、不服なのかじっとりとした目でにらんでいた。
「私悪くない」
「この惨状を見てよく言えるな!?」
「水掛けられた」
「確かに予定を見ずに呼んじまったが、だからって水祭りの日に暴れることないだろう!?」
「予想すべき」
「そうだよな、俺が悪いよな! あああもういやだあああああ! いったいどれだけの請求が来るかわからんぞ!?」
「頑張って」
男が嘆くもクーはいつもどおりだ。その様子を見かねたミズキが男に話しかける。
「あの、少ししかないですけど修理費? 出したほうがいいですか?」
「いや、そんな訳にはいかない。請求額分クーに働いてもらう。嫌がっても『大雪原』巡り確定だからな?」
「鬼畜」
「誰の所為だよ!? いやほんとマジで誰の所為でこんなことになっちまったかな!?」
「ん」
クーは男を指差した。
「その子の用事が終わったら覚悟しろよ……?」
男はゆらりと傾き、事後処理があると言ってふらふらと去っていった。
「どうする?」
クーは抱きかかえるミズキにこれからのことを聞く。
「えっと……あれ、ファティマさんは?」
気づけばファティマの姿が見えなかった。
「誰か助けてください……」
遠くから声がして振り向くと、ファティマが炭の柱などに挟まれ、身動きが取れなくなってしまっている。
どうにかしてミズキたちが炭の山からファティマを助け出したが、三人の服はすっかり炭で黒くなってしまっていた。
「あはは、見事に真っ黒だね」
「うぅ、なんでこんなことに……」
「寒いから」
ファティマが空笑いするとミズキは肩を落とし、クーがぼそりと呟く。合流して『大雪原』に行くだけのはずだったというのに、とんだ災難だった。
「服もこんなになっちゃったし、良ければだけど『摩天楼』にある大浴場に行かない? 服も洗ってもらえるし」
「行く」
「行きましょう! 前から一度行ってみたかったですしちょうどいいです!」
ファティマがそんなことを言いだし、クーは即座に了承していた。
ミズキも前から行きたいと思っていたこともあり、元気よく頷く。そしてまだ見ぬ大浴場へと想像を膨らませていた。
*
ミズキたちは『摩天楼』の近くへとやって来ていた。
高くそびえる巨大な構造物である『摩天楼』は、朱色の木材が複雑に組まれ作られている六角形の塔だ。
見上げても上部がよくわからないほどに高く、流麗でありながらも堅牢さを見せ付けていた。
それから周りにある掘には水が貯められ、『全て慈しむ紫光』の光と『変転せし六光』の青光を反射して輝いている。
さらにその外側をぐるりと一周する環状の大通りが存在し、『森の都』を放射状に十五分割する大通りと交わっていた。
そうした環状の大通りからは、『摩天楼』へ向けて一本だけ大きな通路が伸びており、そこから中へと入れるようだった。
「わぁ、すごいです! あれが『摩天楼』ですか!?」
ミズキがクーに抱かれながらも、その威容を誇る巨大な塔を見上げていた。
「あっちの通路から中に入れるよ」
ファティマが示す先にある、朱色の欄干が流麗な通路には、多くの人が行き交っていた。そしてファティマが通路に向かえば、クーも後ろに続いていく。
「中には宿泊施設とかもあるけどどうする?」
「どうせなら泊まってみたいです!」
ファティマの提案にミズキは目を輝かせて了承し、期待を胸に膨らませていた。
「クーはどうする?」
「構わない」
クーはそれだけ言うと黙ってしまう。しかし、じっとりとした目で『摩天楼』を見つめる顔からは、なんとなくだが期待が見て取れ楽しみにしていることがわかった。
それから、話しながら堀に架かった通路を歩いていると、空中を泳ぐ金魚がときおり横切り、ミズキの近くへとやってきていた。
「可愛い金魚さんです」
ミズキが金魚をつつけば遠くへと逃げていってしまった。そうして通路を渡った先にある、大きな門を潜れば『摩天楼』への入り口はすぐそこだ。
建物内へと踏み入ればまずは高い天井が目に入る。橙色の光晶石がはめ込まれた照明が建物内を照らしていた。
そして、木目の美しい円状のホールが遥か上まで続き、天井部分には、巨大な硝子に覆われた照明がはめ込まれていた。
その照明は植物のつぼみを象ったものだろうか、九つある照明は放射状に広がっていた。
それから視線を下げれば、ホールをぐるりと囲む何層もの通路が目に入る。
通路は何階分あるかもわからず、いくつかの昇降機が全ての階層を貫いていた。
「すごいですね! すごく高いですよ!」
「豪華」
見上げるミズキが感動していたが、クーは一言で言い表していた。周りには多種多様の人が行き交い賑わいを見せている。
「受付はこっちですよ」
ファティマの案内で向かった先には長いカウンターがった。その向こう側に見える、多くの受付と思われる者たちが、客への対応に追われ忙しそうにしている。
しかし、その受付はどうみても幼い子供だった。金色の髪の上にピンと尖った狐の耳を乗せ、丸く可愛らしい尻尾を生やした狐の子だ。
狐っ子は白衣と袴を着ており、性別の違いからなのか、袴の色は朱色と藍色に分かれている。
辺りを見れば同じような姿をした小さい子供たちが、忙しそうにちょこちょこと動き回っていた。




