79話 寒がりの少女はミズキを捕まえる
ミズキがリティスの元へと行っていた時より前のこと。
どこを見ても全てが氷で覆われ、ひしめく結晶からは冷気が出続けている。冷気は凄まじいほどに冷たい。
そんな『白氷石の洞窟』と呼ばれる氷洞窟には二十人ほどの人影があった。その内の一人は男に引きずられていたクーと呼ばれる少女だ。
クーは灯杖と呼ばれるカンテラを吊り下げた杖を手に持ち、クーを引きずってきた男の横を歩いていた。
「寒い。帰りたい。寒い。帰りたい」
クーは灯杖から吊り下がる二つのカンテラを揺らし、歩きながら愚痴を呟き続けていた。
「もうちょっとで主の部屋に着くんだから我慢してくれよ……」
「やだ」
男の言葉をクーは即座に拒否する。余程嫌なのだろう。クーは今もぶつぶつと不平を零し続けていた。
「ちゃんと考慮して青の月に行くことにしたんだから納得してくれってば……」
「や」
「ほかの月や白の月より全然いいんだからさ」
「寒い」
取り付く島もないと男は説得を諦め、白いため息を吐いた。歩く男の横では今もなお愚痴が吐かれ続けている。
その様子にほかの者も慣れているのか、気にすることなく黙々と進んでいた。
「クーの魔法がないと難易度が違いすぎるんだから仕方ないだろう……それだけ頼りにしてるんだからさ」
「…………」
クーは憮然としながらも、じっとりとした目で男をにらんでいる。しかし、すぐに視線を外し歩き始めた。
「寒いのは嫌」
「それは十分わかってるって。主を倒すまでの辛抱だから我慢してくれよ」
「すぐ倒して帰る」
その後もクーの愚痴は続いていたが広い部屋へと到着する。大きさからして迷宮の主の部屋だろう。
その部屋の中央には氷の塊が置かれていた。いや、ただの氷ではなく動いている。
氷の塊が立ち上がるとその姿は明らかとなった。それは鱗が白氷で出来たとてつもなく巨大なセンザンコウだ。
こちらに気づき、すでに突進してきている。
「抜かるなよお前ら! クーを援護しつつ臨機応変に適当にやれ!」
ほかの者たちが一斉に動きだし、クーからセンザンコウまでの射線が開いた。
「〈炎槍〉」
クーの目の前に青炎が現れ、螺旋を描きながら収束していく。圧縮された炎は槍となり飛んでいった。
凄まじい熱量を振り撒きながらセンザンコウへと迫り、着弾した〈炎槍〉が爆炎を撒き散らす。
当たった箇所の鱗が何枚か消し飛び、周辺の鱗も欠けるかヒビが入るかなどしていた。
「〈炎槍〉〈炎槍〉」
続く〈炎槍〉も命中し、その強固な鱗を次々剥がしていく。ほかの者たちの放った〈炎槍〉も威力は劣るが、同じように鱗を剥がしていった。
「クーはひとまずいいぞ。 お前ら、一気に畳み掛けろ!」
距離を開けていた者らがセンザンコウへと殺到し、その体に剣や槍を突き刺していく。
青色の槌で叩かれた箇所も鱗が剥がれ、そこにも傷が刻まれていった。
「クー、そろそろ頼めるか」
クーは手にしていた灯杖を氷の床へと突き刺した。手を広げ魔法を発動するための言葉を紡いでいく。
「でかいのいくぞ! 離れとけ!」
男の指示でほかの者が即座に距離を取った。
「青炎は如何なるものをも焼き尽くす、灼熱の光は止められぬ炎の刃」
灯杖に宿る青炎が煌き、生み出された炎がどこまでも収束していく。集まる炎は二つのカンテラへと向かい、カンテラに宿る青炎が眩しく輝く。
クーが灯杖を引き抜き構えた。
「〈青光炎斬〉」
クーが灯杖を振れば、その先端から極限まで圧縮された青炎が解き放たれた。
斜めに飛ぶ光の刃がセンザンコウへと迫り、その身を真っ二つにする。
クーは振った勢いのまま回転し、もう一度灯杖を振るった。光の刃が再度放たれ、センザンコウをバツの字に切断する。
「〈帰還〉」
センザンコウが光る粒子となって散っていく中、クーは即座に帰還の言葉を発していた。
「はええなおい!?」
「すぐ帰る、言った」
「確かにそう言ってたけどいくらなんでも早すぎねえ!?」
「役目終わった」
男が何も言えないで固まっていると、クーが光に包まれ消えていった。
*
クーは自身の魔女の領域へとやってきていた。そこは星が無くとも周囲を見渡すことのできる、夜空の下に広がる世界だった。
辺り一帯は全て水に覆われ、水は揺れ動くこともなく水鏡となっている。また、無数の街灯が何本も立ち鏡のような水面は明かりを反射していた。
クーが居る場所は、石で出来た小さな島のようなところだ。音は無く、熱くも寒くもない不思議な空間だったが、クーはこの空間が嫌いではなかった。
しかし、本音を言えば『炎の都』にある自身の家が一番居心地が良かった。住む者が少ない辺境ではあるが、クーにとって暖かい場所はそこにしかない。
早く家に帰りたかったが、素材などの分配があるため、もう一度『森の都』に行かなければならない。
行きたくないな、行かなかったら怒られるだろうなと思っていたときだ。遠くから水の波紋を広げ、踊るようにして跳ねてこちらに来る者の姿があった。
その者はクーを作り出した魔女だ。ふわふわの銀髪に大きなリボンを付けている。幼い容姿だったが、その体はやはり巨大だ。
「くーちゃんくーちゃん! おかえり!」
「ただいま」
「どうだった? 大丈夫だった? 寒くなかった?」
「寒い」
転がるような声のする魔女が、クーを覗き込み気遣っていた。そして魔女は糸のようなものを取り出し、クーへと手渡す。
「新しいマフラー作ってみたんだよ。どうかな、どうかな? 予備にと思って作ったんだよ」
「ありがとう」
「良かった!」
魔女は笑顔になり、膝に手をついて覗き込む様子はとても嬉しそうだった。
「でももう行っちゃうんだよね? 寂しいなぁ」
「ごめんね」
「ううん、いいんだよ。またお話してね!」
「また今度ね」
そう言うとクーは水面に飛び込んでいった。
*
『森の都』にやってきたクーは合流場所へと向かっていた。カードが示す立体地図の光点が一箇所に集まっていることから、集合場所は一目瞭然だ。
しかし、やはり『森の都』はクーにとっては寒く、そうそうに動きたくなくなってしまう。
どうしてこんなに寒いのか。早く済ませて自分の家に戻ろうと思ったときだ。なぜか少しだけ暖かくなる。
疑問に思ったクーは辺りを見回し、その原因を探っていくと、どうやら通りに居る少女が暖かい何かを発していた。
そのことがわかるとクーは無意識のうちに歩きだしていた。
近づけば暖かさは強くなっていく。近くへとたどり着いたクーは、少女を持ち上げ抱き締めた。
「あったかい……」
少女の発する熱にうっとりと目を細め、決して逃すまいと抱く力を強めていた。




