41話 一触即発です
「なにかな」
「なにやら化け物が混ざってるが、そいつはさっき言った協力関係を乱さないことだったか? それに違反しないのか?」
「どういうことかしら?」
男の物言いに怪訝な表情のルーリアが聞きかえす。男は察しの悪い奴だなと言ったあと、やれやれといった様子で言葉を続けた。
「全部言わなきゃわかんねぇのか。化け物はその見た目どおり性悪が多いだろう? そんな奴とは一緒に戦いたくないって話だ。なぁ、わかるだろ?」
男のあまりな言いようにミズキの内心は煮えたぎっていた。
怒りの圧力が急激に高まる。今にも爆発しそうな内心を押し殺し、小声でジャラックへと、絞り出すようにして思いを告げた。
「ジャラックさん、なんで言い返さないんですか……」
「いいのですよミズキ、慣れていますから。気にしてはいけませんよ。元の世界へ帰るのでしょう?」
「でも……!」
ミズキたちのやり取りをよそに、言いたい放題な男に対してルーリアはあきれ返っていた。
「はぁ、言ってる意味をわかってるのかしら。化け物って言うけどそれは後ろに居るアルクも入っているのかな」
アルクとは灰色の毛皮に覆われたネズミだ。
「化けもんと動物は違うからな」
「ふぅん、そう。ということはそこのジャラックのことを言ってるのかしら?」
「物分りが悪いな」
「ジャラックは私の結盟員のアルクが推薦したわ。それを信用できないと?」
男のあざける態度にルーリアの声音が低くなる。
「あんたらのことは否定しないさ。だが少しは考えてみろよ。そいつが猫被ってない保障がどこにあるんだ? いいもの見つけたらトンヅラこくかも知れないだろ。ほかの奴らだってそう思ってるぜ?」
ある者は関わりたくないとばかりに顔を逸らせ、ある者は顔を見合わせている。そこには消極的ではあるが無言の肯定があった。
「ほらな」
男が勝ち誇ったように嗤った。ルーリアが周囲をいちべつし、口を開こうとしたとき――
「ジャラックさんはそんな人じゃありません! なんですかさっきから! ジャラックさんの人柄も知らずに見た目だけで判断して、人を貶めて、ボクはあなたのほうがよっぽど醜く見えますよ!」
ついに我慢の限界に達したミズキが声を上げ反論した。
これだけは言っておかなければ気がすまない。こんな男にジャラックが貶められていいはずがなく、気づけばなりふり構わず叫んでしまっていた。
「なんだこのチビ、少し可愛いからって調子乗ってんのか。知らないようだから教えてやるよ。俺達人形は魂にそって形作られるんだ。その醜い姿が何よりの証拠だろうぜ?」
ミズキはジャラックを振り返る。
「……そうなんですかジャラックさん?」
「彼の言っていることは合っていますよ。私たち人形は魂によって形作られます」
「そうだったんですね……」
「幻滅してしまいましたか?」
ミズキは哀愁のある笑顔で首を振った。魂の形によって姿が決まるのなら、今の自分の姿はなんなのだろうか。
そんな自分に、手を差し伸べてくれた人が悪い人だとは思いたくない。自分に対してずっと良くしてくれたのに。
そもそも、周りの評価はどうでもよく、自分とジャラックの関係による視点が全てだ。
自分だってここでは異物だった。ここへ来て心細かった気持ちを、不安でたまらなかった思いを、やわらげてくれた彼はとても心強かった。
たとえ愚かだと言われたとしても、自分を見守り続けてくれたジャラックを、今更どうして拒絶などできようか。
周りからどう思われていようとも、その絆と信頼が否定されることだけは許せない。
なにより、この想いを裏切ることは自分が許さない。支えるべきは今だと思った。
「……周り全員が敵になっても、ボクはジャラックさんのために戦いますよ」
男をにらみ、また周囲も同じであるかのように怒気を周りにぶつけ呟いた。長柄戦斧を引き抜くために、背中のカバンへとゆっくり手を近づける。
怒りのあまり、いまや全てが敵に見える。見た目が違うというだけで、どうしてここまで敵意を向けられなければならないのか。
元の世界でもそうだった。光が見えると言っただけでひどい扱いを受けてきた。
自分に向けられた悪意であれば、たとえ理不尽であっても多少は我慢できる。
けれど今は違う。大切な人が傷つけられようとしているのだ。いつでも動けるように、重心を落としていく。
「ミズキ?」
ジャラックの怪訝そうな問いかけに、臨戦状態を保ったままミズキは想いを語る。
「でも、これだけは決まってます。ジャラックさんはボクが不安なときに助けてくれました。手を差し伸べてくれました。それが――全てじゃないですか!」
「お友達ごっこお疲れ様さっさとどっか――」
目を見開き、駆け出そうと一歩を踏みだしかけたとき――
「はい、そこまでー!」
手を叩き割り込んだのはルーリアだった。




