38話 ミズキは諦めない
ミズキが寝静まったころ。庭の巨木のもとに一筋の光が舞い降りていた。
枝に腰掛けている黄色の光の輪郭は人のようで、周りには風が吹き、輪郭の髪らしきところを揺らしていた。
『君が私に願いごとをするなんて珍しいこともあるんだね』
鈴の音のような声が凛と響いた。光が枝からふわりと離れ、宙に浮いたまま言葉を紡いでいく。
『大丈夫、私が全てを届けてあげる……想いは風と共に。風は、全てを知らせるのだから……』
風が周囲を包む。黄色に輝く粒子が風に吹かれ、大木を覆う光の明るさが増していった。
『あの子のことが気に入ったのね』
一際強い風が吹くと粒子が弾け、辺りは光の余韻と共に煌いていた。声の主も同時に消え、あとにはそよ風だけが残される。
鐘が鳴った。
音を出すごとに黄色の光がほとばしり、決して大きくはない鐘の音が、どこまでも、どこまでも風と共に広がっていく。
*
目を覚ましたミズキは不思議な心地よさを感じていた。
ここばらしくは満足に眠れていなかったのだが、寝つきが悪かったというのによく眠れた気がしたのだ。
ずっと心の中でわだかまっていたこともあって、この感覚は久々だった。
むくりと起き上がり、洗面所へ向かって顔をばしゃばしゃと洗う。鏡に映る顔には活力が戻っていた。
なぜか日課となってしまっている、庭の木への水やりをしつつ今日はどうしようかとぼんやり考える。
強い魔物がいる森へと何回も突進していたが、今となってはなぜそんなことをしていたのかわからない。
いや、わからないのではなく、理解はしているが感情がともなわないのだ。
それとは別に、ジャラックへ取ってしまった態度については、後悔の念が段々と強くなっていた。
今頃は何をしているのだろうか。気になって仕方がなく、何をやるにしてもおっくうになってしまう。
後悔するばかりでは何も進展はしないことはわかってもいるが、どうにも割り切ることができず上手くはいかない。
しかし、昨夜のアラムとの出来事で少しだけ心に余裕が生まれてもいる。
そのわずかな活力を使い自分が何をしたいのか、何をやるべきなのかを考えていく。
浮かんだものはやはり、もっと強くなってジャラックを支えたいというものと、謝りたいという気持ちだった。
まずは強くなるために、ミズキは花の迷宮へと来ていた。最初に戦い敗北した『赤銅の殻鎌』が居る、花と生垣からなる迷宮だ。
今は黒ポンチョだけを着ており、まもるん一式は魔法箱の中で修復中だった。
『赤銅の殻鎌』を探し探索をするが、花の迷宮はまさしく巨大な迷路のそれ。
木よりも背の高い生垣が入り組み、無数の分かれ道や行き止まりがある構造になっている。
今ミズキが戦っているのは、巨大な花とでもいうようなものだ。花は地面から岩を作り撃ち出してきた。
ミヅキは長柄戦斧を盾のようにして防ぎ、一気に距離を詰めていく。今度は土の壁が大きく盛り上がりミズキの接近を拒もうとする。
しかし、関係がないとばかりに長柄戦斧が振るわれ、作られた壁ごと巨大花を粉砕した。
そのような戦闘を何度か行い、ミズキはついに『赤銅の殻鎌』と遭遇する。
気づいたときにはすでに大鎌が振るわれていた。大鎌が届く寸前、ミズキは長柄戦斧を割り込ませることに成功する。
攻撃は防いだものの、弾き飛ばされ地に線を描きながら着地した。
息つく間もなく、『赤銅の殻鎌』が左右に跳びながら眼前に迫っていた。大鎌はすでに目の前だ。
重く硬質な音が響き、かろうじて防ぐが体勢を崩される。咄嗟に長柄戦斧の柄を打ち込んだが甲殻によって弾かれてしまった。
しかしギリギリ間合いを空けることには成功した。
『赤銅の殻鎌』が一度離れ、そのあいだに体勢を立て直す。
ミズキは距離を詰めてきた相手に長柄戦斧を振り下ろす。
大鎌も振るわれ、衝突する。
瞬間、大鎌のひとつがひしゃげ砕け散った。ミズキは縦に振り下ろした勢いのまま、もう一度回り二撃目を放つ。
相手は衝撃で動けなかったのか、一方の大鎌で防御するも同じく砕け散る。
一瞬戸惑いのようなものが感じられたが、すぐに距離を開け次の瞬間には横から頭の薄刃が迫っていた。
四枚の薄刃が対応に遅れたミズキを一閃する。しかし、衝撃こそあったものの服にはこすったような跡しか付いていなかった。そのことにミズキは驚く。
『赤銅の殻鎌』はその隙を逃さない。甲殻を開き無数の銀の針を放っていた。ミズキは回避できず、吹っ飛ばされたが無事だった。
黒のポンチョが針を貫通させることなく受け止めていたのだ。
しかし、ミズキの攻撃は当たらず、相手は大鎌を失い、共に決定打に欠けた両者による戦いは膠着した。
『赤銅の殻鎌』が動きで翻弄し薄刃による攻撃が繰り返される。ミズキも反撃するがことごとく避けられてしまう。
服の耐久が高くても衝撃は伝わり、じわじわとミズキの体力は削られていった。
(やっぱり、勝てないの……?)
この服がなければすでに倒されていた。その事実に自分の弱さを突きつけられた思いだ。
武器ひとつまともに振り回すことができなかった。そのことを思えば善戦ではあっただろう。
しかし、それでは駄目なのだ。今、諦めてしまったら、ジャラックを支えることなどできない。
とはいうものの、今の自分にやれることも少ないのだ。
まがりなりにも攻撃を当てられていたのは、ジャラックがいたからなのだと、今更ながらに痛感させられる。
(けれど)
(ボクにだってやれることが)
(ボクなりにあるはずなんだ!)
ミズキは光を見ることができる。それは魔物に対しても例外ではない。ゆえに、長柄戦斧を地面へと叩き落とした。
凄まじい衝撃と共に、粉塵が舞い上がり視界が奪われる。粉塵の中、投擲された長柄戦斧が『赤銅の殻鎌』に飛来する。
新たに取り出したばとるん一号だ。直撃を受けた『赤銅の殻鎌』が体勢を崩し、ミズキが土煙の中から躍り出る。
すでに十全の遠心力が加わった、必殺の一撃が叩き込まれた。
『赤銅の殻鎌』の胴体は跡形もなく粉砕され、四肢が千切れ飛ぶ。残骸は光る粒子となって消え去っていった。
「はぁ、はぁ……」
ミズキはその場であお向けに倒れると、片腕を上げ手を握りこんだ。
やっと、強くなった実感を得ることができた。これならなんとかなるかもしれない、そう思うことができた。
ばとるん二号についても思いを馳せる。確かに、大事にしていたコレクションを全て使われてしまったことはつらかった。
しかし、その大事だったものがこうして自分と共にある、それはとても心強いことなのではないか。そう思えば確かな愛着も感じられた。
あとどれほど一緒に戦うのかはわからないが、ただの武器としてではなく、自分を支えてくれるものだと思えば、きっと楽しいだろう。
ミズキの体が光に包まれリティスの元へと帰還していった。




