22話 トカゲさんですか? いいえ、ラケタルです
「え、上ですか?」
ミズキは違和感を覚えていてもそれほど気にはしていなかったが、ジャラックの言葉によって上を向いた。
柱の上のほうから何かが這ってきていた。大きくもつぶらな瞳と、丸い頬袋のようなものが愛らしいトカゲだ。
「トカゲさんですか?」
「『割口蜥蜴』ですね。噛み付いてきますから油断してはいけませんよ」
見上げるミズキの先で近づいてきた『割口蜥蜴』の口が開いた。四つに。
縦と横にそれぞれ開いた口からは舌のようなものが無数に生え、湿った光沢と共に蠢いている。
それを見たミズキは目を見開くと同時に無表情になった。
手にした長柄戦斧がすさまじい力で握り締められ、無心のままに遠心力を乗せた一撃が割口蜥蜴へと炸裂した。
跡形もなく消し飛び、柱の一部が瓦礫と化す。土埃が晴れると、振りぬいたままの姿勢で止まるミズキの姿があった。
「おお、見事な威力です! ……ミズキ?」
「はっ!? とてもびっくりしました……」
まさか口が十字に裂けるとは思わず、放心していたミズキが我に返った。口の中で蠢く舌がミズキのトラウマを呼び覚まし、無意識に体が動いた結果だ。
「大丈夫ですか?」
ジャラックがしゃがみミズキの様子をうかがう。
「だ、大丈夫です。びっくりしただけです」
「問題がないのでしたら良いのですが」
ジャラックは心配そうにしつつも立ち上がり話題を変える。ミズキが強くなりたいと言っていたことについてだ。
「それに威力は十分すぎるほどあります。今は二人ですし、まずは互いの欠点を補っていきませんか」
足りないものは協力すればいいというのがジャラックの考えだった。
「欠点を補うんですか?」
「はい。私の剣ではあまり威力は出せませんが、ミズキの長柄戦斧は威力がありますよね。ですので私が魔物の動きを止めたところにミズキが一撃を当てればいいといった具合です」
「なんとなくわかった気がします」
考えはわかったが、体は動いてくれるのかという不安がつきまとう。
そんな気持ちが表情に出てしまっていたためか、ジャラックに頭を撫でられた。
「私がいますから安心してください。失敗してもフォローしますので大丈夫ですし、早速次から連携してみましょう」
撫でる手を止め、ミズキの頭から手を離したジャラックは歩きだした。
その後ろを歩くミズキの表情は嬉しそうで、不安な気持ちはすでになくなっていた。
二人は探索を再開させ柱のあいだを奥へと進む。しかし、ミズキの歩く速度が急に鈍り始めてしまう。ジャラックがミズキの様子に気づき振り向いた。
「どうしましたミズキ?」
「ジャラックさん、ボク、眠いです……」
「え?」
日はまだ明るい。それにもかかわらずミズキはうとうとし始めていた。
「困りましたねぇ。いえ、ひとまずここで野営しましょうか」
ジャラックが少し考えたすえ、自身の魔法箱から布や棒といったものを取り出していた。柱を背にした場所に簡易の天幕を手際よく組み立てていく。
ミズキも出すよう促された毛布を抱き締め、船を漕ぎながら一連の作業を眺めていた。
そうして出来上がった天幕の下でミズキは毛布に包まり、すぐに寝息を立て始めてしまった。
ジャラックはその様子を少し眺めたあと、魔法箱からパニネや干し肉を取り出し食べ始める。
「たまには早く寝るのもいいかもしれませんねぇ」
寝る前にジャラックはコーヒーを淹れることにした。容量の小さい魔法箱に入れられる、そんな嗜好品のひとつとしてジャラックが気に入っているものだ。
青い結晶石が取り付けられた火晶石焜炉を取り出し、その上に水を入れた小鍋を置いた。
焜炉に薄い赤紫色の魔晶石をはめ込むと、青い結晶石が熱を放ち始めた。
ほどなくすれば湯が湧き、黒い粉末を入れて軽くかき混ぜた。カップへと移したコーヒーを満足そうにすする。
ミズキの寝顔をチラリと見ればその顔には一切の警戒心がない。そのことを少し嬉しく思った。
今まではずっと一人で探索してきたジャラックは、こうやって仲間と共に探索をすることがほとんどなかったからだ。
あったとしてもそこには明確な壁が感じられた。およそ好意と思われるものを向けられた記憶は、その輪郭がおぼろげであるほどに遠い。
こうやって共に過ごすこともいいかもしれない。そう考えたとき、大地を照らす紫光が突如として消えうせた。
そのことによって辺りが暗くなり、赤い光だけが降りそそぐ。
「おや、ちょうどいいですね」
ミズキの横に寝転がり、いつでも使えるように近くに剣を置いておく。ジャラックも動かなくなると静かな夜の時間は過ぎていった。




