不穏の兆
久しぶりに小霍の恋人、霍のお嬢さん登場です。
少し離れた場所からやってくる人影に気付いて、少年が声をあげた。
「あ。小霍の恋人の姉ちゃん」
目の前に居る女性に向かっていう言葉としてそれが適当かどうかは不明だが、自分の家名が出ていないことには感謝した。
「お久しぶりね。阿蘭、とお呼びしても大丈夫?」
紹介者の少女から呼び名は聞いていたのだろうが、それを赦して貰えるかどうかは不明だ。
「いいよ。姉ちゃんの紹介だし。……で?」
気にした風もなさそうだが、やんちゃそうな面差しに不快感は見当たらない。
「新しい方がお立ちになったでしょう? 家族が少し慌ただしくしているので、気になっているの。……状況が動くのはいつになるのか、判るかしら?」
「判った」
筮竹を握る手に力がこもる。この手に握っているのは単なる棒ではないのだ。
睨むように卦を見ていた少年が、顔をあげた。
「一年の間に、色々と身の回りが騒がしくなるよ。……ただ、今は動かない方が姉ちゃんの望む未来を掴めるかも知れない。他の人がどうなるかはさておくとして」
少し不安を煽るような物言いだが、誰も彼も皆すべての人が幸せになれる未来を願うのは傲慢でしかない。自分が願うものを掴むことでさえ難しいのに。
「……難しいわね。あの人は動いてくれるかしら」
「姉ちゃん、それは小霍の兄ちゃんに訊きなよ。ここでおいら相手に言ったら兄ちゃんが駄目な男ってことになるよ」
言葉に詰まったような少女が躊躇うように視線を彷徨わせる。
「願いを叶えられるかは兄ちゃんの甲斐性だけの問題じゃねえけど、恋人の願いを聞くことも出来ない男に、恋人でいる資格はねえだろ」
「……そう、なのかしら」
「恋人が不安になってるならその不安を取り除くために出来るだけのことをするのが恋人の男の役目だろ。そもそも結婚して子供を産んで貰いたいならその……」
ふっと途切れた言葉に顔を上げると、掻き消えるように居なくなっていた。
「え……?」
「まったく! お前は!! どこでそんな小生意気なことを憶えてきたんだい!」
「いててて、いてー!! 母ちゃん!」
耳を捻り上げるのは勘弁、と涙目で少年が言っているが、その手を緩める気配はない。
「支天の傍に干渉すればどうなるか判らないって判っているだろう!」
「でも母ちゃん。必死になってる姉ちゃんをほっとけないだろ?」
思わず手が緩んだ隙に、少年がすばしこく逃れる。摩っているのは余程痛かったからに違いない。
「あの姉ちゃんだって困ってる娘さんだよ。おいらが安心させるのは筋違いだから、お互いに歩み寄れる方向を見せただけ」
二人がすれ違う未来を回避出来るかどうかは判らない。それをはっきり示してしまうことは許されなくても、すれ違いにならないためにどうすればいいかを考えさせればいいのだ。
「おいらは占術師としての矩を越えることはしねーよ」
いつの間にか随分大きくなっていたらしい少年の視線は、母親と同じ高さだった。
「……生意気言うようになって」
少年の額を弾いた指先だが、いつもより力は籠っていなかった。
占術師としてのお仕事をきっちり頑張る少年は珍しいかも知れない。




