表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドアマットヒロイン? いえ、ドアはございません  作者: 六軒さくみ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/32

優雅な縄張り争い

(なんど来ても…慣れない……)



煌びやかなドレスを身にまとった数多の貴婦人たち。

頭上には光り輝く目映いシャンデリア。

漂うのは貴婦人達の身に纏う様々な香り。


夢のような場所だが、一歩間違えれば地獄となる場所、それが社交場だ。


舞踏会まであと3日と迫ったこの日。


フランは、両親に連れられて、リリアンとともに公爵家の夜会に参加していた。

正式な招待を受けた以上、断れる立場にいないのが、しがない伯爵家だ。

公爵家からよこされた馬車に乗り、会場についたのは、どっぶりと日が暮れたころだ。


目立つ公爵家の馬車から降りた瞬間から視線が刺さりまくり、

邸に入った後も、好奇と、蔑みと、そして妬みの視線を一挙に浴びたフランは、

すでに逃亡したい気持ちに駆られていた。


「胸を張って歩きなさいな。あなたはローランド卿の婚約者よ」


逃げられないようにフランの背中を押しているのは、アデラインだ。

彼女は一足先に会場に到着して、フランを待ち構えていたらしい。


竦んでしまいがちな足を必死に前に動かすフランだが、

心は帰りたい気持ちしかない。


大々的に発表はまだほんの少し先なのだが、

うわさが広まるのが早いのが社交界。

すでにフランとローランドが婚約する話は知れ渡り、

実はフランだけではなく、両親も戦々恐々としている。

その中にあって堂々としているのはリリアンだけだ。


バンキンス家を継ぐことが決定し、

いやいやながらも領主教育を受けているところだが、

勉強が苦手なリリアンではなかなか身につくはずもなく。


ならば領主経営だけではなく、商売経営にも明るい有能な伴侶を見つけるべしと、意気込みが違う。


ホスト役であるルイローゼに挨拶を済ませると、

リリアンはさっそく様々な男性たちと軽やかにダンスを踊りはじめる。


あれだけ、結婚に反対していたリリアンも、アンリスタがいないとなれば、

「侯爵家に嫁ぐべきです。そして、良い殿方をご紹介いただいてくだい」というのだから現金なものだ。

逆に、いかにバンキンス家がアンリスタに手を焼いていたのかわかるというものだ。


(アンリスタがいないと…こうもかわるのね……)


一方、アデラインと会話をしつつ、

壁際へじりじりと後退している真っ最中であるのだが、

フランにまず第一の危険が近づいたのは、この後すぐだった。


偶然を装ってワインを手にした令嬢たちが近づいてくるが、

そこはアデラインの取り巻き達がさりげなく、堂々と進路を塞いだ。

(かくゆうこの取り巻き達もフランから友達認定をされている)


「あら、ご機嫌よう。手にワインを持ったまま移動しては危険ですわよ」

「お気遣いありがとうございます。でも、ワインをこぼすほど耄碌していませんわ」


互いの陣営が優雅にもにらみ合うさまは、さながら縄張りを主張し合う野生動物だ。

優雅な笑顔のまま火花を散らす令嬢たちの、その静かな応酬に、フランは内心で震え上がる。


(こ…こわい……私にはこんなことは無理…)


その時、フランの後方から近付いてきた令嬢が、

わざとらしくドレスの裾を踏み転びかけた。

ところが、とっさに身を引いたフランの視界に一瞬だけ刺繍が映り込む。

次の瞬間、バランスを崩して転んだのは件の令嬢だった。

盛大に転倒する音にあたりが騒然となる。


転んだ令嬢は最初は何事が起きたのかわからず、呆然としていたが、

自分が標的としていたフランに、手助けされたと気づき真っ赤になった。


「あの…大事はございませんか? 長すぎるドレスは怪我の元なので、お気をつけくださいね。でも、そのドレスの刺繍はとても素敵です」


どんなに喧噪の中にあっても、女の声は響くものである。

フランの声は妙に響きわたり、転んだ令嬢は、

周囲の視線を気にしつつ挨拶もそこそこに会場を後にした。


開始早々から、令嬢たちの露骨な攻撃にさらされたフランは、すでに戦意喪失状態。


そんな中にあって、水を得た魚のようにアデライン生き生きとしている。

社交界はアデラインの主戦場だ。


「あら、マリーベル様、足が見えてらっしゃるわ」

「あら、ごめんなさい。足が長いものだから」

「いいえ、よろしくてよ。身長に合ったドレスをお求めになれなかったのかと」

「なんですって」

「なにか?」


火花は、まだ消えそうにない。

フランは軽いめまいを覚えて、ひっそりとその場を抜け出して、化粧室へ急ぐ。


そして化粧室に滑り込むように入った瞬間、フランはその場で大きく息を吐いた。


(はぁ……無理……)


誰もいないはずの化粧室で、フランは壁にもたれる。

背筋を伸ばして歩いていた反動か、一気に力が抜けてきた。


「社交界、こわい……」


ぽつりと零れた本音とともに背中に悪寒が走る。


(なんで皆様、あんなに自然に人を刺しにいけるのかしら……)


思い出しただけで胃が痛い。

ため息を吐いて、スツールに腰掛けた瞬間を見計らっていたかのように、声がした。


(ゆっくり座りたい…だけなのに…)


ゆっくりと立ち上がって声がした方に体を向けると、

先ほど派手に転んだ令嬢をはじめ数人の令嬢が立っている。

まるで、化粧室に閉じ込められたかのような錯覚を覚えた。


「ごきげんよう」


「ご…きげんよう…」


声が尻つぼみする。

フランにも理解できる。

これは怒っている人の声だ。

とても「ごきげん」とは言えない状況だ。

なんとか挨拶を返すフランにさきほど転んだ令嬢はゆっくりと歩み寄ってくる。


「先ほどは助けてくれてありがとう」


その声音は柔らかいわけがない。

棘だらけだ。

喧嘩を売られているくらいフランにも理解できた。


いま、ここに助けてくれるアデラインはいない。


(助けて…アディ)


という言葉をフランは必死に飲み込む。

顔を下げたとき、ふっと再び、ドレスの裾が目に入る。

言葉にしてはいけない。

なお、相手を怒らせるとわかっていたが、言葉が出てしまった。


「……あの」

「なにかしら?」

「ドレス、やはり少し長いと思います」


一瞬、沈黙が落ちた。


「先ほども転ばれていましたし……裾の処理を少し変えた方が、安全かと」

「……は?」

「あと、刺繍、とても素敵なのですが」


無意識に、視線が相手のドレスへ向く。


「この部分、糸の引きが少しだけ弱いので、引っかかるとほつれるかもしれません。もしよろしければ、いま、少し手直し致しましょうか」

「は?」


フランには悪意はないが、件の令嬢はドレスを再び揶揄されたのだと判断し、

怒りで声が、わずかに震える。


「あなたのような方が、ローランド卿の婚約者だなんて」


令嬢が、わずかに口元を歪めた。


「まさに宝の持ち腐れですわね」


その言葉にフランは一瞬だけきょとんとして、次の瞬間ぱっと表情が明るくなった。


「はい! 本当に、その通りだと思います」


令嬢達が思いもしていない肯定の言葉だった。


「ローランド卿はとても立派な方ですし、私にはもったいないくらいで……それに美しすぎて目が痛むのです………」


フランは安堵したように息をつく。


「同じように思ってくださる方がいて、とても安心しました」

「……は?」

「え?」

「あなた、自分が何を言っているのか、」

「分かっています」

「私では、ローランド卿に釣り合っていません」


転んだ令嬢の両手を握りしめて感動したフランの様子には悪意も卑屈さもない。

ただの事実確認だ。


「ですので……あのドレスだけは、身につけられません」

「それは困ります」


落ち着いた声が割って入り、フランの肩が跳ねる。

美形は声まで美声らしい。

やはり、自分には不釣り合いだとフランは表情を曇らせる。

同時に、声がした方を振り返った令嬢達の顔色が変わった。


「ロ、ローランド卿……」

「会場に姿が見えなかったので、探しました」


フランの顔が固まる。

淡々と告げながら、視線はフランに向けられる。


「……ずいぶんと、楽しそうな話をしていたようですね」


(そうだったかしら……?)


「ドレスは着ないと聞こえましたが」

「はい」


即答だった。

ローランドの眉が、わずかに動く。


「もう諦めて頂けませんか」

「まだ、3日あります…諦めません。それよりもです。ドレスを贈ってきたのでしたら、私からも願いがあります」

「確かに私だけではフェアじゃありませんね。拝聴しましょう」

「マダムアレクシアンに会わせてください」


瞬間、ローランドは困ったような顔をしてから


「いいでしょう」と答えたが、その後に続いた言葉を聞いたフランは再び灰になった。


「あなたが正式に婚約者となりましたら、会わせますよ」



後に、フランを敵視していた件の令嬢達が、「痴話げんかを見せられたようで毒気が抜けましたわ」と言っているを聞いて、アデラインはこのときばかりは令嬢達に同情した。


そして何より。

ローランドに連れられて会場に戻ったフランは、3日後の舞踏会を待つまでもなく、

周囲にローランドの婚約者であると公言したも同然になった事にまだ気がついていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ