第三話【神と使い】
ラジオから梅雨明けのニュースが流れる車内は、重々しい空気が漂っていた。交通量の多い街中から住宅街に入り、雑草の伸びる空き地に車を停める。平日の早朝、普段であれば回収を待つゴミの山があるだけの脇道や住宅の周りを、忙しなく紺色の制服姿の人が行き交う。
赤色灯が付いたワンボックスカーを横目に、忌々し気に助手席から降りた男は、隣に建つ古びたアパートを睨むように見上げた。無精髭を軽く撫で、草臥れたスーツのポケットに手を入れる。縒れたネクタイを直すこともなく、男はアパートへと歩き出した。
「ちょっと加賀野さん!乱暴にドアを閉めないでくださいって何度言わせるんですか!」
慌てて運転席から降りたもう一人の男が、先を行く男を追いかける。真ん中で分け整えられた頭髪に、皺のない体形にあったスーツを着こなす男は、アパートの敷地の前で同行者に追いついた。対照的な二人が並ぶと、それぞれのだらしなさと几帳面さが際立つ。
「あの程度で壊れるならそれまでって事だろ」
「そんな無茶苦茶な…」
カンカンカンカンカン!
男のぼやきは、乱れた足運びでアパートの外付けの階段を下りてくる音に掻き消された。
その人物は二人の横を通り抜け、空き地に停められた車の陰に手をつき俯いた。目に涙を溜めて、えずきに肩が揺れる。いっそ吐いてしまったほうが楽であろうに、『鑑識』と記された制服を纏う組織に身を置く矜恃か、ただひたすらに堪えている。
そんな光景に顔を強張らせる男に、髭面の男が行くぞと声をかけた。所々錆びて老朽化が進んでいる階段を上がり、二階の扉が開け放たれた部屋の前に立つ存在へと歩み寄る。
「よう、加賀野。朝からご苦労だな」
「そっちもな」
気心の知れた親しげな挨拶をしつつ、手すり越しに未だに蹲る男へ親指を向けた。
「さっき下りてったのは新人か?」
「いいや、たまたま他所から研修で来てた中堅だよ」
「それであのざまか」
「現場の惨状を鑑みれば無理もねー。あんたでも覚悟したほうがいいだろうよ」
蹲る男と同じ制服を纏う男は、チラリと開いたままの扉から室内を見た。
「あ、あの…」
言葉を交わす中高年の男達へ、遠慮がちな声が挟まる。
「ん?なんだ、同行者が居るとは珍しい。そっちこそ新人か?」
「あぁ。先週配属された」
「はじめまして。長里と申します」
通路は大人が横歩きでギリギリすれ違えるほどの広さしかない為、会話に参加するには髭面の男の後ろから顔を覗かせるしかない。
まだ二十代だろう男に、鑑識の男から同情的な視線が向けられた。
「あの〜、何か?」
「いや、なんでもない。俺は大塚。一応この鑑識班の班長をやらせてもらってる」
「よろしくお願いします。大塚さんは…」
「挨拶は済んだな。現場は?」
加賀野は自分を挟んで交わされる挨拶に痺れを切らし、長里の言葉を遮った。
「せっかちも相変わらずだな。ほれ」
大塚は鑑識課と書かれた大きな鞄から、靴用のカバーとマスクを取り出し二人へ差し出す。それぞれ受け取り付け終わると、現場へ足を踏み入れた。
狭い玄関を通り抜け、ダイニングキッチンを見回す。外観は今にも崩れそうなボロアパートだが、中は多少手が加えられて水回りも含めて綺麗だった。しかし、全開にされた窓や玄関からも逃しきれないほどの異臭が、視界とのギャップを加速させる。
長里は臭いに顔を歪めながらもポケットからメモ帳を取り出し、事前に報告されていた情報を読み上げた。
「男性の死体が発見されたとの事ですが…」
「仏さんはその扉の先だ」
大塚は、元は襖だったであろう木製の引き戸を顎で示した。
死体の第一発見者はこのアパートの大家で、滞納していた家賃の催促に来た際、鍵が開いており部屋に入り死体を発見、通報した。なぜこんな早朝なのかと言うと、何度も催促に訪れたが会えず、ならばこの時間なら確実に居るだろうと考えての事だった。
「発見された死体は、この部屋の住民ですか?身元の情報は?」
「身元を含めた詳細は鑑定待ちだ。何しろ、人間の男ってのが辛うじて判断出来る状態だったからな」
「それって…」
「ま、見てもらったほうが早い。さっきも言ったが、覚悟はしとけよ」
険しい顔つきで、大塚は引き戸を開けた。
「っ!!!?」
「………」
人間が死んだ現場で、尚且あれだけ何度も脅かされたのだ。長里とて、相当の覚悟の上で扉の先を見た。にも関わらず、見開いた目は瞬きを忘れ、足が竦んだ。無意識に止まっていた呼吸を再開しようと、体が欲した酸素を深く吸い込むと、強烈な悪臭に吐き気がこみ上げる。人が不快に感じる臭いの全てを一度に嗅いでいるようで、目眩がした。吐き気を堪えるためにマスクの上から手で口を押さえるが、効果は薄い。
「口で呼吸しろ」
「ぐっ…うぅ…!」
長里の遠くなりかけた意識が、隣に立つ加賀野からの言葉で引き戻された。助言通りに細く浅く口で呼吸を繰り返し、なんとか情けない姿は晒さずに済んだが、気分は優れないままだ。口呼吸に切り替えても、多少の臭いを感じてしまう。涙で視界が歪みながらも、少しずつ動揺も治まり、部屋の状況を改めて視認する。
臭いの原因は視覚からすぐに情報を得られた。ベッドとデスクが置かれただけの、広くもない一室の床に散らばっているそれらは、本来であれば人間の体の中に詰まっていて、医者など特定の職業に就かない限り直接見る機会などないはずの、臓器だった。伸び広げられた腸からは便が飛び出ており、砕けた骨が刺さった肺と、恐らく心臓と思われる潰れた肉塊が、破れた皮膚の上に転がっている。そこから視線をデスクの上へ向けると、頭蓋が見えるほど崩れた頭があった。目も鼻も潰れて脳みそが溢れている状態で、顔として認識は出来そうにない。
部屋の惨状は、一体どうすればこんなことになるのか、ドラマの世界にでも入り込んだのかと思うほど現実味が無かった。
「これだけ損傷が激しいと、五臓六腑揃ってんのかすら怪しいな」
「潰されて原形はとどめちゃいないが、両手両足はあったぞ。指は何本か無いかもだが」
「だろうな。鑑識作業は終わってんだろ?」
「あぁ。写真のデータや追加で分かった事があれば、いつも通り送ってやるよ」
「頼む。おら、行くぞ」
「あ、も、もうですか?何か調べたりとか…」
「そんなもん意味ねぇよ」
加賀野はさっさと玄関へ向かい、マスクとカバーを外した。
たじろぎながら長里も後に続いて、マスクやカバーを外して外へ出た。一歩部屋から出れば、解放感がその身を包む。肺いっぱいに空気を吸い込み深呼吸をすると、強張っていた体からも力が抜けた。
「おい、とっとと行くぞ。車出せ」
「はい!って、どちらに?」
「ここに行け」
車に乗り込みシートベルトを締めながら返した長里に、加賀野は一枚の名刺を手渡した。
「かみ…れい?事務所?」
「神霊事務所だ」
「今回の事件と関係があるんですか?」
「説明はあとだ。早く出せ」
「分かりました」
長里は不信を抱きつつも、ひとまず言われた通り向かおうと、受け取った名刺の住所をカーナビに入力する。
加賀野は部下の困惑を把握しつつもそれ以上語ることはなく、ゆっくりと動き出した車から現場のアパートを見上げた。
アパートから車に向かう途中、すれ違った鑑識班が話していた言葉を思い出し、表情が険しくなる。
「『人の仕業ではない』…か。そうだろうよ」
怒りを滲ませた独り言は、砂利と雑草を踏み締めるタイヤの音に掻き消された。
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重厚な事務所の扉が開き、袴姿の紫織が荷物を抱えながら帰宅した。一つに結われた髪を揺らしながらデスクに荷物を置き、前で作業をしている二人へ呆れを滲ませて声をかけた。
「まだ終わっていなかったの?」
「おかえりなさい、紫織さん。あと少しで終わりっすよ」
「後処理一つでそれでは、先が思いやられるわね」
「今回はちょっとやる事多かったですししょうがないっすよ!ね!」
「はぁ」
二人の会話を聞きながら、尚樹は手を動かしながら内心を悟られないよう身じろぐ。
尚樹が取り組んでいるのは、尾桜第一小学校に関する書類作成だ。依頼のまとめに怪異の対処、使った備品の詳細、最終的な報酬の明細と領収書など、事務所用だけではなく、先方へ提出する用も必要で時間がかかる内容だった。
尾桜第一小学校へは、無事七不思議は解決、子供達の噂もそのうち収まるだろうと伝えた。博については、学校側には存在を伏せて、事務所管轄のもと様子見となった。後日青維と共に訪れた際に、いくら学校を守る為とはいえ、洗脳や記憶をいじるのは危険として、博には力の使い方を注意した。博はそれに子供らしくいじけながら頷き、今後も尾桜第一小学校の地縛霊として、生徒に紛れて遊びながら見守っていくと、歯を見せて笑った。
そんな後日談を思い出しながら次から次へと仕事を熟し、目の前の書類を破り捨てたくなる気持ちを何度も抑え込み、やっとあと少しで完了というところでの紫織からの言葉に、尚樹は決して自身の要領が悪いからではなく、初めてなのだから仕方ないと心の中で言い訳を述べていた。口に出して直接言う度胸はない。
そんな三人の様子に、微笑ましいと小さな笑い声が落ちる。
「ふふ。おかえり、紫織」
「青維様!ただいま戻りました!」
声色をガラリと変えて、紫織は青維のデスクへと近付いた。
「色々頼んでしまってすまないね」
「青維様のお力になれるなら、なんだっていたしますわ。いつでもお申し付けください」
「ありがとう」
青維からの礼に、紫織は頬を染め嬉しさに顔が緩む。書類作成をする二人の代わりに備品の買い出しを頼まれ、ずっと実体を保ったまま行動をして疲れていたが、そんなものは一瞬で吹き飛んだ。紫織にとって霊力の消耗など、青維の為ならば微々たる問題。彼の役に立てることこそが、自分の存在理由だと自負している。
「いつも通り、クリーニングに出していたお召し物は箪笥に掛けてありますわ。あ、そういえば、少し前から青維様の上着が一着、足りないような気がしたのですけど…」
「はは、その事なら大丈夫。ちょっと人に貸しているんだ」
「そう…だったのですね」
意外な返答に、一瞬紫織の表情が固まった。
青維様が自ら決めた事なのだから否やは無い。無い…が、青維様から上着を借りておきながら、未だに返しに来ないとはどういうことだと叫びたい気持ちをグッと抑えた。貸した相手や事情が不明では、非難は出来ない。納得はいかない複雑な気持ちを内に秘めながら、一礼をして自らのデスクへと戻る。
紫織が席に座ったと同時に、事務所の扉が大きく開かれた。ノックもなく突如開かれた扉に、全員の視線が集まる。そんな視線も気にすることなく、ズカズカと中に入ってきたのは、草臥れたスーツ姿の男だった。無精髭と不機嫌を顔に乗せた男は、青維のデスクの前で立ち止まる。そんな男の後を追うように、開いたままだった扉を閉めつつ、もう一人男が入ってきた。先程の男よりも年若いその人は、半歩後ろに控えるようにデスク側へと近寄った。
青維は座ったまま、前に立つ男を見上げ笑顔を向けた。
「おや、久し振りだね、警部殿」
「そのうさんくせー顔を見たくはなかったんだがな」
男の口振りに、紫織が無言で立ち上がり何かの構えをとったが、陸が腕を押さえて宥めている。事務所の端で不穏かつ静かな攻防が繰り広げられつつも、青維達の会話は途切れない。
「つれないなぁ。私達の仲ではないか」
「けっ、何が仲だ。厄介な事ばかり押し付けやがって」
なんの事だと言いたげに首を傾げる青維に、男のこめかみがピクリと動く。
「突然、トンネルをぶっ壊したから処理を頼むと言ってきたのをもう忘れたのか?耄碌したな。あぁ、ジジイだから仕方ないのか」
ガタンと少々大きな音と、陸のうめき声が事務所の端からあがるが、デスクで向かい合う二人が気にした様子は無い。
辛辣な物言いにも、青維は笑顔を崩さない。
「その節は助かったよ。使われていないとはいえ、そのままにしておく訳にはいかなかったからね」
「地盤劣化による崩落って事にしてある。何があったかなぞ聞く気もねーが、カラスの死体の山を誤魔化す身にもなれってんだ」
男の言葉に、青維の浮かべていた笑みが消えた。
「カラス?」
「しらばっくれるな。トンネルの瓦礫周りで大量に死んでたぞ」
「……そうか。一応弁明しておくが、それは私ではないよ」
影の落ちる瞳を伏せる青維に、それでも男の冷ややかな言葉が続く。
「あんただろうが他のヤツだろうが関係ねぇ。そっちのごたごたにこっちを巻き込むな」
「善処するよ」
ヒリついた空気が、事務所内に漂う。
今にも男へ襲いかかりそうな紫織を、軽傷を負いながら押さえている陸。そんな二人を横目に、尚樹は青維達の会話に意識が向いていた。
警部と呼ばれていたことから、警察の人間なのだろう。話に上がったトンネルの件というのも心当たりがある。
確かに少し気にはなっていたのだ。あの時は上野さんの事もあり早々に立ち去ったが、いくら今は使われず放置されたトンネルでも、崩れて瓦礫の散らばったままで良かったのか。
会話から察するに、ちゃんと警察には知らせて、不可解な現象がありつつも処理はされたということらしい。
そんな尚樹の心の声が聞こえたかのように、青維は固まっていた表情を和らげて視線を向けた。
「私達が関わったことで、事後処理が必要な場合も多いからね。色々と助けてもらっているんだよ」
「だから心を読むなって…」
そこで初めて気付いたのか、男が尚樹へと振り返った。爪先から頭へと、全身を見定めるような不躾な視線に、尚樹は居心地が悪そうに見返す。
「なんだこの若いのは」
「新人だよ」
「………人間か?」
「当たり前だろ!!」
尚樹は立ち上がり咄嗟に言い返した。普通の人間でありたい尚樹にとって、そんな疑問を持たれることは不愉快でしかない。
「こんな事務所に勤めてんだ、疑うだろ。…わけぇもん巻き込んで、何してやがる」
男は威勢の良い反論に肩をすくめ鼻で笑い、後半は吐き捨てるように青維へ放たれた。
「色々と事情があってね。彼は彼自身の為に、ここに居るんだ」
「はっ、どうだかな。おい、気を付けろよ。こんな奴の側に居たら、面倒しか起きないぞ」
「はぁ…まぁ、それはもう実感してるんで今更というか…」
「二人とも容赦がないね。警部殿もその辺で、あまり煽らないでもらえると助かるな。そろそろ陸が限界だ」
苦笑しつつ青維が視線を向けた先には、ずっと紫織を押さえ続け、たった数分の内にボロボロになっている陸がいた。
空気を変えるように、青維がパチンと扇を鳴らす。
「親睦を深めるためにも、自己紹介といこうか。警部殿も、珍しくお連れが居るようだしね」
男の後ろで困惑しながら立っているもう一人の男に向けて、青維が笑いかける。
若い男は、相手が男性だと分かってはいるが、きらめく銀の髪と青い瞳が印象的で、どこか作り物じみた整った顔立ちに胸がドキリとした。滅多に御目にかかれない美人だ。彼だけではない。なにやらずっと怒っている和装の女性も、それを押さえているつなぎ姿の男性も顔が良い。ここが芸能事務所と言われたら納得してしまいそうなくらいだが、これまでのやり取りからして違うだろう。部屋に入ってから静かに二人の会話を聞きつつ見回していたが、全く全容が掴めなかった。
「おい!なにぼけっとしてやがる!」
「っす、すみません!」
「まぁまぁ、初めての場所で緊張しているのでしょう。まだお若いようだし、大目に見てあげては?」
「警察官がそれじゃ困るんだよ。特にあんたみたいのが相手なら尚更な」
「ふっ、これは手厳しい」
「あの!自分が未熟なのは事実なので!挨拶が遅くなり申し訳ありません。警察庁刑事局対特殊保安課所属、長里 大知と申します。以後、お見知りおきを」
「私はこの事務所の所長を務めてる、藤東 青維だ。こちらこそよろしくね。特安課所属ということは、警部殿の後輩という訳かな?」
「はい。先週加賀野さんの下に配属となりました」
「それはそれは。警部殿もついに引退かな?」
「あ!?まだまだ現役だ!」
「はは、それだけ元気があればあと百年はやっていけそうだね」
「んな長いことお前の相手するなんて冗談じゃねぇ!」
「そう照れなくとも良いぞ?」
「だぁーもううるせぇ!」
「お、落ち着いてください!」
署内でも強面で関わりづらいと敬遠される、五十も過ぎたベテランの先輩を軽くあしらう青維に、長里が驚きに見開く。自分と変わらないような年齢に見えるが、実際は見た目通りではないのだろうか?
「さて、戯れもこれくらいにして、紹介を続けようか。あちらにいるのがうちの所員で、天崎 紫織と竹宮 陸、そして新人の早条 尚樹君だよ」
それぞれ名前を呼ばれた者が、軽く会釈を返す。
「尚樹君、こちらは加賀野 茂正殿。所属は先程の彼と同じ、警察庁の警部さんだよ」
「…どうも」
「へぇへぇ。で、挨拶は済んだな。こっちも仕事なんだ。さっさと説明を…」
「なんかデジャヴ…じゃなくて!待ってください!あの、ずっと気になってたんですが、ここは一体なんの事務所なんですか?」
「ん?ここは神霊事務所。その名の通り、神や霊に関する依頼を受けている場所だよ」
「神や霊って、なぜそんな場所に…」
困惑した表情を浮かべる長里に、ガシガシと頭を掻きながら加賀野が答える。
「最近起きてる連続殺人について話しに来たんだよ。今朝、お前も見ただろ。ありゃ人間じゃなく、バケモンの仕業だ」
「化け物の仕業って…本気で言ってるんですか!?」
正気を疑う言い方で加賀野に迫る長里に、これが普通のリアクションだよなと、尚樹はある種感慨深さすら覚えた。ここ数日、神や霊の存在が当たり前に受け入れられている人に囲まれて、短い間にすっかりその世界に馴染んでいた。久し振りにあんな反応を見て、その事を実感した。
自身の心境の変化を受け止めている尚樹の前へ、青維が立ち上がり歩み出た。警察の二人と向かい合うように立つと、流石に一人混乱する長里を憐れに思い、加賀野へ少し責めるように問い掛ける。
「何も話していないのかい?」
「ただ言葉で言っても信じらんねーだろ。実際に見て体験すれば、否が応でも信じるしかなくなる」
「加賀野殿も人が悪い」
「うるせぇ。とにかく、時間が惜しい。詳しいことは現場に向かいながら話す。行くぞ」
「えっ!?あ、ちょっと加賀野さん!」
言い置いてさっさと事務所から出ていった加賀野を追って、長里も階段を慌てて下りていく。
残された事務所のメンバーは、所長からの言葉を待った。
「一先ず、私と尚樹君で行ってくるよ。紫織と陸は何かあった時のために、いつでも出られるように待機を」
「分かりました!」
「承知しましたわ」
「それじゃあ行こうか、尚樹君」
「了解」
軽く支度を済ませた青維と尚樹は、駐車場で待っていた加賀野達と合流し車に乗り込む。
四人を乗せた車が目的地へと動き出したのを、金の双眼が暗闇から見送る。
___神の魂を持つ青年が、神霊事務所の在り方を知る、苛烈な事件の幕開けだった。




