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第二話【怪談と少年】6



 慌ただしい再会から時は遡り、事務室を飛び出した博に、昇降口でなんとか追い付いた陸から始まる。


「はぁ、はぁ!危ないっ、から、戻ろう」

「嫌だ!」

「博君」

「平気だ!オレは強いんだ!!」


この激昂では何を言っても無駄だと諦めた陸は、辺りを警戒しながら膝をつき、目線を合わせる。


「分かった、一緒に行こう」

「いいの…?」

「うん。友達のために、悪いお化けを倒そう」

「おう!」

「でも、まずは皆のところに」


戻ろうという言葉は音にならず、陸は掴んだままだった博の腕を引っ張った。突然のことにたたらを踏んだ子供を後ろに庇いながら、陸はピアスへと手を伸ばす。

 睨むように見つめる視線の先、そこには赤い目玉の兎が一匹、鼻をひくつかせながら飛び跳ねていた。こんな状況でなければ小さな毛玉に微笑ましさすら感じたであろうが、纏う空気はそんな可愛らしさとは程遠い。何かを探すように飛び回っていた兎が、二人の数メートル先でピタリと止まった。

 赤が、迫る。


節藤(ふしかずら)!!」


 陸の左耳のピアスが光り、一瞬で形を変えた。二メートルを越える長さのそれは、上下の反りに藤の花が描かれた竹弓だ。

そのまま左手に握った弓で、飛び掛かってきた兎をいなした。間髪を入れずに再び向かってくる兎に、陸は右耳に翳していた手で、ピアスから生まれた光を掴んで弦へと構える。すると、光は矢へと姿を変えて、素早く引いた右手を離せば勢いをつけて放たれた。

 矢は兎の耳を掠めて、廊下に当たり消えた。驚き飛び退いた兎は、様子を窺うように距離を少しずつ詰めていている。

もう一度ピアスから矢を出し構えた陸は、兎が現れた先、昇降口横の渡り廊下へと視界を広げた。

 七不思議に関わる場所が、そこにある。

体育館へ繋がる渡り廊下の途中、花壇の裏手に飼育小屋があり、今は何も居ないが、昔は兎や鶏を飼っていたらしい。

そう、今は飼っていない。つまり目の前に居るこの兎も、七不思議が生み出した化け物ということだ。


『ウサギ小屋の幽霊』

飼育小屋に幽霊が出る。


「動物の方だったか~」


 幽霊と言われて人間を想像していたが、そうではなかったらしい。

他の七不思議と比べてもシンプルで、要領を得ない内容だと陸は思っていたが、単純に動物の幽霊が襲ってくるというものだったようだ。


「お、お兄さん…」


静かに後ろに控えていた博が、陸のツナギを握る。震えはなくとも、十分に不安が伝わってくる。


「大丈夫。俺から離れないでね」


博を庇いつつ、下駄箱を利用して距離をとる。

 相手はただの動物ではなく、動きも力もそこらの兎とは比較にならない。必ず視界から外さぬように、戦いやすい場所へと誘導する。

陸の武器は長さのある弓のため、広い場所での戦闘を得意とする。今回は学校という、室内でありながら多少の広さは確保されている場なので、動きやすい方ではあった。


「ギャウゥゥ!!」


 低く響く鳴き声を発しながら飛び掛からんとする兎へ、先制して矢を放つ。その軌道は兎の胴体を貫くはずだったが、矢は上から降ってきた何かに叩き落とされた。唸る兎の隣に着地したそれは、黒い毛の兎であった。毛色は違うが、揃いの赤い目が二人を睨む。


「増えた!?」

「博君こっち!」


翻弄するように飛び回る兎達を避けながら、陸は博の手を引いて出入り口へと走った。

 校舎の窓は動かなかったが、昇降口の扉は開くのではないかと、陸が期待を込めて体重を掛ければ、耳障りな音をたてながらあっさりと開き外へ出れた。

異質なこの空間は、学校の敷地内であれば自由に出入りは出来るようだ。

 グラウンドまで走ったところで後ろから迫り来る気配に、陸は博を抱き込みながら飛び退く。鋭い前歯のガチンという空振りの音に振り返れば、白い毛の兎が後ろ足を悔しげに叩き付けていた。


「また増えてる!?」

「兎って繁殖力凄いって言うしな~」


服の砂を払いながら、自身を囲み飛び回る兎を目で追う。いつの間にか増援が訪れて、今やパッと見では数えきれないほどに増えていた。幽霊とはいえ動物。本能が生きているのか、陸を警戒して不用意に襲いかかっては来ない。

いくつもの赤を向けられながらも、陸は笑みを浮かべていた。それは不安そうに見上げてくる博を安心させるためでもあり、余裕の表れでもあった。


「博君、もっと俺に寄って」


 腰の辺りに博が抱きつくような体勢になると、陸は弓を上に向けて構えた。右のピアスを撫でて、矢を作る。


落葉(らくよう)


強く光る緑色の矢が、上空へと真っ直ぐに放たれた。


「ギャウ!!」


隙が出来たと判断したのか、兎達が飛び掛かってきた。それらを博を抱えながら最小限の動きでかわしつつ、時折弓で殴り飛ばす。バットのような扱いは本来の弓の使い方ではないが、丈夫で特別な術具だから出来る無茶であった。

 圧倒的な数にも怯むことなく捌く陸へ、負けじと歯を見せた兎の頭が、ぐしゃりと地面へ叩き付けられた。


「ギギャ!」

「ギャゥゥ!!」

「ガッ!!」


何事かと見開く博の耳に、そこらじゅうから兎の断末魔が聞こえてきた。


「雨…?」


兎の頭や体を貫いているのは、空から降ってきている無数の矢だった。緑色の矢は雨のように次から次へと降り注ぎ、兎達を地面へと縫い付ける。体を震わせながら絶命した個体が、黒い泥となって溶けて消えていく。

 陸の放った矢は一匹として逃すことなく、静寂が訪れたグラウンドに音階のズレたチャイムが二度流れた。何の音かと意識が逸れた陸の服を、博が引いて指を差す。


「ねぇ!あれ!!」


飼育小屋の方向から、兎が一匹向かってきているのが見えた。まだ残っていたのかと弓を構えるが、それが近付くにつれて異常さに気付く。これまでの個体は、あくまで一般的なペットとして飼われている大きさだった。だが、今向かってきているのは、大型犬よりさらに大きいのではないかというサイズで、目の錯覚を疑いたくなる。


「ボスの登場って感じ?」


 矢に力を込めるように、陸の笑みが深くなる。

武器は弓。的は大きければ大きいほど、当てやすく有利になるものだ。


笹羽(ささばね)


伸びきった歯を剥き出しにして襲いくる兎へ、一本の矢が放たれる。

 真っ直ぐに飛んでいくその矢は、羽の部分が笹の葉仕様の特別製で、回転をしながら兎の口へ飲み込まれていく。矢は勢いを落とすことなく、葉の部分でナイフのように切り刻みながら進み、兎の体に大穴をあけながら貫通した。

陸達へ届くことなく、巨体を地面に落としながら、泥となって崩れた。


ギーンゴーンガーンゴーン__


ノイズがかったチャイムを聞きながら、陸は辺りを見渡す。もう加勢はなさそうだと、弓を下ろして息を吐く。


「博君、怪我はない?」

「うん、大丈夫。お兄さん強い!凄かった!」


最初の警戒が嘘のように、羨望の眼差しが博から向けられる。それに歯を見せて笑い、陸は少年の頭をガシガシと撫でた。


「だろー?これからも任せときな!」

「お、オレだって強いもん!戦える!こんな状況じゃなきゃ、もっと…」


後半は小声で、さらに俯いてしまい聞き取れなかった陸が首を傾げるも、博は校舎へと走り出してしまい、慌てて追いかける。逃げるつもりはないからか、昇降口の扉を開けて立ち止まっていた。

 校舎に戻った二人が、事務室へ向かうかと踏み出した時、階段の方で何かが動いたのが見えた。目線だけで意識して追えば、黒い影が二階へと上っていくところだった。陸は尚樹達かと影の後を追うように階段に足を掛けた。

 瞬間___


「は?」


 視界が一瞬歪んだかと思えば、景色が一変していた。

目に写る全ての色が反転され、所々絵の具をベタ塗りしたように上書きされている。独創的な絵画のような世界に、怪異によって空間に隔離された時とも違う肌寒さを感じた。


「っ博君!」


あまりの変化に忘れていた同行者を探せば、陸のすぐ後ろで目を点にした博が立っていた。はぐれなかった事に安堵すれば良いのか、己の不注意で異空間に巻き込んでしまったことを嘆けば良いのか、陸は頭を抱えて蹲りそうになるのを弓を握り直すことで堪えた。

 学校の見取り図と七不思議を思い浮かべて、見当をつける。


『異界の階段』

南側の階段を上ろうとすると、異界に連れていかれる。


「そもそも、すでに異界に居るようなものなのに、さらにおかしな空間に招待されちゃったな」


陸が階段の入り口を振り返るも、虹色の壁に阻まれて出れそうになかった。とりあえず階段を上ってみるかと進めば、廊下に繋がる部分が同じ様な壁で塞がれていた。弓で軽く叩くが、硬い感触が伝わるばかりで、壊せそうもない。本来であれば二階の廊下にあたる場所で辺りを探る。


「うっ…」

「博君?」


どうしたものかと思案していた陸の耳に、苦し気な声が届いた。隣に立っていた博が、口に手を当てながらしゃがみこんだ。

 慌てて覗き込めば、顔色が青白く震えている。


「博君!どうしたの?!気持ち悪い?」

「ん…ぐらぐら…する」


震える背を撫でながら原因を探すが、見渡すかぎり滅茶苦茶な色の階段があるだけで、何も変化はなかった。

 陸は自身の体調には異常がない事を確認して、この空間は力による耐性が影響するのかと考える。もし無防備な人間には有毒な空間ならば、一刻も早く抜け出さなければならない。焦りは思考を鈍らせると分かってはいても、今にも倒れそうな子供を前に、陸は唇を噛んで出鱈目に視界を振り回す。


「う…ぇ……」

「え?」


そんな混乱した大人の服を引き、博は緩く立てた人差し指を上へ向けた。


「三階に行けってこと?」


小さくも確かに頷きを返される。


「了解。少し揺れるけど、頑張って耐えてね」


右腕で博を抱え上げて、三階へ一段一段ゆっくりと踏み出す。

 肩にかかる息が苦しそうで、己の不甲斐なさに強く握る弓がギシリと音をたてる。


 もし、所長であればこんな事態にはなっていない。紫織さんなら彼の苦痛を取り除けるかもしれない。

それどころか、神の力を持つ後輩の方が、俺よりもきっと___


「お兄さん!」

「っ!?」


博の声に、目の前に迫っていた虹色へ弓を叩き付けた。色水が混ざりあうように、壁が歪んで揺れている。

三階の廊下へと続いているはずのそこだけ、景色が歪んで透けていた。

 陸は頭を振った。


『何を考えていたのか。今はくだらないことに脳のリソースを割いている場合じゃない。目の前の事象に集中しろ。一瞬の油断が命取りだと知っているだろ』


深呼吸を一つ、目を閉じて開く。


「博君、ちょっとここに座ってて」


 異質な壁とは反対側の端に博を下ろした陸は弓を構え、矢を一本、歪みに向かって放つ。軌道を瞬くことなく追えば、矢は歪みを通り抜けて向こう側へと消えた。

 間違いない。ここだけ空間の隔離が弱い。

この突破口を逃すものかと、再び弓を構えた陸の目の前で、壁が縦に裂けた。隙間から見えた向こう側は、目に痛い色彩ではない普通の景色だ。

何が何だか分からないが、ここから出られるのであればなんでもいいと、弓を肩に掛けて両手で隙間の縁を掴んで広げた。

人が通れるくらいに裂けた壁に、座っていた博の腕を掴んで急いで押し出す。


「なんか開いた!博君出て出て早く!」

「わぁあ!!」


続いて通ろうとした陸は、肩に掛けた弓が引っ掛かり転がり落ちるように異空間から飛び出した。

 頭上から降り注ぐ冷たい声に、安堵すら覚えて笑みを向ける。


「紫織さん!尚樹君も!無事でよかった!」


 こうして、六回目のチャイムを背景に、全員が合流したのだった。


 最初の目的でもあった再会を果たした四人は、情報の整理のために近くの教室へと入った。具合の悪そうだった博も、今は落ち着いており、大人しく椅子に座っている。


「それで、変な階段を上がったら空間の歪みを見つけたって感じっすね」

「せっかく閉じ込めたのに、なんでそこだけ?」

「尚樹の力に引っ張られたんでしょうね」

「俺?」

「怪異の空間を維持する力が、神力に負けたのよ」

「なるほど」

「別に、何もしてないけどな…」


一人納得のいかない尚樹は、まだ神の力という強さの実感がない。ぽっと出の怪異など、赤子の手を捻るより簡単に消せる力だというのに、本人にだけその自覚がない危うさを、これもやはり当事者だけが知らない。


「ま、それも追々ってことで。今はこれからどうするか決めないと」

「六個は解決済みって思っていいんだよな?」

「あのチャイムの解釈が間違っていなければね」

「なら、残すは家庭科室だけか」

「そうだね」


目的地が決まり、四人で一階へと下りていく。途中、博を事務室へ返すか一問答あったが、断固としてついていく意思を曲げない子供に、大人達が折れた。また暴れてはぐれられる方が厄介だと判断した。

 四人で家庭科室に入ると、最初に来た時と変わらず静かなものだった。せっかく人数が居るならばと、皿の枚数が書かれたメモをそれぞれ持って確認を始めた。

やりずらそうに長い弓を掛け直す陸へ、尚樹の視線が注がれる。


「気になる?」

「あー、まぁ、そうだな。それが陸さんの術具?」

「そ。名は節藤(ふしかずら)。左のピアスが竹弓、右が矢を作る術具なんだ」

「へぇ」

「そう言う尚樹君も、腰のそれ、出来たんだね」


尚樹が腰に差す鋏に手を添える。


「黄色の黄に、燃える火で黄火(おうか)。そう名付けたら使えた」

「黄火ね、いい名前だ!大切にね」

「はいは……あ?」

「尚樹君?」


話しながらも数えていた尚樹の視線が、棚とメモを何度も往復する。数え間違いかと一から辿るが、あっていた。いや、この場合はあっていないが正しいのだろうか。

 棚に置かれた平皿が、メモに書かれている枚数より一枚多い。

念のため陸も同じ皿を数えるが、やはり一枚多い。割るべき皿が見つかった。

陸は増えた平皿の一番上の一枚を取り出し、他の三人に離れるように伝える。

食器棚の前で皿を持つ陸は、机などを挟んで、博を真ん中に挟むようにして立つ尚樹と紫織へ視線を向ける。

 頷きあった後、右腕を挙げて、皿を叩き付けるように落とした。


パリーン__!!!!


想像していたより大きな音をたてて、白い平皿は割れた。


「何も、起きない?」


 無音の緊張が支配していた家庭科室。次のアクションを起こすべきかと動こうとした時、感覚を研ぎ澄ませているそれぞれの耳が、何かが擦れる音を拾う。


サワサワサワサワサワサワ………


音の発生源を探るが、それは四方全てから聞こえてきていた。


ヒラリ__


 家庭科室の中央に、細長く伸びる後翅(こうし)をはためかせながら、黒い蝶が飛んでいた。全員の視線が蝶に注がれ行き先を辿れば、陸の足元にある割れた皿の破片に降り立った。


「なんだ?あの蝶」

麝香揚羽(ジャコウアゲハ)ね」

「いや、蝶の種類だけ言われても…」

「あー、なるほど、そういうことか」


何も納得できていない尚樹は、理解したような陸へどういうことだと説明を求めた。


「尚樹君は、皿が関係する怪談って言われて、思い浮かぶものはある?」

「皿ぁ?皿、皿……」


ふと、尚樹の脳内に浮かんだのは、いちま~い…にま~い…と、皿を数える女性の姿だった。


「皿屋敷、だったか?」

「正解。舞台や内容が違ったのが地域ごとに色々あるんだけど、そこは一旦置いとくね。有名な怪談から話すけど、皿を割って殺されちゃう女性がお菊さん」

「聞いたことはある」

「で、その怪談の中に、お菊さんの霊が化けて出てきたって言われる(さなぎ)が登場するんだ」

「それが、あの麝香揚羽の蛹ってことか」

「そうそう。でも、皿を割る、イコール蝶って、なかなか奥が深い七不思議だよね」

「確かに、小学生が考えるにしては凝ってるよな」


そうかと思えば、子供らしいあやふやな七不思議もあり、どうにもちぐはぐだった。


「とりあえず、あの蝶をどうにかすれば終わりかな」


 蝶を刺激しないよう、一歩下がって弓を構えようとした足が床につく直前、家庭科室の窓と扉から黒い塊が一斉に入り込んできた。


「なぁっ!?」

「うわっ!」


陸はあまりの勢いに腕で顔を覆いながらも、状況を把握しようと弓を振り回せば、黒い塊に見えたそれは夥しい数の蝶であった。バサバサと、蝶がたてているとは思えない大きな羽ばたきの音が部屋中を囲む。小さな蝶であっても、これだけの数が狭い室内を飛び回れば、周囲は何も見えず危機感が募る。


「っ笹羽(ささばね)!!」


蝶を相手に意味があるか不明だが、威嚇の意味も込めて斜め上へ矢を放った。間違っても他の三人へ当たることがないよう飛ばした矢は、周囲の蝶を多少蹴散らした。

 黒い幕の合間で、陸と尚樹の目が合う。


「全員しゃがめ!」


発せられた尚樹の大声に、瞬時に従い頭を下げる。

 自分以外の姿は見えないが、従ってくれていると信じて、尚樹は鋏を開いて力を込める。


「一閃!!」


鋏を持った腕を伸ばして、一周ぐるりと回った。

鋏から飛んだ光の線に触れた蝶が、次々と消えていく。光は炎のように、蝶から蝶へも移って広がって、次第にその数を減らしていった。黒一色の視界が、静かな家庭科室へと戻るのに、そう時間はかからなかった。


ギーンゴーンガーンゴーン__


「はぁ~~~」


 謎の疲労感に脱力した尚樹が、どさりと座り込む。ズレたチャイムに安心する時がくるとは思わなかったと、力の入らない頭をスピーカーへと向けた。

そんな尚樹に苦笑しつつ、陸が手を差し伸べる。


「ありがとう、尚樹君。怪我は?」

「ない。それより、なんか疲れた…」

「力の使いすぎだね。いくら神の力とはいえ、無限という訳じゃないだろうから」

「あっそ…」


億劫そうに立ち上がった尚樹は、休みたい気持ちを振り払い鋏を腰に戻した。


「ちょっと」

「紫織さん?」

「彼は何処」

「へ?」


 紫織の言う彼とは?

陸と尚樹が室内を見回す。__居ない。

もう一人居るはずの、小さな存在が居ない。机の陰にも、何処にも。扉を開けて廊下に出るも、気配すら感じられない。


「博君!!!」


消えた少年の名前を呼ぶが、返事はなかった。





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