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二十
目が覚めると、時計の短針ははすでに昼を過ぎていた。外は明るく、部屋の中にいても外の気温が昨日より高いことがわかる。
起き上がってリビングに降りると、テーブルの上に紙切れがあった
【今日はお父さんと私は実家に少し用事があるので帰りません。明日の昼には帰るので、洗濯と掃除よろしくお願いします】
俺はその紙切れを冷蔵庫の扉に磁石で貼り付けると、テレビのリモコンを取ってソファに座ろうとした。しかし、ソファには横になっている姉さんがいた。
「姉さん?」
姉さんの返事はなく、眠っているようだった。
昼飯を先に食べようとキッチンに向かうと、そこにはラップで密封されたチャーハンが置いてあった。そして、そのラップの表面には、マーカーペンで“てるき”と書かれていた。
それをレンジに入れてスイッチを押し、冷蔵庫からお茶出して注ぎテーブルに座った。レンジの温めている音が部屋に響き渡り、その音の隙間から姉さんの小さな寝息が聞こえた。
スマホを開きメールを確認すると、一通のメールが来ていた。
【ちょっと話したいことあるから、会えないかな?】
それは内田先輩からのメールだった。話したいことといえば、俺にも一つある。それに、歩に言われたこともにどうにかしなければいけない。どうすればいいかは、まだ分かっていないけど。
レンジの音がなり熱々のチャーハンを中から出すと、それを食べながらスマホを操作した。
【いいですよ。どこにします?】
【駅前に一軒だけカフェがあるでしょ?そこがいい】
俺はチャーハンを食べ終わると、出掛ける準備を始めた。二階から降りてくるときも、姉さんはまだ眠っていた。垂れた髪から見えているおでこを指で撫でると、姉さんは少し声を漏らして寝返りをした。
「行ってきます」
一応、家の鍵を閉めて出掛けると、外は思った通り昨日よりも暑かった。その暑さの中足を進めていると、またメールが来た。
【お前、歩と喧嘩しただろ?】
今度は久地先輩だった。
【はい】
【まぁ、お前らのことだからそんな心配はしてないが、仲直りしとけよ】
【わかりました。ありがとうございます】
俺は久地先輩に返信し終えると、歩へのメールを打ち始めた。
【昨日は悪かった】
そこまで打ったところで、指は止まってしまった。謝ったところで、俺がしなければいけないことは変わらないし、行動をしていないことに変わりはない。きっと歩は許してくれないだろう。
俺はメールを送信せず、文章を削除しスマホをポケットにしまった。
駅に着くと、待ち合わせのカフェの中に内田先輩がいるのが見えた。店内に入ると中は涼しく、汗が乾いていくのを感じた。
「お待たせしました」
「来てくれてありがとね」
席に着くと、一杯のコーヒーだけ注文して内田先輩と向き合った。
「それで、話ってなんですか?」
「歩君から聞いたんだけど、もう思い出したんだって?」
「・・・これのことですか?」
俺はポケットからスマホを取り出し、内田先輩にキーホルダーを見せた。内田先輩はそのキーホルダーを見ると、俺の目を見て深く頷いた。
「正直、驚きました。狭い街ですし、中学まで一緒なのは分かりますけど、高校まで一緒とは」
「お互い気づいてはいなかったけどね。気づくとすごい偶然のように感じるよね」
内田先輩はコーヒーを一口飲むと、深く息をしてから姿勢を正した。
「もうわかってると思うけど、私が君が告白をした女の子なの。それで、君に酷い振り方をして泣かせてしまった女の子」
「そんな、小学生の話ですし、改まらなくても大丈夫ですよ」
「ううん。まだこの話には、続きがあるの」
「続きですか?」
俺が内田先輩に問い直したところで、俺の分のコーヒーが届いた。俺はそれを一口で半分まで飲むと、また内田先輩の方へ向き直った。
「実は、あの時本当は振る気なんてなかったの。・・・ただ、恥ずかしくって自分でもどうすれば分からなくなって、テル君にキツく当たっちゃっただけで」
「・・・らしいっちゃ、らしいですけど」
「それを謝りたくって、今日は呼んだの」
「それこそ、小学生なんですから気にしなくていいのに」
「私のせいでお姉さん、大変だったんでしょ?」
知っていたのか。いや、きっと歩が伝えたんだろうな。
「・・・それはもう大丈夫ですし、気にしなくていいですよ」
「これは私の中での問題でもあるから、謝りたかったの」
内田先輩は言い終わると、スマホを取り出し何やら操作し始めた。数秒すると、奥の席からカップを持った渡辺先輩が出てきた。
「渡辺先輩、なんでいるんですか?」
「実はね、私もその話は美月から聞いていたんだ。それでちょっと、美月に協力するようなことしてたから」
「協力?」
「それは気にしないでいいよ」
渡辺先輩はカップをテーブルに置くと、内田先輩の隣に座った。
「テル君。今から言うことちゃんと聞いてね」
「はい?」
二人は目を合わすと頷き、こちらに向き直った。そして、軽く息を吸うと、同時に口を開いた。
「「好きです」」
聞き間違いなんてできない。ハッキリと聞こえる声で二人は同時にまったく同じ言葉を口から発した。
思考が止まる。急すぎて驚いてしまった。自分で言うのは恥ずかしいが、正直分かってはいたしそのことで悩んでもいた。それが、こんなにも急に事が進展するなんて、誰が予想できたものか。
「え、あ、あの」
「返事はまだ言わなくていいから!」
俺が言葉を発するのを、内田先輩が止めに入った。内田先輩の頬を汗が垂れていくのが見えた。渡辺先輩の方も見ると、滅多に崩れない渡辺先輩の顔が赤く染まっていた。
「すぐには答えを出してくれなくていいんだ。いきなりこんなこと言っちゃって混乱してると思うけど、私たち本気だしちゃんと考えてほしい」
俺は残りのコーヒーを一口で飲むと、深呼吸をした。
「わかりました。少し考えさせてください」
「ありがと」
二人は落ち着いた笑顔になり、自分のコーヒーを一口飲んだ。
「それと、話は変わるけど――」




