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memory  作者: 柊 しゅう
2/23

    二

 

 その日は、雲を見つけるのが難しいくらいの快晴だ。

朝のいつもの習慣をすまし、いつも通りの時間に、いつも通りの登校ルートで登校した。この一連の流れは、入学して一か月の間に慣れたことだ。

いつもと違うことがあるとしたら、いつも一緒に登校している近所に住んでいる友達から、寝坊したから先に行っていてほしいという旨のメールを、待ち合わせの時間を十分過ぎた頃に来たことくらいだ。

 いつも会話する相手が今日はいないせいか、いつも以上に周りに気が散る。近所の小学校の誰もいない校庭、道行くサラリーマン、電車の中の広告、駅から高校までの道のりにある川、重そうな何かのケースを背負い、腰を曲げた女子生徒。あれは二年生の生徒だな。随分と重そうなケースだけど、何部だろう。吹部にしてはでかい気がする。いや、ああいう形のものもあるのかもしれないけど。

「まーにーあっった!!」

急に肩にかかった遅刻野郎の腕がそんな気の散った俺の意識をかき集めた。ついでに若干のいらだちも一緒に。

「お前、ジュース一本奢りな」

遅刻した友人である歩の手をどかしながらそう告げた。

「あー、テル怒ってる?ほんとごめんって!」

そう言い両手を合わせ、遅刻するぞと誤魔化し走っていった歩の後ろを、ため息をつき追いかけた。


 教室には大体の生徒が登校していて、いつもは俺より後に登校してくる生徒も、すでに荷物を自分の机の横に下げ、各々の友達と談笑をしていた。

 俺も自分の荷物を窓際の机の横に下げ席に着いたが、朝の眠気が抜けきっていなく、大きなあくびが出てしまった。

「随分とでかいあくびだな。昨日はお楽しみだったのか?」

「ふざけんな」

前に座っている歩はそうからかうと、忘れた宿題を写させてほしいとせがんできた。

「そういえば、テルはなんでバスケ部を退部したんだ?」

「なんとなくだな」

「それだけ?」

「それだけ」

そう答えるしかない。実際、気の合わない先輩の態度や、それに後輩として接することや、その他諸々確かにあるにはあるのだが、どれもさほど気にするほどのことではない。ただ、なんとなく辞めたくなった。

「もったいないなー。高校生活の大半は部活が占めていると言っても過言ではないのに」

「そこまでか?」

「そりゃあ、部活に入っていれば友達もできるし、恋愛だってできるだろ?」

「部活内恋愛なんて怖そうじゃないか?」

「それは自分次第だろーが。それに恋愛沙汰に苦労するのだって青春だぜ?」

安そうな青春論を自慢げに語った歩は、貸していた宿題のプリントを俺に返し、授業の準備を始めた。

 歩の言う通りかもしれないけど、俺は高校生活にそこまでの魅力を感じることができない。もちろん人並みには恋愛をしたいと思うけど、それも積極的にしたいとは思わない。

 もしかしたら、恋愛にもそんなに興味がないのかもしれない。教室で友達と気になる女子や、好みの女子について話していても、実際に誰かと付き合ったりはしていない。

先生がきて委員長が号令をすると、長く退屈な授業は始まった。俺は窓から見える体育の授業をしている校庭に目を向け、眠いのを我慢せず肘をついた。


 放課後になると歩は用事があると言い、先に帰ってしまった。俺は昇降口に向かい、ダラダラと三階の廊下を歩いていた。

 階段を降りようとしたとき、視界の端に大きな荷物を持った女子生徒が、廊下の一番端の教室に入っていくのが見えた。多分あれは今朝見た二年生の先輩だろう。

少し気になって、教室の前まで行ってみると、そこには天文部という丁寧な字と可愛らしい絵が書かれた紙がドアの窓に貼られていた。

 天文部なんてあったのか。前の部活動紹介には出ていなかったのか。

この高校は四月に、新入生歓迎会と称して部活動紹介を行っている。様々な部活を代表した先輩方が技を披露したり、活動内容を面白おかしく漫才にして紹介していた。

俺は張り紙で覆えていないドアの窓から覗くと、中にはさっき入っていった女子生徒がこちらに背を向け、重そうなケースを下ろしていた。他にはまだ誰もいないようだ。

誰かが来て覗いてる姿を見られるとまずいと思い帰ろうとしたとき、足音に反応して女子生徒がこちらを見た。一瞬顔が見えたが、やばいと思って一気に階段まで走り、そのまま昇降口まで行き、靴を履き昇降口を出た。

 正門まで行き振り返り、さっきの教室がある位置の窓を確認すると、カーテンは閉まっていた。

さっき一瞬見えた女子生徒の顔は知っている人のような気がした。中学のときの同級生の誰かに似ているような、またはその面影があるような、懐かしい感じがした。しかし、この懐かしさは、ついこの前まで通っていた中学の思い出に感じるようなものではなかった。引き返してそれを確認したいという微かな思いを、帰りたいという思いで上書きし、俺はそのまま学校を後にした。


 家に帰ると姉さんが先に帰宅していて、最近のお気に入りのドラマを観ていた。だらしなくソファに横になっている姉の前を横切り、母にさっきメールで頼まれた牛乳を冷蔵庫に入れお茶を飲んだ。

「私にも一杯お茶持ってきてー」

「自分でやってよ」

「そんなこと言うと、お母さんに学校の成績言うぞー」

「なんでお前が知ってるんだよ!?」

「歩君に教えてもらったー」

 あいつ、この前の中間の成績チクりやがったな。次あったら絶対何か奢らせてやる。

 昔から、姉さんにはこんな感じで扱われている。パシリにされることなんて日常茶飯事で、この前なんか、大学まで忘れ物を届けさせられたり、去年なんかはバレンタインに彼氏に送るチョコを作るのを手伝わされたりいた。(結局作業の大半は俺がやり、もはやあのチョコは俺からの贈り物のようだ)ちなみに、その彼氏とはその後すぐに別れていた。今は別の彼氏がいる。

「歩君から聞いたけど、部活辞めたんだって?」

「まあな」

そんなことまで報告しているのか、あいつはおれの監視役かなんかなのか。

「まあ、あんたのことだから理由なんて特にないんでしょ?」

 姉さんは、さすが姉なだけはあってそういうところは鋭い。他人に対して鋭いところは元々あるけれど、弟の俺に対しては特に。何でもお見通しって感じだ。

「お母さんいつ帰ってくるの?」

「逃げたな~?多分、あと少しで帰ってくると思う」

 俺はそれを聞き、お茶をもう一杯飲んで自室に向かった。

 自室に入ると、荷物を壁際に投げ捨てベッドの上に横になり、スマホをいじり始めた。友達からの何気ない連絡に返信をし、ネットで動画などを観て、母から夕飯の声がかかるまで暇をつぶすことにした。

 ふと、放課後にみた女子生徒の顔が脳裏を横切った。どこかで見たことがあるようなあの顔を、卒業アルバムの中に見つけようと本棚の一番どうでもいいものが並べられている端の一番下のほうにあるそれを手に取った。

 しかし、その中にあの懐かしい顔を見つけることはできなかった。

 俺は、役立たずな卒業アルバムを元の位置に戻そうとした。しかし、もう二度と開くことはないだろうと思い、タンスの中にある、思い出の品が入っている段ボールの中にしまった。

本棚に微妙な隙間ができてしまったが、漫画の新刊が出たらそれで埋めればいいだろう思い、またスマホに向かった。

 

 夕飯が終わり、風呂もすまし、寝る準備をしているときに、久地先輩からメールが来た。

【明日の放課後空けとけ】

 それだけの簡潔なメールだが、用件はあいまいだった。

久地先輩というのは、中学からの俺と歩の先輩で、よく遊びに誘ってくれたりする、やんちゃだが優しい先輩だ。

だが、いつも誘うときの連絡の内容が少なく、どういう用件なのかわからない。

 そのメールに返信をして、その日は寝ることにした。

布団に入って横になったとき、スマホについている古いストラップが視界に入った。なにか、忘れている気がする。そんな心の引っ掛かりを感じながら、俺は夢の中に落ちていった。


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