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第十七話


『主役をやってみる』とアンがロッテに告げたのは部室から逃げる様に去った翌日のこと。泣いたカラスがもう笑った、では無いが自身でも驚くほどのその変わり身の早さに若干照れつつそう告げるアンを暖かい笑顔で迎え入れたロッテは、そのまま連れ立ってやってきたアン、エリカ、コズエの三人に椅子を薦め、自身も手近の椅子に腰を下ろした。

「あれから私なりに演劇の勉強をしてみた。色々と興味深い話もあったし、参考にもなった。まずは謝ろう、アン。あの脚本は失敗作だ」

 そう言って頭を下げるロッテ。そんなロッテに、座っていた椅子から腰を浮かせたアンが慌てて両手を左右に振って見せる。

「そ、そんな事ありません! その、私が下手だからで……せ、先生の脚本がダメなんて、そんな事は無いんです!」

「君がプロの役者ならその言も正しかろう。或いは、演劇部にでも所属して……まあ、アレだ。ある程度、素養がある人間であるならば当然君の実力不足を問題にしなければならないだろうが、アン、君は演劇に関しては素人だ。だから、脚本の方を合わせる必要があった」

『なんて甘い……』なんて思わずポツリと漏らすコズエをスルーし、ロッテは真剣な瞳をアンに向ける。と、その視界の片隅に上がった手が入った。エリカだ。

「……なんだ、エリカ?」

「いや、別に構わないんだけど……それだと、べた褒めされた私の立場が無くない?」

「なんだ? 『流石だな、エリカ。巧かった! よ、この演技派女優!』とでも言えば良かったのか?」

「そうじゃないわよ!」

「流石だな、エリカ! 巧かっ――」

「本当に言わなくて良いの!」

 ガタンと椅子を蹴立てて睨む付けるエリカの姿にロッテは肩を一つ竦めて見せる。

「君の演技が巧かったのは事実だ。ボランティア部ではなく、演劇部でも十分通用する、と言っても過言では無い程にな。認めよう、君は掛け値なしに巧かった」

「な、なっ! なによ! そんなに褒めても何も出ないんだからね!」

 ロッテの言に顔を真っ赤に染めるエリカ。そんなエリカに、ロッテはもう一度肩を竦めて見せる。

「『エリカ』の演技はな」

「……は?」

「そもそもこの演劇での『エリカ』の役割は最後の強敵……と言うには若干の残念さを交えた役だ」

「……ああ、そう言えば言ってたわね、『小悪党』って」

「まあ、小悪党は冗談だが……いるだろう? どんな悪役でも何処か憎めないキャラクターが。イメージはアレだ」

「……居るわね、確かに」

「君がどう思うか知らんが、最初の出逢いからこちら、君は私に対してどちらかと言えば敵対していただろう? 授業中は不満げ、ボランティア部では噛みつく、演劇で褒めても最後は怒る」

「最後は私、怒っても良くない!?」

「まあ、ともかく私に取ってエリカ、君は明白とまで言わずとも十分な『敵』であった。だがな? 私自身は別段、君を憎いとは思ってはいない」

「……」

「だからと言って好ましいという訳では無いが……まあ、二目と見たく無い程には憎んではいない」

 その感情は某猫と鼠のアニメーション映画に近しいかも知れない。仲良く喧嘩する、例のアレだ。

「そういう感情のままに書ききったからか、演劇内の『エリカ』は非常に君に近い『エリカ』になっていた」

「……つまり、『自分のまんま』演じたから巧かったって事?」

「ざっくり言えばな。君の物真似を君がするんだ。巧いに決まっていると言えば巧いに決まっている」

『役に入り込む』という言葉がある。まるで乗り移ったかの様な演技をする様を指す言葉ではあるが、土台赤の他人が演じるのに完全に『役に入り込む』というのは、理想論は別として不可能であろう事は想像に難く無かろう。誰もが簡単に付ける事が出来るなら、ガラスの仮面なんて言われはしない。

「……ふん」

「拗ねるな。それでも君の演技力が素晴らしいのは間違いない。台詞の覚えも早いしな」

「べ、別に拗ねて無いわよ!」

「拗ねてるって言うかじゃれてるって感じだけど……なに? 先生、杏から絵里香に乗り換えるの?」

「梢っ!」

 冗談めかしたコズエを、顔を真っ赤にしてエリカが睨みつける。そんな二人のやり取りに、心底嫌そうにロッテが顔を顰めた。

「お断りだ。冗談でも言ってくれるな」

「ちょっと! なんで私がフラれたみたいになってるの!? おかしくない!?」

 ガーッと言い募るエリカを華麗にスルーし、ロッテは視線をアンに向ける。

「何が言いたいかと言うと、演劇の素人であるアンに役作りを強要した脚本が悪い、という話だ。主役が演じやすい様に本を弄るのも脚本家の仕事だしな」

「え、ええっと……普通、脚本に応じて役者が演技をするもんなんじゃないんですか?」

 仰る通りである。無論、脚本家と役者の間での歩み寄りも必要であろうが、どちらかと言えば脚本に役者が合わせるのが普通ではある。普通ではあるが。

「そうか? アンが演じやすい様に本を変えるのが脚本家の仕事だろう?」

 残念、これがロッテスタンダードである。

「あ、あはは……」

「まあ、ともかく……それも踏まえて脚本を変更して見た。『魔法少女プリティ・リズ』はプリティ・リズだが、内容は大きく変えてアンが演じやすいようにしている。具体的には主役である『プリティ・リズ』の性格をアンよりに変えて見た」

 そう言ってロッテは鞄から脚本を取り出して。


「時間もない。本読みをしたら、直ぐに立ち稽古に入ろう」


 そう言ってニヤリと笑んで見せた。


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