第十六話
天英館女子高校からほど近い喫茶店、『びーどろ亭』。程よい甘さの生クリームが有名な美味しいケーキを出す店で、天英館女子高校の生徒のみならず、近所の女子高生・女子大生間では人気のお店である。ちなみに、生クリームをたっぷり使ったショートケーキは朝の早い時間から売り切れる御免の人気商品であり、並ばなければ買えない一種のプレミア商品となっていたりする。尚、これほど美味しいスイーツを提供するこの店の主人は、その甘いケーキとは裏腹に高校時代、プロップとして花園で正月を迎えたのが自慢のいかつい元ラガーマンだったりする。
――さて。
「……済みません、困ります」
「いいじゃん! ほら、ちょっと遊びに行こうぜ~」
「そうそう! 奢るからさ!」
女子高生、女子大生が集まるという事は、誘蛾灯に集まる蛾の如くその女子高生・女子大生狙いの男子学生も集まりがち、という事である。流石にあんまり質の悪いのは店主自ら鉄拳制裁に乗り出す事もあるが、ある程度の『ナンパ』は許容範囲内だったりする。女性サイドにしてもそれも含めてこの店のウリだよね~と納得もしており……まあ、ナンパされるのは自身の容姿を認められた感じもあり、しつこく無ければいっか! というノリもあり、然程問題になってはいないのだが。
「……人を待ってますので」
「嘘ばっか~。さっきから見てるけど、全然来ないじゃん」
「もしかして彼氏? ほら、そんな時間にルーズな彼氏なんか放っておいてさ? 行こうよ~」
今回のこの男性二人組は少しばかりしつこい様子。困った顔をする女性に、店内にいる女性たちも眉を顰め、チラチラと厨房のマスターに視線を送り。
「――お待たせ、杏」
その女性のテーブルの上に、天英館女子高指定のスクールバッグをダンっと置くと、にっこり微笑む女性が口を開いたのが同時。
「……え……あ」
「……えっと……あ……あれ?」
この不意の乱入者に、ナンパ男二人組も呆気に取られた表情を見せる。が、それも一瞬、この突然の闖入者の容姿に笑顔を浮かべて見せる。
「あ、あはは! 本当に人、待ってたんだ。ご、ごめん」
「そ、そうそう! あ、でもお友達も美人だよね! ど、どう? これで二対二だし? 一緒に遊びに行こうよ! ほら、四人になったし!」
乱入者の容姿も素晴らしい事も手伝い、唖然としながらもテンションの上がるナンパ男二人組。そんな二人に、先程よりも素晴らしい笑顔を浮かべて。
「――――失せろ」
一体、この笑顔の何処から出たのかという程低い声で女性がうなる。笑顔の中にネコ科の猛獣を覚えさせる戦慄を覚えたナンパ男二人組は挨拶もそこそこに会計を済ますと逃げる様に店を後にした。その姿をふんっと鼻で笑い、女性は改めてナンパの被害者の前に腰を下ろす。
「ちょっと女子高生にすごまれたぐらいで尻尾巻いて逃げるんだったら、最初っからナンパなんかすんなっての! そりゃ、この店はナンパも含めてオープンなとこあるけど? あんな無茶なナンパは認めて無いのよ!」
「……そりゃ、さっきの絵里香、怖かったもん」
「そう? 普通じゃん、アレくらい」
「あ、あはは。でもまあ、助かったよ。ありがと、絵里香」
「ん。っていうか、あんなナンパもあしらえないんだったら一人で来ちゃだめでしょ! 私が来なかったらどうするつもりだったのよ、杏!」
そう言ってナンパ男を撃退した女性――まあ、エリカだが、エリカは目の前に座って頬を掻くアンにじとっとした視線を向ける。しばし、そうやってアンを眺めたあと、やれやれと言った風に首を振って口を開いた。
「……ま、さっきの梢の言葉が随分堪えた、って事で今回だけは勘弁してあげる」
「……うん」
「梢も口が悪いからね。もうちょっと人の気持ちを考えて喋れば良いのにね」
「そ、そんな事は無いよ! こ、梢は、私の事を――」
「ストップ」
「――しんぱ……え? す、ストップ?」
「梢は口は悪いけど……それでも、顔と性格は悪くはないの。んな事、わざわざ杏に教えて貰わなくても知ってるの」
「……」
「だから、梢の『言い方』はともかく、『言っている事』については私はおかしい事を言っているとは思って無いし、当然梢を責めたりするつもりはないよ? 梢の言っている事、正しいと思うもん。何年幼馴染してると思ってるのよ、私ら」
「……うん」
「ま、それは杏にも言えるけどね。特に私は……私達は、か。あんな辛そうな杏を見てるからね。そこの所は……なんだっけ? 浸食?」
「……へ? な、なにが浸食されたの?」
「あれ? ええっと……伸縮?」
「伸び縮み? えっと……あ! もしかして斟酌?」
「そうそれ! 杏の気持ちをシンシャクはするよ。杏が辛そうな顔をしてるのも知ってるし……出来りゃ、幼馴染のそんな顔は見たくないもん。だから、別に杏が……そうだね、『逃げる』のを責めはしないよ。全力で止めるけど」
「……止めるんだ」
「そ、止める。だって……そうね。あんまり良い言い方じゃないでしょうけど、『これぐらい』の事で逃げてたら、何時まで経っても前に進めないもん。いいじゃん、失敗したって。それも経験って事でさ」
あっけらかんとそう言って笑って見せるエリカ。その姿に、アンは苦笑を浮かべて見せた後、そっと目を伏せる。
「……うん。私も分かってるんだ」
「……うん」
「で、でもね? 折角演劇を楽しみにしてる子達の前で、失敗するのもなんだかな~とも思うの。絵里香の演技は本当に巧かったし……絵里香が主役になった方がいいなって、本当にそうも思うの」
「んー……言っちゃなんだけど、所詮は演劇部でもない、私らの演劇でしょ? 今の子は目も肥えてるだろうし、ぶっちゃけそんなに期待はしてないんじゃない? 先生達だってさ、本当に子供たちに『楽しめる』モノを提供しようと思ったら、私らに頼みはしないでしょ。失敗してもご愛敬、最終的に笑顔になってたら良いんじゃない? ぐらいの気持ちだと思うけど」
「そ、それは……そう、かもだけど……で、でも! これから、ずっと練習するんだよ? え、絵里香は良いの?」
「ほえ? 何がよ? 練習するのが?」
「折角練習したのに……わ、私のせいで……そ、その……失敗するのが」
「あー……なるほど。ま、確かに私だって折角練習するんだから、成功した方が良いわね。子供たちに感動の涙を流させてスタンディングオベーションをさせたいと思うわよ、確かに」
「す、スタンディングオベーションはともかく……で、でしょ? だ、だったらさ? 私が主役をして失敗なんかしちゃったら、折角の皆の練習が……無駄になるっていうか」
「なに? 迷惑を掛けるとでも言うつもり?」
「……うん」
蚊の鳴くようなアンの返答。その声に、エリカは大袈裟に溜息を吐いて見せて。
「――舐めんな」
先程ナンパ男を退治した時よりも低い、低い声を出す。
「杏が失敗したら私らが迷惑する? はん。今更何言ってんのよ、アンタ。いい? 私も梢も、杏に掛けられた迷惑なんて迷惑と思う訳無いでしょうよ。それともなに? アンタ、私らの事、『迷惑だな~』とか思ってんの?」
「そ、そんな事ある訳ないでしょ!! 怒るよ、絵里香!!」
「でしょ? だったら私らだってそうに決まってるじゃん。まあ、仮に迷惑って言うなら、そう言ってうだうだ言って逃げまわられる方が迷惑かな」
「……」
「……難しく考えすぎなのよ、杏は。もうちょっと肩の力を抜いてさ? お気楽にすればいいんじゃないかな? いいじゃん、失敗したって。全力で私がフォローしてあげる」
そう言って、もう一度にっこり。そんな絵里香の姿に、泣きそうな、それでも嬉しそうな、微妙な笑顔を浮かべて杏は溜息を吐いた。
「……あのさ? 絵里香はお気楽過ぎだと思うよ? もうちょっと考えて行動したら? だからロッテ先生にも目を付けられるんじゃないの?」
「うぐ! そ、それは……っていうか、酷くない! 折角慰めたのに!」
不満そうな顔を浮かべながら、机の突っ伏す絵里香。そんな絵里香の頭上から、杏の声が降る。
「……ねえ、絵里香?」
「……なによ?」
「……今日、久しぶりに泊まりに行っても良い?」
「……しゃーないわね。んじゃちょっと梢に連絡しといてくれる? 私、家に連絡するから。あ、晩御飯は久しぶりに杏の手料理が食べたいかな? カレーとか」
「カレーか……んじゃ、絵里香、野菜切るの手伝ってね?」
「野菜kill?」
「殺してどーすんのよ。切るの!」
再び顔をあげた絵里香の視界に、呆れた様な、それでいてすっきりした顔をした杏の顔があった。




