72 光と刃の交錯
ハミルは来た道を走りながら、セヴィスと同じ嫌な予感を感じ取っていた。
広い道に、少なすぎる祓魔師。
明らかにおかしい状況だった。
モルディオが眩暈を訴えていたことも引っかかる。
休んでいろとは言ったが、モルディオはこの事態で休むような人間ではない。
もし彼が倒れると、事態はさらに最悪なものとなる。
「ローズ! そっちに悪魔はいるか!」
ハミルはローズに電話をかける。
『今のところはゼロよ。サキュバスは多分、ミルフィさんを視野に入れていないわ。いえ、セヴィスの相手をしていてそれどころではないのかしら』
ローズは冷静に答えた。
「それならよかった! ローズ、今すぐ美術館の司令室に行ってくれ! 何か、嫌な予感がするんだ!」
『どうしたの? 何かあったの?』
「美術館からの指示が送られてないんだ! 多分、あいつに何かあったんだ! 頼む、司令室に行ってくれ!」
『何を言ってるの? わたしは祓魔師じゃないのに』
「モルディオと頭で対決できたのはお前だけだ! あいつの代わりができるのも……」
『代わり……分かったわ。でもここはどうするの?』
「おれが今からそっちに行く!」
ハミルは電話を切り、全力で走る。
***
サキュバスは空中から光線を放ってくる。
空中では避けられないので、セヴィスはワイヤーで引き寄せた障害物をぶつけて攻撃を防ぐ。
ナイトメア・カタルシスを背中に巻きつけ、サキュバスを追いかけることだけに専念していた。
サキュバスに追いつけず、いつの間にかクレアラッツに入ってしまった。
催眠術は封じられたようだが、通過能力は厄介だ。
どうしても遅れを取ってしまう。
候補生たちが誘導してくれたのか、人は一切いない。
セヴィスは空中移動をやめ、地面に着地する。
元々逃げることに特化した足だ。
空中よりも速さは上げられる。
遠くのビルの屋上で、サキュバスが降り立つのが見えた。
すぐに追いつくと、サキュバスは高らかに笑い声をあげた。
「ふふふ、かくれんぼの続きねぇ。それとも鬼ごっこかしら? 今度はきみが鬼よぅ」
「誰もするなんて言ってない」
「防衛線を破った悪魔には、先に司令室に向かうよう命令したわ。早く見つけないと、先にモルディオが死んじゃうわよぅ。彼が死ぬまでが、タイムリミットかしら」
サキュバスは魔力権を発動し、地面を通り抜けてビルの中に消えた。
「クソが」
建物の中は危険だ。
サキュバスがどこから出てくるか分からない。
辺りを見回すと、向かい側にあるビルの方が高い。
セヴィスはサキュバスに見えないように後ろの道路に回り込み、ワイヤーを使ってそのビルの屋上に上る。
この場所なら、サキュバスがビルから顔を出した瞬間を狙える。
「……っ?」
その瞬間は、すぐに訪れた。
サキュバスは自分を挑発しようとしたのか、窓から身を乗り出し、そのまま窓を通り抜けて外に出てきた。
セヴィスはすぐにナイトメア・カタルシスを持ち、ビルから飛び降りる。
そして空中から大鎌を振り下ろす。
「甘いわよぅ!」
サキュバスはタロットカードを剣のように繋げ、大鎌の攻撃を受け止めた。
鎌の形状のお陰で腕に軽い怪我を負わせることができた。
しかし相手はカードなのに、シンクの力と落下の勢いを利用しても、致命傷まではもう少しのところで届かない。
「あらあら、見つかっちゃったわねぇ」
剣状になった全てのタロットカードから、光線が放たれた。
ナイトメア・カタルシスが光線のほとんどを反射したが、その威力に負けてビルに吹っ飛ばされる。
自分の身体が窓ガラスを突き破って、誰のものかも分からない机を壊し、書類が散らばった。
あれはおそらく浮遊の魔力権の応用だろう。
魔力権でタロットカードを浮かせて、それで剣の形状を保っているに過ぎない。
しかしその一つ一つが強い。
「その髪の色はなぁに?」
身体を起こすと、割れたガラスから中に降り立ったサキュバスが、首を傾げている。
おもむろに髪を触ると、吹き飛ばされた衝撃でサウスの変装が剥がれていた。
そして、髪が元より長い金髪になっていた。
それも完全な金髪ではなく、先端にいくにつれて元の紫色になっている。
これはシンクの『宝石』を食べた影響だろう。
ハミルもグランフェザーの『宝石』を食べた時、目が金色になっていた。
「アンタを倒せるなら、手段を選ばない。それだけだ」
「あらそうなの。わたしは紫の方が好きだったなぁ」
サキュバスがおどけて攻撃を中断している。
その間に考えろ。
どうすれば、この怪物を倒せる。
前と違って、傷をつけることはできた。
通過能力さえなくなれば、対等に渡り合えるかもしれない。
それまでどうする。
時間稼ぎか。
ただでさえ自分の為にモルディオが時間稼ぎをしているのに、それを長引かせるのはでくのぼうにも程がある。
通過能力を消せるかは、ミルフィに懸かっている。
それに頼りすぎてはいけないと言われたばかりなのに、頼ろうとしている。
それは駄目だ。
サウスさえ死ななければ、もっと考える時間があった。
だがこれはシンクのせいではない。
二日後だったサウスの死を早めてしまったのは、あの場で話をしていた自分たちにも責任がある。
「俺は大切な友達まで食べたんだ。もう誰も、死なせはしない」
と言って鎌を持ち、立ち上がる。
「モルディオは、きみにわたしの討伐を託したんでしょ?」
「それがどうした」
「今の祓魔師は悪魔の足止めしか考えてないように見えるわ。それで、もう何人も死んでるみたいねぇ。むしろ総攻撃で死者が出なかったのが驚きだったのよぅ。きみの言葉は既に嘘になってるわ」
サキュバスの言葉はほとんど耳に入っていない。
せめて、サキュバスの標的が自分以外に向けば。
サキュバスの光線の威力を下げることができたら。
死んだ人間には、どれも叶わないことなのか。
「ほら、早くわたしを倒さないと」
「言われなくても殺す」
セヴィスは鎖を握り締めて、鎌ごと振り回す。
サキュバスは軽く浮いて後退した。
その腹に向けてナイフを投げる。
「効かないって言ってるでしょう」
無論ナイフはサキュバスを通り抜けて、後ろの壁に突き刺さる。
そこでセヴィスは魔力権を発動する。
グロウのノートに、サキュバスが無効化を持っているとは書かれていなかった。
だから効くかどうか、試してみたかった。
「ちょっと、ふざけてるの?」
電撃は、確かにサキュバスに触れた。
しかし、ほとんど効いていない。
ナイフも戻ってきた。
この一連の動きは、全て無意味だった。




