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INNOCENT STEAL -Last GAMBIT-  作者: 豹牙
十章 少年の食罪
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70 怪盗フレグランスと悪魔の攻防

 これは冗談か、それとも気づいているのか。

どちらにしても動揺を顔に出してはいけない。

サキュバスが、ナインに教え込まれた演技が通用する相手であってほしい。


「『宝石』が食べたいかな」

「誰の『宝石』が食べたいのぅ? サウスの『宝石』ならそこに落ちてたでしょ? セヴィスは『宝石』を食べられないでしょ?」


 反射的に、メイスとナイフを投げつける。

当然メイスはサキュバスを通り抜け、ナイフはサキュバスに当たるどころか、後ろのカーテンに刺さった。


「さすがフレグランス、サウスの変装は中々上出来だったわよぅ。声もそっくりだったし、騙されるところだったわ。でもわたしもなめられたものねぇ。サウスは自分のしたいことを一切話さない、いい子だったわ。きみは当然それを知らなかったのよねぇ。『宝石』の一言がなかったら危なかったかも。で、ここにきみがいるってことは、サウスは死んじゃったのねぇ」


 サキュバスは、サウスが死んだことを大して悲しく思っていないように見える。

サウスの死でサキュバスが怒るのではなかったのだろうか。


「それにしても焦ってナイフを投げるなんて、きみらしくないわねぇ。わたしに武器の攻撃は効かないって知ってるでしょう」

「それはどうかな。そのナイフは一部がダイヤモンドでできてる。当たればアンタも無傷で済まないだろうな」


 無論これははったりだ。

サキュバスの動きを封じ、鎌で攻撃する隙を作る為に言っているに過ぎない。


「笑えない冗談ねぇ」


 セヴィスは三本のナイフを投げる。

サキュバスは浮遊の魔力権を発動し、空中を自在に動く。

カーテンを盾にナイフを避け、どうしても避けられない時は光線を飛ばしてくる。


 サキュバスが逃げている時は、光線をかわすのは比較的楽だ。

さらに逃げ場をなくすべく、セヴィスはワイヤーを振り回してカーテンを切断していく。

はったり一つで、前回とはまるで感覚が違う。


「どうして? 催眠術が使えないわ」


 アフター・ヘヴンはまだ消えていないはずだ。

もしかして、催眠術を司るダイヤモンド――彼女の中にいる方のサキュバスが、ロザリアたちに抑えられているのだろうか。

しかしサキュバスの言葉はあてにならない。

鵜呑みにしない方がいいだろう。

とにかく逃げ場を失ったサキュバスを、ワイヤーを使って柱の近くに誘導しないといけない。


「まずいわねぇ」


 もうすぐだ。

サキュバスの光線が一本だけ柱に突き刺さった。

あとは足が震えているのを、悟られなければいける。


 セヴィスは光線を避けながら柱の裏側、ナイトメア・カタルシスに近づいていく。

今のところは順調だ。


「……今だ」

 と口に出して、鎌を拾う。

そのままシンクに身体を任せ、サキュバスに攻撃を仕掛ける。


「危なぁい」


 サキュバスは仰け反って、刃が掠る寸前でかわした。


「あら?」


 ほぼ同時に、ナイフがサキュバスの身体をするりと通り抜け、戻ってきた。

はったりがバレることを確信したセヴィスは、もう一度鎌でなぎ払う。

今度は簡単にかわされた。


「嘘ばっかりつく、悪い子ねぇ。こんなにあっさりバレるなんて。しかも折角用意してもらった秘密兵器も外れるようじゃつまんないわぁ」


 一気に形勢が逆転した。

鎌を拾ってしまった以上、光線を完全に回避するのは難しくなった。

シンクが身体を乗っ取るのは鎌で攻撃する時だけだと予め伝えてあるが、光線はセヴィス一人でも厳しい。


 ナイトメア・カタルシスに鎖がついているのは、ローズの計らいだろう。

鎌を投げて、少しでも光線を跳ね返せるとでも思ったのだろうか。

ナイフと比べると何倍も重い鎌を鎖で振り回すのはさすがにきつい。


「せっかく生かしてあげたのに、あんまり変わってないわねぇ。鎌を振る時だけ使い方がちょっと雑ねぇ」


 光線が、左足の一部を削った。

この言い草だと、シンクのことがバレるのもすぐだろう。


「そうだ、もっと焦る顔が見たいから教えてあげる。わたしね、きみの攻撃から逃げてる時に子供たちに命令したの。クレアラッツに行って男を生け捕りにしなさいって。無防備なクレアラッツはどうなってるかしら?」

「それはもう対策済みだ。悪魔はクレアラッツに入れない」

「どういうこと? ああ、モルディオね。未来が見えるなんて、本当につまらなそう」

「……一つ聞きたいことがある。どうしてそんなことをするんだ」


 サキュバスが悪魔をクレアラッツに送り込むことは、モルディオに読まれていた。

だが、その理由が分からない。最初はサウスの仇討ちかと思ったが、サウスを殺したのはシンクだ。


「ただでさえつまらないのに、大好きだったサウスまで殺されたのよぅ。もう暇で仕方ないわ。きみなら楽しませてくれると思って生かしたけど、わたしの見込み違いだったようねぇ。

 わたしの夢、前に話したでしょう? 世界中の男をモノにするって。だから、まず最初はクレアラッツの男から捕まえるわ」


 サキュバスは怒っているように見えないが、結果的にこうなった。

モルディオの未来とは少し違うが、サキュバスがクレアラッツに悪魔を送り込むことにした要因はやはりサウスの死なのだろう。


「それで、生きてる価値のない女は邪魔だから死んでもらおうかなぁ」

「ふざけるな。アンタ一人の暇つぶしの為に人間を殺して何になる。生け捕りの男と悪魔しかいない世界なんて、モルディオが未来を見なくても分かるぐらい暇そうだな」

「じゃあきみは、わたしの夢より面白そうなことを知ってるの? わたしは暇さえ潰せたらそれでいいのよぅ」


 そんなものがあるなら、今すぐにでも提案しているところだ。

サキュバスは元々相容れない相手だ。

和解しようという気は端からない。


「わたしは戦争の兵器なの。この夢以上に面白いと思えることがないのよぅ」

「そんなことでしか暇を潰せないなんて、可哀相な悪魔だな」

「……今、わたしのことをかわいそうって言ったの?」

「ああそうだ。このまま死んだ方がずっと楽なんじゃないか?」

「そうかもしれないわねぇ」


 こいつ、死にたいのか。

サキュバスについて、余計に分からなくなってきた。


「でもただ死ぬだけじゃ面白くないわ。死ぬまで楽しみたいの。ねえ、ここは狭いから外に出ない? クレアラッツの眩しい夜景をバックに戦うのも、面白いと思うのよぅ」


 サキュバスをクレアラッツに入れると、街の中で悪魔が生み出される。

そんなことをされたら、皆の行動が無意味になってしまう。


「アンタは自分の家で死ぬ方が楽しいと思うぞ」

「きみの家はクレアラッツにあるんでしょう? だからクレアラッツに行きましょう」

「お断りだ」


 言葉の選択を誤った。

クレアラッツでの戦いだけは、避けなければいけないのに。


「嫌だと言っても無理矢理連れて行くわ」


 そう言って、サキュバスはタロットカードを上に掲げた。

カードから放たれた光線は、天井を突き破る。


「何を考えてるんだ」

「きみとクレアラッツに行くことを考えてるわ」


 天井が崩れ、巨大な岩が降ってくる。

通り抜けるサキュバスは物ともしていないが、セヴィスは一撃でも当たると致命傷になりかねない。


「わたしは先に行くわねぇ」


 サキュバスは宙に浮き、外に出て行った。

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