54 ヴァイオレットの家族
「お前は人間を殺したか? 何か、犯罪に手を出したか?」
と聞くと、ヴァイオレットは首を振った。
「悪魔をたくさん、倒した。でも、悪魔は全滅しないといけないもの。それ以外は何もしてない」
「なら、お前は何も悪くない。こそ泥をやってた俺に比べたら、救いようがある」
「どういうこと……?」
「何もかも、全部あいつのせいだ」
ウィンズを指差すと、ウィンズは鼻で笑った。
洗脳してあるから、何を言っても無駄だと言っているようだ。
「ウィンズ様は、大切な家族」
やはり、ウィンズは家族を名乗っているらしい。
様付けを強要している分、自分より強く洗脳しようとしているのか。
「違う。あいつはお前の家族を名乗ってるだけだ」
「嘘。あなたがわたしを騙そうとしているだけ」
ヴァイオレットはいきなり鎌を振り下ろしてきた。
とっさに地面に落ちたナイフを取り、受け止める。
「さっき何もしないって言ったのに。やっぱり嘘つき」
ヴァイオレットが鎌に力を込める。
片方の膝が地面につく。
信じられないことだが、この少女に押されている。
力ではなく速さで戦ってきたセヴィスにとって、この状態は不利だ。
「こうでもしないと俺が死ぬだろ。お前にはまだ何もしてない」
「わたしの武器を受け止めた。それだけで邪魔をすることと同じ」
後ろに飛んで、ヴァイオレットから一度距離を取る。
ウィンズの勝ち誇った表情が見える。
「俺が何の邪魔をしたって言うんだ」
「今、ウィンズ様が、あなたを殺せと命令してる」
命令? と脳内に疑問が浮かぶ。
ウィンズは何も言っていない。
ただそこで腕を組んで立っているだけだ。
「あなたはウィンズ様の命令を妨害した。ウィンズ様が怒ってる」
もう一度ウィンズを見る。
ウィンズは変わらず笑みを浮かべていて、怒っている様子はない。
その隙にヴァイオレットが迫ってきて、鎌でなぎ払おうとする。
セヴィスは左側の壁にナイフを投げて、鎌の軌道上にワイヤーを張る。
鎌にワイヤーが引っかかり、鎌を持つ腕の動きが鈍る。
魔力権で電撃を流すと、ヴァイオレットは鎌から手を離して地面に落とした。
それからすぐに鎌を拾うと、ヴァイオレットはワイヤーから距離を取った。
どうしてウィンズの言葉がヴァイオレットに繋がるのだろう。
そう思った時、ふと総攻撃の時のレンの言葉が頭を過ぎった。
『おれはレン。意思伝達の魔力権を持っている。これはおれの意思だから、今どんな状況か伝わらないと思うけど、信じてくれ』
『でも、おれの意思がこうしてお前に繋がった』
セヴィスが思っていたことは、レンに伝わっていた。
レンが魔力権を繋いだ時だけ、セヴィスはレンと話すことができた。
これで確信した。
ヴァイオレットは、レンと同じ魔力権を持っている。
ウィンズの魔力権が無効化であることは確実なので、間違いない。
つまり、ヴァイオレットは魔力権でウィンズの命令を聞いていた。
それがヴァイオレットとの対談をあっさり許した理由だったのだ。
そうなると、セヴィスがヴァイオレットに説得すると、ウィンズが脳内で同時に否定してくる。
ならばそれを打ち壊す、決定的な一言が必要だ。
自分を追い込んだ言葉でもある『家族』。
これが重要な鍵を握っている気がする。
「ヴァイオレット、ウィンズの命令なんか聞くな」
「どうして?」
ヴァイオレットの鎌をワイヤーで退けながら、必死に言葉を考える。
上手い言葉が思いつけば、洗脳は解ける。
「俺も同じ、あいつが兄だと信じてきた」
「え……?」
ヴァイオレットの攻撃が止まった。
いける、もう少し追い込めば、必ず。
「俺はスラム街であいつに銃に撃たれてきた。今も、肩に銃痕が残ってる」
「スラムって、あなたも?」
「ああ。本当の家族は、そんなことは絶対にしない」
「そんな、嘘。ウィンズ様は本当のか、ぞく」
「お前の父親、シュヴァルツを殺したのはこいつだ。お前にとって、ウィンズは偽物の家族でしかないんだ」
ヴァイオレットの手から鎌が滑り落ちた。
鈍い金属音が地面に響いた。
「あなたは、誰? 武器持ってるから、悪魔? それとも祓魔師? 名前を教えて」
「クレアラッツ本部所属S級祓魔師、セヴィス=ラスケティア。それが俺の名だ。今は死んだことになってるけどな」
ヴァイオレットから信頼を得るべく、学校で教えられた、祓魔師の正しい名乗り方を初めて使った。
「どうして、わたしと同じなの? わたしの家族なの?」
ウィンズの表情が歪んでいくのが見える。
あと少し、時間があればできる。
セヴィスはしゃがんで、ヴァイオレットと視線を合わせた。
「俺はお前の家族じゃない。でも同じ境遇だから、分かってやれると思う」
昔の俺が必要としていたもの。
それがあれば、ウィンズの洗脳は解ける。
そしてこれはきっと、俺にしかできないことだ。
「同じなの? わたしと」
「同じだ」
ヴァイオレットは震えた足で歩いて、抱きついてきた。
「おにいちゃん……助けて」
「……」
「わたし、もういや」
そう言って、ヴァイオレットは泣き出した。
その小さな背中をそっと撫でる。
かつて、彼女が自分にしてくれたように。
横目でウィンズを見ると、ウィンズは銃を向けている。
失敗作を始末しようとしているらしい。セヴィスはすぐにナイフをウィンズの腕に向けて投げた。
銃は落ち、火炎弾は不発に終わった。
「いい加減諦めろ。アンタの洗脳なんて、ちっぽけなんだ」
「フン。一番洗脳された奴が戯言を。ヴァイオレットは所詮予備。洗脳期間も短い。どうせこんなものだろうと思っていた。道具同士、心中するがいい」
ウィンズはナイフを抜き、懐からリモコンのようなものを取り出した。
それを見たヴァイオレットは恐怖に染まった表情で鎌を取った。
「うああああっ!」
ヴァイオレットは絶叫しながらウィンズに襲い掛かる。
だが、ウィンズが先にリモコンのボタンを押した。
『おに、い、ちゃん…………た、すけ……』
頭の中に、ヴァイオレットの声が木霊した。
何が起こったのか分からなかった。
奇妙な爆発音がして、視界が真っ白になった。
凄まじい衝撃波で、壁まで吹き飛ばされていた。
「ふっふっふ、はっはっは……はーはっはっはっはっ!」
ウィンズの高笑いが聞こえた。
視界が開ける。
そこに、ヴァイオレットの姿はなかった。
「ヴァイオレットの体内には爆弾が仕込んであった。言うことを聞かないと、こいつで爆破すると予め言っておいたのだ」
言うことを聞かないと、撃つ。
十年前、ウィンズに言われた言葉を思い出した。
ヴァイオレットは銃ではなく、体内の爆弾にされていたのだ。
「貴様ごとこいつで爆殺させるつもりだったが、ヴァイオレットの機転で救われたな。だが、こうなったのは貴様のせいだ。セヴィス、貴様が余計なことを言うからヴァイオレットは死んだのだ。無駄なことばかり言うところは、麻薬夫妻そっくりだな」
「ふざけんな、アンタがヴァイオレットを殺したんだ」
セヴィスは地面に落ちた全てのナイフを拾い、ブレスレットを腕に装着した。
「アンタみたいなクソ野郎が人間を操作する資格なんて始めからないんだ。昔の俺も甘かった。スラムにいた頃に、アンタを殺しておくべきだった」
赤いナイフから、青白い電気が放電される。
「ウィンズ、ここでアンタを……殺す」




