55 兄弟の結末
「フン、S級が人殺しの罪を背負っていいのか? 僕は美術館の館長だぞ」
ウィンズは銃を構えているが、自分が殺されないと確信しているらしい。
口元には笑みが浮かんでいる。
「アンタのことを館長だと思ってる人間はいない。シュヴァルツは死んだ。もうアンタを庇う人間なんてどこにもいないんだ。学園長のジョフェンも、今頃モルディオに捕まえられてるんじゃないか?」
「なっどうして父上を知っている!」
ジョフェンの名前を出しただけで、ウィンズが珍しく動揺した。
「ハミルがイノセント・スティールのノートを手に入れる未来は、予め決まっていた。あいつはハミルの目を介して、既にノートの内容を把握してるんだ。だからジョフェンのこともすぐ気づく。あいつのことだから、今頃ジョフェンを殺してるかもな」
「そんなはずはない! ベルクが父上を利用できるはずがない!」
「どうかな。モルディオは人の死を利用してシュヴァルツを騙した奴だって、アンタも知ってるだろ。あいつはもうアンタ等の手下じゃないんだ。そんな奴がジョフェンを利用しないとは到底思えないな」
このウィンズの言い草からして、モルディオが裏切らないことに余程の自信があったのだろうか。
シンクから聞いた話だが、『ベルクの思考回路はI・Sとかなり近い』と、ナインが言っていたらしい。
確かに別の形でイノセント・スティールの完遂を考えている辺り、モルディオはチェルシーやローズよりグロウに賛同――洗脳されていたのだろう。
それでも、今の彼はグロウの味方ではない。
「そもそも、俺とモルディオを育てたのはアンタ等だろ。何でそんなに焦ってるんだ」
「……」
「いくらグロウでも、人間を完璧に操作することはできなかったってことだな」
一歩踏み込むと、ウィンズが銃で水弾を撃ってきた。
チェルシーのものと比べると、かわすのは簡単だ。
軽く首を傾けるだけで、髪をすり抜けて消えた。
「もうすぐグロウの存在は露呈する。イノセント・スティールは完遂されても、アンタは無罪で終わらない。世間は死んで当然の人間だったとしか思わないんだ」
「黙れ黙れっ! 貴様ごときが、この僕を愚弄するか! 貴様は僕を殺せない!」
「確かに、そうだったな。昔の俺はアンタが兄だと思っていたから、いくら憎んでも殺せなかった」
「そうだ! 長年の間、僕と兄弟として過ごしてきた貴様が、僕を殺せるか! 保護者だったナインが殺されたのは誤算だったが、悪魔と僕は違う!」
「でも、今のアンタと俺は兄弟じゃない。アンタは兄っていう肩書きだけで、実際兄らしいことは何もしてない。アンタには撃たれたこと以外、何の思い出もない。家族じゃないって分かってしまえば、残るのは過去の憎しみだけだ」
ウィンズがさりげなく別のリモコンを取り出し、助けを呼ぼうとする。
その前にナイフを投げて、喉元を貫いた。
「俺が迷ったら、いつもろくなことがなかった。だから、もう迷わない」
そう言って、セヴィスは倒れたウィンズの傍に立つ。
苦しそうな顔をするウィンズの喉からは空気が漏れていて、死ぬまで時間の問題だということを物語っていた。
「これが、アンタにとって最悪な結末だろ。『家畜並みの馬鹿弟』に殺されたんだからな」
兄を名乗っていた男が悶え苦しみ、死ぬまで、セヴィスは黙って見届けた。
ウィンズの皮袋から、奪われた全てのダイヤモンドと、四角い機械のようなものが顔を出している。
リモコンを取り出した時に一緒に出てきたらしい。
機械を取り出してみると、日付が書かれたレコーダーが出てきた。
日付はクロエに言われてラムツェルに行った前日、スラムに行った日だった。
ウィンズが肌身離さず持っていたということは、重要なものに違いない。
セヴィスはダイヤモンドとレコーダーを皮袋に入れた。
爆発音は下に響いているはずだ。
そろそろグロウの部下が来てもおかしくない。
セヴィスはナイフのワイヤーを使って、塔の頂上から地面に下りた。
もうこの塔に用はない。
無駄な戦闘は避けたかった。
後はヴィーナ・リリーの連中が何とかしてくれるだろう。
***
塔が見えなくなるまで砂漠を走り抜け、それから歩いてマーキュリアへ向かう。
歩きながら、ウィンズが持っていたレコーダーの再生ボタンを押してみた。
『セビ、あんたがこれを聞いてるってことは、あたしはもう死んでると思う』
聞こえてきたのは、懐かしいルナの、母親の声だった。
思わずその場で立ち止まり、続きを聞く。
『もう知ってるかもしれないけど、あたしとクインシーはラナンキュラスっていう、ジェノマニアの南にある島の麻薬商で、夫婦だった。あたしたちにしか作れない毒薬、ジュエルバレットを欲しがった栄光の翼っていう組織に捕まって、スラムにいたんだ。クインシーの本名はクロフォード=ラスケティアで、あたしはルイス。死んだことになってるあんたの両親は、実はあたしたちなんだ。今まで隠しててごめんね。あんたがスラムでひどい生活をしたのも、全部自分勝手なあたしたちのせいなんだ。
あたしたちは戦争を経験して、サキュバスはこの世にいちゃいけないって思ったんだ。ジュエルバレットやバレットを作ったのも、少しでもサキュバスを倒す手伝いをしたかったからだ。あたしたちはイノセント・スティールは正しいと思って、栄光の翼に従った。その結果、ジュエルバレットがクロエにバレて、明日にも殺されるんだ。情けないったらありゃしない。
クロフォードは、あんたにイノセント・スティールを完遂してほしいみたいだけど……あたしはあんたの自由にしたらいいと思う。S級にまでなれたあんただから、大丈夫。好きな女の子でも見つけて、普通に過ごしな。ラナンキュラスにはあたしの母さん、つまりあんたのおばあちゃんがいるんだ。おばあちゃんはあんたが孫だってことを知らないけど、あたしの名前を出したら分かってくれるはず。どのみち好きにしたらいいさ。あんたの人生を縛る資格なんて、あたしたちにはないんだからね』
音声はそこで終わった。
いつのまにか零れた涙を拭き取り、砂漠を歩き出す。
両親の故郷は、ラナンキュラスという島にあって、祖母が生きている。
それだけでも知ることができて、嬉しかった。
普通に過ごす。
母は、ミルフィと同じことを言った。
言われた通りにしよう。
でもそれは、サキュバスを倒してからだ。
全てが終わったら、ラナンキュラスに行こう。
そこで、普通に過ごす。
――守りたいひとと共に。




