45 ベルクとレイラ
ラムツェルの教会は、長い間手入れがされていないらしく、埃まみれだった。
人の気配もなく、何時のものかも分からない戦いの跡が残っている。
ベルクが面会の場としてこの場所を選んだのは、単純に誰にも聞かれないからだろう。
彼に言われた通り、ローズは一人で礼拝堂にやって来た。
約束の時間が過ぎたにも関わらず、まだ彼は来ていないようだ。
ローズは女神像の前に立つ。
すると突然、像の後ろから彼が顔を出した。
「お久しぶりね、ベルク」
ローズは平然とした表情で言った。
「やあ、レイラ。まさか探偵ローズとか戯言言って、のこのこジェノマニアにやって来るとは思ってなかったよ」
相変わらずの口調で話しながら、モルディオは女神像に寄りかかった。
「で、どう? フレグランスに二度も負けて、どんな気分?」
「元祖負け犬が随分大口を叩くのね。死にたくないって泣きじゃくって、わたしに甘えていたのはどこの誰だったかしら?」
ローズは女神像の向かい側に立つと、腕を組んだ。
「ああ、それは間抜けな昔の僕のことだね。当時の君が所持者だったなんて間抜けが知るわけがない。でも、その間抜けが君に変な気を起こしたお陰で、僕にサキュバスや所持者の性質は通用しなくなった。今の魔力権、衝撃波は後でバレットを飲んで手に入れたのかな?
そういえばあの時飲んだジュエルバレットはまだ持ってる? いらないんだったら僕にくれないかな」
ジュエルバレットは今のローズには必要のないものだ。
だが、このモルディオに渡すのは気が引ける。
「それはあなたの目的次第で決めさせてもらうわ。それを聞くために、わたしはビデオであなたを呼び出した。結果的に呼び出される羽目になったけど、ただそれだけ」
「後でもう一回ビデオを見て思ったけど、その口癖、まだ直ってないんだね」
その口癖とは『ただそれだけ』のことだ。
モルディオは呆れているが、ローズは特にこの口癖を直そうとは思っていない。
「セヴィス=ラスケティアの死を利用してシュヴァルツを逮捕させたあなたも、一体どこが変わったのかしら。祖国でモルディオは優等生だって評判だったから驚いてたのに、結局中身は変わらないのね。最近新生児誘拐事件の捜査がまた始まったって聞いて、呆れたわ。どんな手を使ったの?」
「王族に媚を売ったんだ。クロエが逮捕されたから、すごくやりやすかったよ」
「媚ですって? あなた、王族に何したの!?」
「女王に真実を全て話して、王女に遊戯を教えただけだよ。王女と仲良くなったから、女王は僕にいろいろ教えてくれたし」
「遊戯って何? あなたの遊戯って嫌な感じしかしないわ。だいすきなルーレットかしら? それとも、もっとひどいものかしら」
「僕は王女がしたいと思ったことをしてあげただけだし、さすがに王族にギャンブルは教えないよ。それに王女は喜んでたよ。何が悪いのかな」
ローズは嘆息する。
この件に関しては、もう何を言っても無駄な気がした。
「あなたのことだから、まだグロウに復讐しようとか考えているんでしょう。しかも大泥棒フレグランスと組むなんてね。まあフレグランスの正体は掴んだも同然だけど」
「ハッタリはフレグランスを捕まえてから言いなよ。どうせ君のことだから、実はセヴィスは生きていて、フレグランスはセヴィスだとか考えてるんじゃないの?」
悔しいが、図星だ。
しかしここで負けるわけにはいかない。
「ええ。少なくともサファイアの時まで、フレグランスはセヴィスだったとわたしは考えているわ」
これは揺るぎない事実だ。
ダイヤモンドの時のフレグランスが誰であったかは、まだ確証できていない。
「ハッタリかどうか、確かめてみる? フレグランスのトリックは全て解いたわ」
「へえーっ! それはすごいねー、僕にも聞かせてくれないかなぁ」
わざとらしく語尾を間延びさせて、モルディオは挑発してくる。
余程の自信があるのだろうか。
「これで当たっていたら、大人しく捕まってもらうわ。推理で勝たないと、わたしのプライドが許さないの」
「いいよ。片方でも当たったら、この手に手錠をかけるってことで」
と言って、モルディオは右手の手首を左手で指した。
「片方? 馬鹿にしているの?」
「だって、君に言うことを聞いてもらうには、そのくだらないプライドをズタズタにしないといけないからね。だから、もし両方外したら……僕に従ってもらうよ」
モルディオに従うなど、嫌な予感しかしない。
だが、最悪の場合でも両方だ。
それはないはず。
あとは自分の頭脳を信じるだけだ。
ローズは一度息を吸って、口を開く。
「最初のサファイア。あなたは悪魔討伐に行ったから一見関わってなさそうだけど、実際は討伐に行ってない。あなたはローズがわたしだと知らない以上、予め部下の誰かの未来を見る必要があった」
話しながら、何度かモルディオの表情を窺う。
モルディオは興味深そうに頷いている。
「あなたは課長の部下五人のうち誰か一人の未来を見て、ガラスケース前の警備の変更を知った。そこでわたしが監視カメラを変えてくることも推測して、カメラが通用しない変装という手段を選んだ。コレットさんに変装させたのは、コレットさんの身長が178、セヴィスとほとんど同じだからよ。他の部下はそれより小さいから、間違いないわ」
「……なーんだ、全然違うじゃん。てっきりバレたのかと思ってたけど、期待外れだったよ」
まさか、外した。
ローズは悔しさのあまり歯軋りをした。
「確かに僕は、あの時君がレイラだと思ってなかった。でも当たってるのはそこだけ。僕を警戒してカメラを変えるとか、君は考えすぎなんだよ。その窃盗に、僕はほとんど加担してない。全部フレグランスが独断でやったことだ」
「……独断ですって」
「君も知ってる通り、僕は悪魔の討伐に行った、それが落とし穴。僕はちゃんと討伐に行ってた。僕がいなくなったことによって、君は僕がこれ以上干渉しない、つまりフレグランスが作戦を知ったことを確信して、無意味に警備を変更した。部下に変装したフレグランスが会議に紛れて、警備を知ったのはその後だった。コレットさんに変装したのはほとんど突貫工事だったみたいだけど、本当にただそれだけだよ」
モルディオはローズの口癖をわざとらしく真似た。
「一回目の推理に関してはハミル君が正しかったようね」
「自分の頭脳を過信するからそうなるんだよ。あーあ、残念。ダイヤモンドのトリックも期待できそうにないね」
一言一言に腹が立つ。
だがここで彼の煽りに乗るのは、自分のプライドが許さない。
ダイヤモンドのトリックは、絶対に暴いてみせる。