漆黒の衝動 -Magenta Fate- ①
ぼくの掌の上には、白い粉末があった。
周囲の子供全員が、同じ白い粉末を持っていた。
「これから貴様らにバレットを飲んでもらう。魔力権を得るためだ」
ぼくは周囲を見渡す。
ぼくと他の子供たちが並んでいる場所は、岩壁に囲まれていて、壁にはいくつかの窓があった。
この『溝』のような谷底に集められた子供たちは、皆赤ん坊の頃に誘拐され、物心がつくまで三年間一緒に育ってきた。
ぼくも彼らも、親の顔を知らない。
存在も知らない。
だから、泣くこともない。
「貴様らは強くなるのだ。我々の未来を救うために」
物心がついたばかりの子供に課せられた試練。
それは、周囲を蹴落として、強くなること。
この事件は後に、新生児誘拐事件と呼ばれることになる。
***
埃が舞う灰色の部屋で、ぼくの前にいる男の子が白い粉末を飲んだ。
すると、男の子から炎が燃え上がった。
しかしそれはまだ制御できず、ぼくの足元まで炎が広がった。
「魔力権は炎防御系フレイム・スピリッツだ。貴様をゲオルク=アメジスタと名づけよう」
と言った黒スーツの男によって、炎は消し止められた。
何のために、こんなことをしているのだろう。
黒スーツはバレットを飲ませた子供たちの魔力権と、その場で決めた名前をひたすら紙に書き込んでいる。
この名前はあくまで子供たちを区別するものでしかなく、ぼくに分かった共通点は一つだけ。
男の子には『ク』、女の子には『ラ』が必ず入っている。
黒スーツは扉を開け、ゲオルクと名づけられた水色の髪の男の子をそこに突き飛ばした。
「次だ」
黒スーツがぼくを見ている。
ぼくはゲオルクの真似をして、白い粉末を飲む。
「適当に集めてきたガキ共の中に、まさか未来予知能力者が紛れていたとはな。よし、貴様はダイヤモンドに近い存在という意味の、黒鉛。ベルク=グラファイスだ」
この声だけが聞こえて、気がついたらぼくは黒スーツの前で倒れていた。
今の映像は一体。
「何も出なかったな。無効化か? それとも意思伝達か? おいゲオルク、こっちに来い」
ぼくが起き上がると、目の前にゲオルクがいた。
そして、ぼくに炎をぶつける。
「あついっやめて!」
ぼくの腕が焼けた。
これを見た黒スーツは納得したようにゲオルクを追い出した。
「意思伝達か。貴様の名は」
「ベルク」
黒スーツより先に、ぼくは言った。
「おい、今何故俺が言おうとしたことが分かった」
「さっき、言ってた」
「俺はそんなことは言ってないぞ。……待てよ、まさか」
黒スーツは細長い箱のようなものを使って、誰かと話している。
『未来予知』という単語が、何度も聞こえた。
「補助としては最高の人材だ。まさか未来予知能力者が紛れていたとはな」
箱を懐にしまうと、黒スーツはにやりと笑った。
「よし、貴様はダイヤモンドに近い存在という意味の、黒鉛。ベルク=グラファイスだ」
ぼくは部屋を出る。
その後は、ひたすら悪魔という存在についての話を聞いた。
悪魔は憎い。
害虫より先に殺さなければならないものだ。
ぼくたちは何の疑問も持たずに、そう思い込んだ。
***
ぼくが魔力権を得てから一年が経った。
それぞれの資質に合わせて『武』『魔』『知』の三つのグループに分けられた子供たちは、日々戦闘訓練に励んでいた。
この三つの違いは朝から夕方までの過ごし方だ。
『武』は武器による戦闘を中心とし、『魔』は魔力権の特訓に多くの時間を割き、『知』は戦略と銃器の使い方を学ぶ。
ぼくは未来予知という能力から、最初から『知』で確定していた。
今、溝の中心で『審議』が行われている。
この審議は二ヶ月前から始まったが、初めて説明された時は戦慄が走ったのを覚えている。
まず黒スーツの前で二人が戦う。
そこで見込みのない、つまり弱いと判断された子供は黒スーツに殺されるのだ。
一ヶ月に一度の、最も恐ろしい行事だ。
ぼくたちが座る前で、同じ『知』の子供が二人、戦っている。
二人とも拳銃で激しく撃ち合っている。
『知』は『武』や『魔』と比べると一見楽そうに見える。
だが、実際そうではない。
勉強を怠ると、余程戦闘能力が高くない限り殺される。
戦いは終わった。
「助けて! 次頑張るから!」
負けた子供が命乞いをしている。
黒スーツはその子供を容赦なく射殺した。
先々月も先月も、この光景を見たときは全員が一斉に泣き出したが、今月もそうだった。
ずっと一緒に言葉を学び、話し合ってきた仲間が殺されたのだから、無理もない。
「次だ。ベルク、ゲオルク、来い」
名前を呼ばれた瞬間、ぼくの身体が硬直した。
ゲオルクは強い。
前回は負けても学力があったので殺されずに済んだが、今度こそ死ぬ。
ぼくは弱かった。
勉強以外黒スーツに認めてもらう手段を知らない泣き虫で、戦闘には一切向いていなかった。
「いやだ、死にたくないよ!」
「ベルク……」
戦闘はすぐ終わった。
ぼくが拳銃を構える前に、ゲオルクの弾丸がぼくの腕を撃ち抜いていた。
自分でも分かっていた。
先程殺された子より、ぼくの方が断然劣っている。
今度こそ殺される。
命乞いなんて通用しない、どうすれば。
そう思ったとき。
「よし次だ」
「えっ」
ぼくは素っ頓狂な声をあげた。
周囲が顔を見合わせ、不思議がった。
今回の審議でたくさんの子供たちが殺されたが、ぼくだけは殺されなかった。
全ては、未来予知のおかげだった。
これがぼくの細い命をつないでいた。
***
「ねえゲオルク、ぼくのパンは?」
「うるせぇぞまた殴られてぇのか? いいぜ、また医務室送りにしてやるよ」
ぼくはゲオルクをはじめとする、『知』の子供に嫌われるようになった。
それどころか、彼らの不安を解消する為の道具にされていた。
いわゆるいじめというやつだ。
「何でお前が生きて、……が死ぬんだよっ!」
このような罵声を、何度も浴びた。
魔力権が生きることを保障しているのだ。
こんな優遇、他にはない。
ひどい時はぼくに勝った子供すらも殺された。
それなのにぼくは怪我をして泣いて、怪我をした子供が入れられる医務室で寝るだけで済む。
嫌われない理由がどこにあるだろう。
次第にぼくは医務室という誰もいない居場所が好きになり、仮病まで使い始めた。
みんながいる『知』の部屋より、医務室にいる時間の方が多くなっていった。
この『漆黒の衝動 -Magenta Fate-』は、グロウが引き起こした新生児誘拐事件の全容をモルディオ視点から書いた過去編です。
本編では視点を置くのを避けているキャラなので、彼を視点にするのは『GRAND~』含め二度目となります。




