35 諦念のグラファイト
闘技場ではなく美術館にいた自分が一番早く着くと思っていた。
だが、会議室に入ると既に三人いた。
シュヴァルツは偉そうに足を組んで座っている。
その向かいにはチェルシーがいて、さらにその隣には女のA級、ミッシェルがなぜか嗚咽していた。
深刻な雰囲気だった。
セヴィスはシュヴァルツの隣にある自分の席に座る。
それから少し遅れてモルディオが入ってきた。
あと来ていないのはミッシェルとタッグを組んだフロストだけだ。
「鍵閉めろ」
低い声で、シュヴァルツは言った。
まだフロストが来ていないのに、モルディオは言われた通りに扉に鍵をかけた。
「テメーら、今日フロスト見たか」
モルディオが席についてすぐに、シュヴァルツは重々しく切り出した。
シュヴァルツとミッシェル以外のA級は顔を見合わせる。
「やっぱり見てねェな」
「何かあったんですか?」
モルディオが尋ねる。
どうせ知っているくせに、とセヴィスは思った。
「今朝、集合時間になっても来なかった奴を心配して、ミッシェルが奴の家に行って来た。そしたら、これだ」
シュヴァルツは一枚の写真を机の中央に置いた。
「っ!」
チェルシーが息を呑んだ。
その写真に写っていたのは、血まみれで無残に殺されたフロストだった。
「クロエ、アルヴェイス、ライム、フロスト。これでA級が死んだのは四人目だ。このままじゃ全員死ぬぞ。アスカ、何かいい手はねェのか」
「正直、僕にもどうすればいいのか分かりません」
シュヴァルツがモルディオを頼る程、緊迫しているのはよく分かった。
モルディオはどうか知らないが、他の祓魔師も気が動転している。
A級が短い間に四人も殺されたのは、前例のないことだ。
「テメェも他人事じゃねェんだぞ、ラスケティア」
「分かってる」
シュヴァルツが初めて自分のことを苗字で呼んだ。
この空気は異様だった。
ウィンズのことを聞く余裕など到底なかった。
「クロエ以外の三人は一人でいる時に殺されてんだ。とりあえず犯人が見つかるまで、一人で行動するのは避けた方がいいかもしれねェ。だから今日は全員美術館の地下に泊まれ。特にミッシェルが一番危なそうだしな。まずファリアントは、ハーヴェルも呼んでミッシェルと同室にいろ。アスカはオレと司令室に残れ」
チェルシーとシェイムが同室の理由は女だからだろう。
それはすぐに分かったが、シュヴァルツがモルディオを司令室に置く理由が分からない。
「あと、S級悪魔討伐依頼があってな。クレセント町の105番通りで、毎日夜十一時に女悪魔が出没するらしい。テメェはその討伐だ、分かったな」
シュヴァルツはセヴィスの方を見て言った。
一人で行動するなと言っておきながら、結局一人にするのか。
別に嫌というわけではない。
ただ、シュヴァルツが分からないだけだ。
***
これから流れる音声は、緊急会議の後の司令室で録音されたものである。
その内容は、後に誰かに聞かれることもなく、気づかれることすらなかった。
「ベルク、テメーはまだ栄光の翼に楯突くのかァ?」
「……もう諦めましたよ」
「はあ、諦めたァ? 嘘つけ」
「嘘じゃなかったら、今頃あなたを殺してますよ。でも僕はグロウに従うんじゃない、無謀な抵抗をやめただけです」
「S級はテメーを信じて、館長室の侵入を手伝ったんじゃねェーの?」
「やっぱり知ってたんですね。あのカメラの量の割りに情報量が釣り合わなかったので、わざとだろうとは思ってましたが」
「じゃあテメーは、トモダチを裏切ったってことか」
「……最初からそうするつもりはありませんでした。館長室に、大量のA級悪魔がいることを知るまでは」
「でも、正直驚いてます」
「驚く?」
「セヴィス=ラスケティアは犯罪者のくせに、人をほとんど疑わないんです。かといって、頼りにもしない、変な奴なんです。変な奴だから、警察の息子とも一緒にいられるし、僕みたいな人間を平気で信用するし、所持者にも好かれるんです」
「へェー」
「ウィンズ、様に直々に育てられたS級って聞いていたので、最初はどんなすごい人間なのかと思ってました。なのに、悪い意味で期待を裏切られました。
初めてですよ。僕の正体を知ってて、一切態度を変えなかった人間は」
「確かにテメー、昔から浮いてたよなァ。まっ、テメーがおかしくなる理由も分かるぜ。テメーはあの事件の被害者で唯一誘拐されなかった……麻薬中毒の姉によって、金目当てにオレらに売られたガキだもんなァ。そういえば解放された後、姉には会ったのかァ?」
「姉は半年前に自殺しました。で、ここに僕を置いた理由は何ですか?」
「いや、まだテメーに反抗する気があんのか確かめたかっただけだ」
「もうありませんよ。館長室に大量にA級がいることぐらい、能力を使えば分かります。いくらセビがいたって無理です。僕には味方が少ないから、いや、最初からいなかったのかもしれません。だからどうしようもできないんです」
「そうだ。テメーじゃオレまでたどり着けねェ。あいつらはオレの最高の部下で、『宝石』って名の飴と鞭で鍛えられた奴らだからなァ」
「一応確認しておきますが、副館長は知ってるんですよね。サキュバスを殺す武器の作り方」
「知ってるぜ。鎌状の武器で、『ナイトメア・カタルシス』って館長が呼んでたな」
「相変わらずのネーミングですね。それの作り方を僕に教えてくれませんか?」
「これは館長が直々に作るからな。そもそもテメーの脳みそは戦略向きだろ。武器は館長の仕事だ」
「そうですか。もう用はないですね。僕は地下に行って寝ます」
「ああそれと。副館長、これだけは忘れないでください」
「何だ?」
「僕が諦めたのは嘘をつかないことと、諦めることだ」
この扉が閉まる音を最後に、録音された音声は終わる。




