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INNOCENT STEAL -Last GAMBIT-  作者: 豹牙
五章 悔恨の被策
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31 俺様×2

「ブチ殺してやるからかかってこい」


 チェルシーとグレイにしか聞こえないぐらいの声量で、セヴィスは言った。

いつも戦闘が始まるまで出さないナイフを取り出し、ワイヤーを伸ばす。


「特に卑怯なグレイせんぱいは徹底的に潰すので、そのつもりでいてくださいね」


 反対に、モルディオは一切武器を出さない。

チェルシーは不安を表情に出さないように、無理矢理口角を歪ませた。


「苦しかっただろ? よかったじゃねーか。これでS級はやめられるぜ?」


 グレイは一つも警戒しようとしない。

この三人が何を思っているのか、チェルシーには全く分からなかった。


「まあさすがにかわいそうだし、一つだけいいこと教えてやるよ」


 その時。

グレイは大声で、叫んだ。


「てめーらが探ってたウィンズの居場所はな! ヴィーナ・リリー共和国首都、マーキュリアだ!」


 あれだけ騒がしかった会場が、一斉に静まった。


「何を、言ってるんだ……?」


 セヴィスの声が少し震えた。

腕に込めていた力も緩んでいる。

今までのウィンズの不可解な行動を考えれば、当然のことだ。

この場で驚いていないのはモルディオ一人ぐらいだ。


「てめえェ!」


 傷の判定をする審査席から、シュヴァルツが斧を肩に担いで大股で歩いてきた。

審査席に座った学園長ジョフェンはこの上ない程目を開いていて、その様子は愕然の一言に尽きる。


「勝手な嘘ついてんじゃねェぞ!」


 勢いよく振り下ろされた斧が地面に突き刺さる。

少量の砂が舞い上がった。


「じゃあ本当の居場所を言ってください。誇り高きジェノマニア王国の館長が行方不明なんて、世界の恥ですよ」


 グレイではなく、モルディオが言い返した。

グレイがへらへら笑っているところを見ると、モルディオの話術を利用して責任を逃れようとしているのだろう。


「館長は平和の為に、世界の貧民街を回ってんだよ。詳しい場所はオレも知らねェし」

「平和の為に貧民の生活を知るのは、政治を取り仕切る王族たちの仕事です。美術館長の役目は、祓魔師としての悪魔の討伐と『宝石』の管理じゃないんですか?」


 観客の方からそうだそうだ、と野次が飛んできた。


「うるせェ! 王族だと? 女王のシャルロットとか、城でオレらの税金使って悠々と暮らしてるだけで、実際何もしてねェじゃねェか!」


 シュヴァルツは暴言を吐きながら、斧を振り回す。

その様子を見て、誰もが絶句した。


「あんなの人間のクズだ」


 リングにいる人間にしか聞こえない程の小声で、シュヴァルツは王族を貶した。


「一国の副館長がそんなこと言っていいんですか。王族への冒涜は、有罪ですよ」

 と、モルディオが言うと一斉にシュヴァルツへのブーイングが巻き起こる。


「チッ!」


 シュヴァルツは舌打ちして、審査員席に戻って行った。

この場の全員に聞こえたのは『何もしてない』ぐらいだ。

『クズ』を大声で言ったら確実に逮捕だっただろうが、あの程度の冒涜ではシュヴァルツが逮捕されることはないだろう。


「モルディオ、王族への冒涜って犯罪なのか?」


 セヴィスはナイフを地面に落として尋ねた。


「知らなかったの?」

「俺も昔、王族はクズだって言って」

「今それ言う必要ないから。逮捕されたいなら別だけど」


 スラム出身のセヴィスが裕福な王族を嫌う理由はなんとなく分かるが、シュヴァルツは何故王族を嫌っているのだろう。

シュヴァルツの出身地は港町のマグゼラで、特に王族が関わることもなかったはずだ。

グレイも同じことを思っているらしく、眉をひそめている。


「何であんなにムキになってんだよ。怪しい奴だぜ」


 グレイは肩を震わせて笑い出した。


「怪しいのはウィンズの居場所を知ってる人も同じですよ」


 そうモルディオに言われると、グレイの笑いはすぐに収まった。


「詳しい話は、後でたっぷり聞かせてもらうからな」

「いいぜ。でも俺様に勝ったらの話だがな!」


 グレイは大げさに自分を親指で指した。

彼の腕についた金属アクセサリーがじゃらじゃらと音を立てた。


「それでは気を取り直して、第一回戦を始めます! 3! 2! 1!」


 ゴングが鳴ってすぐに、セヴィスは両手でワイヤーを振り回す。

砂埃が巻き起こって、何も見えなくなった。


***


「砂埃なんて、チェルシーちゃん相手に効くと思ってんのか? 頼むぜ!」

 とグレイは言う。

これでチェルシーが魔力権を発動し、波を起こす体勢に入っただろう。

何を考えているのか分からないが、セヴィスはその場からほとんど動けないはずだ。

そこを狙えば勝てる。

そう確信した時だった。


「ぐええっ……」


 グレイを正体不明の吐き気が襲った。

グレイは膝をつき、俯いてえずく。

気持ち悪いのに、何も吐けない。

何かがこみ上げる感覚だけが苛んでいる。


 さらにそれを追い込むように、身体にセヴィスのワイヤーが巻きついた。

グレイはワイヤーを握り締め、苦し紛れに炎の魔力権を発動する。

しかしワイヤーによって前方に引き寄せられ、炎は出せなかった。


 吐き気が来てからこうなるまで、本当に一瞬の間の出来事だった。

ワイヤーは空中でグレイの身体を解放する。

グレイは自分の身体が宙に舞っていることに気がついた。

それとほぼ同時に、大波が発生した。

無効化を持つグレイは波をすり抜け、リングの下に落下に近い着地をした。


「一回!」


 砂埃は消え、地面は水浸しになった。

リングの下から、上の様子の一部が見える。

チェルシーは辺りを見回している。

遠くで背を向けているセヴィスは足の痛みに耐えられないのか、片方の膝を地面についている。

モルディオは見えなかった。


「グレイ様?」


 チェルシーがリングの上で辺りを見回している。

どこ見てんだ、観客も言ってるだろ、リングの下だ、気づけ、早く俺様を助けろ。

グレイは吐き気を堪えて、リングに這い上がる。


 すると、

「早く水壁をつくれ!」


 なぜか、自分の声が聞こえた。

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