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INNOCENT STEAL -Last GAMBIT-  作者: 豹牙
五章 悔恨の被策
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29 息子の夢

 次の日。

タッグ戦開始三時間前から、闘技場は昨日よりも熱狂していた。

彼らのほとんどが、初戦を楽しみにしているのだ。


 トーナメントのタッグ戦の相手は、開会式に厳正な抽選で選ばれる。

つまり、二日目の初戦の組み合わせは本当に偶然であった。

S級の戦闘、モルディオの一年ぶりの登場、新星グレイとの対決など、観客にとってこれ程嬉しい組み合わせはなかっただろう。



 予想通り、足の痛みは退かなかった。

作戦を実行する為に、グレイ戦が終わるまで人目を避けなければならない。

その為、セヴィスは準備で登校する候補生たちより早く、闘技場に来ていた。


 早朝の闘技場に祓魔師や候補生はいない。

観客は三十人程度だが、一番気をつけないといけないのは場所を取る為にいる報道陣だ。

彼らに見つかると、クレアラッツ全体に足を痛めていることが曝される。

とにかく足を引きずっていることが報道陣に見つからないように、自分の席につかなければならない。

席にさえついてしまえば、後は寝ていればいい。


 自分の席の後ろには、ちょうどカメラに入らない柱がある。

入り口からそこまで辿り着くのは面倒だった。

最初は老人に変装しようと思ったが、変装に使った服や髭を席に持って行くのは不自然だ。

それに変装を解くところを一般人に見られたら終わりだ。


 この時間、シンクは市場に行っていていない。

モルディオは作戦の準備をしている。

ハミルなど作戦を教えられない出場者は駄目。

事情を話せて、かつ快く引き受けてくれる人物を探した結果、ミルフィに手伝ってもらうことになった。


 本当は変装してシンクに服を預けるという方法がよかった。

だがミルフィはフレグランスの正体を知らないので、変装できなかった。


「本当に大丈夫?」

「ああ、後はグレイ戦の時に強い痛みが来なきゃいい」


 そう言って周囲に誰もいないことを確認すると、セヴィスはフードを取って車椅子から降りた。

柱までフードを被ったまま、ミルフィに車椅子で押してもらう。

これが仕方なくとった面倒な方法だった。

この車椅子は、闘技場の入り口に予め置かれていたものだ。


「やっぱり足のこと、審判に言った方がいいって。もしグレイに負けたら、ただの負け惜しみになるよ」


 ミルフィはフードを車椅子に置くと、心配そうな表情をした。

そんな彼女を見ている時、いつも身体中に熱が走る。


「グレイがやったっていう証拠はどこにもないんだ。だからグレイから解毒剤を奪い取るまで、負けるわけにはいかない」

「そうだけど、やっぱり心配だよ」

「お前は、俺が負けると思うのか」

「そんなことないよ。だって、あたしが今こうしてるのも、勝つための作戦なんでしょ?」

「ああ、そうだな」

「頑張って。終わったら、レストランでパーティーだよ。楽しみにしてて」


 今日パーティーをする話など、初めて聞いた。

だが、不思議と嫌な気はしない。


「そうだ、セビってどこか行きたいところとか、ない?」

「突然どうしたんだ?」

「何か自分にご褒美を用意すれば、頑張れるってアルジオさんが言ってたから」


 考えたことがなかった。

だが、答えはすぐ浮かんだ。


「両親の故郷だ。ルキアビッツはあくまで二人の逃げた場所で、故郷じゃないからな」

「それって、どこ?」

「わからない。その町が存在してるかも分からない。だから両親の故郷があるっていう希望に賭けてみたいんだ」

「セビの両親のことだったら……グロウが知ってるんじゃない?」

 とミルフィが言った途端、頭の中で何かが落ちた。


「そうか、グロウなら」


 セヴィスは痛みを忘れて考える。

落ちた何かは、きっと蟠りだ。

グロウを探る利点を、今、やっと見つけた。


「でも何で?」

「俺にもよく分からない。でも、今思った。もし故郷があるとしたら、俺にも祖父や祖母がいるかもしれないだろ。例え祖父母がいなくても、町があるなら、俺もそこに住みたいって思えるんだ」

「そっか。何か手がかりが分かったら、教えて。あたしも協力するから」

「何でお前が?」

「だめ?」

「いや、俺のことだからお前の得にならないと思って」

「あたしは、あんたのことをもっと知りたいから」

「……」

「それとあたし、セビの戦闘見るの初めてなんだ。楽しみにしてる」

「いつもとは違うけどな」

「じゃあこれ、戻してくるね」


 ミルフィは背を向ける。

その腕を、ほとんど無意識に掴んだ。


「えっ何?」

「いや、なんでもない。なんでもないんだ」


 そう言って、セヴィスは手を離す。


「そう?」


 ミルフィはもう一度背を向けた。

別れるのはほん少しの間だけなのに、熱が一層増した。

足の痛みを忘れそうな程、身体が熱くなった。


 痛む足で一歩踏み込んで、強く抱き寄せる。

振り向いた彼女の顔が吐息のかかる距離にあって、思わず首筋に手を掛けた。


「セビ……?」


 柔和な眼差しで見つめられて、身体中がもっと熱を帯びた。


「あれから、何か変なんだ。いつも身体が熱くなって……」

「えっ……?」

「つらい……もう、我慢できない」


 腕の中に、僅かな抵抗を感じた。

自分からするのは二回目だろうか。

いや、初めては水を飲ませただけだから違う。

唇が触れる前に、彼女は自分の腕を解いてこちらに身体を向けた。


「それはだめ、おかしくなるよ」


 彼女の言葉の意味を考えず、両腕を掴む。

今度は確かな抵抗が感じられたが、本当に嫌がっているようには見えなかった。

それに、抵抗されると余計に力を込めてしまっていた。


「どうしたの。らしくないよ」

「ああ、悪い……」


 セヴィスは手を離し、目を逸らした。

なんとなく、恥ずかしかった。


「駄目だよ、あたしは所持者だから」


 ミルフィが離れてくれたおかげで、何かを欲しがろうとする本能を抑え込むことができた。

自分はどうかしている。

そうとしか思えなかった。


「それ、関係あるのか?」

「あるよ」


 所持者に何の関係があるのだろう。

もしかして、この奇妙な熱と悦楽が関係あるのだろうか。

とりあえず、今はグレイ戦のことを考える時だ。


「ミルフィ」

「なに?」

「……手伝ってくれて、ありがとう」

「ううん、こちらこそありがと。あたしを頼ってくれて、嬉しかった」

 と笑顔で言って、ミルフィは車椅子を押して来た道を歩いていった。

それを見届けてから、セヴィスは柱から表に出る。


『あっ』


 そこにいたのは同じクラスの大男、ランドだった。

ランドは申し訳なさそうに俯き、両手の人差し指を首の前で擦り合わせた。


「オレ、見てしまったんだな」


 ランドは顔を上げ、正直に答えた。


「そうか」


 こんな場所で彼女を抱き寄せた自分が悪い。

ランドを咎められる立場ではない。

セヴィスは足を庇う為、背もたれを飛び越えるようにして自分の席についた。


「セビって、意外と大胆なんだな」


 ランドはセヴィスの隣にある自席に座って、頭を搔いた。


「さすがに肝抜かれたんだな」


 ランドは聞いている方も恥ずかしくなるような話をしてくる。

こんな場所でやってしまったのだから、自業自得だ。


「一つだけ聞かせてほしいんだな」

「何だ」

「オレの勘違いだと信じたいんだが、まさかあの人の名前、ミルフィって」

「何でお前がそれを知ってるんだ」


 セヴィスはランドの言葉を遮った。

ランドがミルフィを知る機会などなかったはずだ。


「じゃあセビ、お前最悪だな」

「は?」

「ピンクの髪と巨乳で美人。ハミルの彼女と特徴が一緒だったから」

「ちょっと待て。ハミルの彼女ってどういうことだ」


 言われたことが心外だったので、セヴィスはいつもより大きめの声で言った。

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