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INNOCENT STEAL -Last GAMBIT-  作者: 豹牙
四章 反撃の紫怨
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23 石榴の棘

 夜が明けてトーナメント当日。

天気は生憎の雪であったが、トーナメントが行われる闘技場には屋根があるので関係ない。


 候補生たちは朝早くから準備に追われていた。

例年なら候補生の時に使った設備をそのまま使うのだが、今回は延期したせいで初めから準備しなければいけない。


 シェイムを混ぜた六人の候補生は出場する為、準備を免れた。

この時間を利用してハミルが武器の調子を確かめていた時、それは起こった。


「本番前に寝るとか、お前ほんと余裕だよなー」


 ハミルはナックルを外し、一番後ろの席に向かう。

そこではセヴィスがいつものように伏せている。

念入りに細剣の刃こぼれを確かめているモルディオとは正反対だ。


「起きろよ、もうすぐ集合時間だろ」


 返事はない。

最初、ハミルはいつものように寝ているのかと思ったが、すぐにいつもとは違っていることに気づいた。

セヴィスの右手は机の上ではなく、右の太ももを掴んでいた。

しかも、その手は小刻みに震えていた。


「おい、どうしたんだよ?」


 ハミルは肩を叩く。

それでもセヴィスは顔を上げなかった。


「どうしたの?」


 ハミルの様子を見て不思議に思ったのか、チェルシーがやって来た。

少し遅れてモルディオも来た。


「……足が」


 やっと喋った。

だが、声はかなりかすれている。

彼が足の痛みに苦しんでいるのは明らかだった。


「……見せて」


 モルディオに言われて、ハミルがズボンを捲くる。


「なんだよこれ!」


 ハミルの声と共に、全員が同時に目を見開いた。

彼の足は踝から太ももまで、鬱血したかのように、石榴に変色していた。


「昨日悪魔にやられたのか?」

「違う」


 死にかけの人間のような声。

普段からは想像もつかないセヴィスの有様に、チェルシーは言葉を失っている。


「じゃあ、何があったんだよ」

「分からない」

「分からないって……どう考えてもおかしいだろこれ!」


 モルディオは腕を組んで考え込む。

何を考えているのだろうか。

それとも未来を読んでいるのだろうか。


「これ棄権した方がいいんじゃ」

「できるわけないじゃん」


 ハミルの苦し紛れの提案を、モルディオが遮った。


「S級だよ? 彼一人の欠場がどれだけ影響を及ぼすと思って」


 お前だって候補生の方で欠場しただろ、と言いかけて呑み込む。

言える立場ではない。

あの時モルディオが庇わなかったら、ハミルは死んでいたかもしれないのだ。


「今だけ寝坊したことにして、開会式は欠席しよう」

「その間に医務室で休ませるってことか?」


 ハミルが言うと、モルディオは首を振った。


「そんなことしたら、一気に噂が広がってしまうよ。とりあえずここにいるのはよくないから……立てる?」

「なんとか」


 そう言って、セヴィスは机に手をついて席を立つ。

冬なのに冷汗を掻いていて、いつもの余裕は微塵も見られない。


「荷物は僕が持っていくよ」


 彼の身に一体何が起きているのだろう。

ハミルは教室を出て行く二人の背中を見て、ただ心配する。


***


 トーナメント中に誰にも気づかれない場所として、モルディオは自身の部屋を選んだ。

確かに、モルディオの部屋は寮の最上階にあるので人目につかないだろう。


 セヴィスは部屋に入ってすぐにベッドを背に、崩れるように座り込んだ。

足が痛い、全体的に棘を刺されたような感覚だ。

その足の近くにモルディオが荷物を置いた。


「本当に、何の心当たりもない?」


 モルディオに言われる前から、何度も昨日の記憶を探っている。

痛くなったのは、昨日。

ミストの部下に捕まって、蹴りを入れた後だ。


「……ない」

「じゃあ、昨日グレイに会った?」


 昨日の記憶を掘り起こす。

あの時、グレイが投げたぬいぐるみ。

あれが足に刺さって、妙にチクチクして気持ち悪さを覚えた。

まさか、あれに毒が仕込んであったというのか。


「図星のようだね。犯人はグレイだよ。さっき、チェルシーの未来で偉そうに語ってた。間違いないよ」


 あのわずかな沈黙の間に、モルディオはチェルシーの未来を見ていたらしい。


「これを本部に報告すれば、グレイは退場……にはできないんだよね。例え僕の能力が明かされていても、未来は僕しか見れないわけだし、グレイがやったっていう確実な証拠にならないから」

「じゃあ何で俺をここに連れてきたんだ?」


 モルディオは無言でセヴィスの直線上にあるテレビをつける。

入ったニュースでは、『フレグランスが男である』『フレグランスが足を引きずった』『特捜課一歩前進』といった内容の報道が流れている。


「ローズは馬鹿じゃない。これを見たら分かると思うけど、フレグランスが男の祓魔師で、足を引きずってたことはもう世間にバレてるんだ。そんな時に君が欠場するとか、足を負傷したっていう噂が流れたら、ローズにフレグランスの正体を曝すようなものだよ。

 昨日の僕を警戒する動きとか見る限り、ローズは僕とかなり思考回路が近い。しかも魔力権まで持ってたわけだし、ローズの正体も大体掴めてきた」

「分かったのか? ローズの正体が」

「新生児誘拐事件の生き残りだ。彼女は僕を恨んでる。もし僕が同じ立場なら、絶対トーナメントに行って、この目で足を引きずる人間を探すよ」

「ローズがトーナメントに来るってことか」

「そういうこと。だから寝坊させたんだ」


 モルディオはリモコンを手に取り、メニューと書かれたボタンを押す。

テレビに緑色の画面が表示された。


「何してるんだ?」

「グレイ戦を録画しておこうと思って」


 モルディオが設定している時間は『2時3分』で、すごく中途半端だ。

おそらく未来を読んで設定しているのだろう。

それを知った上でここに連れてきたということは、今日自分たちの戦闘はないのだろう。


 以前モルディオは、予め『事ある毎に時計を見る癖』をつけ、未来の事象が起こる時間を知ると言っていた。

確かに未来予知は便利な能力で、この癖が役に立つこともあるだろう。

だがそこまで無駄な時間を削らなくてもいいだろ、とセヴィスは思った。


「着替え持ってきてるよね? 制服のズボンはきついから替えた方がいいよ」


 いつ制服が破れるか分からないので、学園に着替えを持ってくるのは常識だ。

ハミルだけは持ってきていないらしいが。


「じゃあ僕は開会式に行ってくるよ。寝坊は伝えておくから」


 モルディオはリモコンをテーブルに置くと、テレビをつけたまま部屋を出て行った。

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