23 石榴の棘
夜が明けてトーナメント当日。
天気は生憎の雪であったが、トーナメントが行われる闘技場には屋根があるので関係ない。
候補生たちは朝早くから準備に追われていた。
例年なら候補生の時に使った設備をそのまま使うのだが、今回は延期したせいで初めから準備しなければいけない。
シェイムを混ぜた六人の候補生は出場する為、準備を免れた。
この時間を利用してハミルが武器の調子を確かめていた時、それは起こった。
「本番前に寝るとか、お前ほんと余裕だよなー」
ハミルはナックルを外し、一番後ろの席に向かう。
そこではセヴィスがいつものように伏せている。
念入りに細剣の刃こぼれを確かめているモルディオとは正反対だ。
「起きろよ、もうすぐ集合時間だろ」
返事はない。
最初、ハミルはいつものように寝ているのかと思ったが、すぐにいつもとは違っていることに気づいた。
セヴィスの右手は机の上ではなく、右の太ももを掴んでいた。
しかも、その手は小刻みに震えていた。
「おい、どうしたんだよ?」
ハミルは肩を叩く。
それでもセヴィスは顔を上げなかった。
「どうしたの?」
ハミルの様子を見て不思議に思ったのか、チェルシーがやって来た。
少し遅れてモルディオも来た。
「……足が」
やっと喋った。
だが、声はかなりかすれている。
彼が足の痛みに苦しんでいるのは明らかだった。
「……見せて」
モルディオに言われて、ハミルがズボンを捲くる。
「なんだよこれ!」
ハミルの声と共に、全員が同時に目を見開いた。
彼の足は踝から太ももまで、鬱血したかのように、石榴に変色していた。
「昨日悪魔にやられたのか?」
「違う」
死にかけの人間のような声。
普段からは想像もつかないセヴィスの有様に、チェルシーは言葉を失っている。
「じゃあ、何があったんだよ」
「分からない」
「分からないって……どう考えてもおかしいだろこれ!」
モルディオは腕を組んで考え込む。
何を考えているのだろうか。
それとも未来を読んでいるのだろうか。
「これ棄権した方がいいんじゃ」
「できるわけないじゃん」
ハミルの苦し紛れの提案を、モルディオが遮った。
「S級だよ? 彼一人の欠場がどれだけ影響を及ぼすと思って」
お前だって候補生の方で欠場しただろ、と言いかけて呑み込む。
言える立場ではない。
あの時モルディオが庇わなかったら、ハミルは死んでいたかもしれないのだ。
「今だけ寝坊したことにして、開会式は欠席しよう」
「その間に医務室で休ませるってことか?」
ハミルが言うと、モルディオは首を振った。
「そんなことしたら、一気に噂が広がってしまうよ。とりあえずここにいるのはよくないから……立てる?」
「なんとか」
そう言って、セヴィスは机に手をついて席を立つ。
冬なのに冷汗を掻いていて、いつもの余裕は微塵も見られない。
「荷物は僕が持っていくよ」
彼の身に一体何が起きているのだろう。
ハミルは教室を出て行く二人の背中を見て、ただ心配する。
***
トーナメント中に誰にも気づかれない場所として、モルディオは自身の部屋を選んだ。
確かに、モルディオの部屋は寮の最上階にあるので人目につかないだろう。
セヴィスは部屋に入ってすぐにベッドを背に、崩れるように座り込んだ。
足が痛い、全体的に棘を刺されたような感覚だ。
その足の近くにモルディオが荷物を置いた。
「本当に、何の心当たりもない?」
モルディオに言われる前から、何度も昨日の記憶を探っている。
痛くなったのは、昨日。
ミストの部下に捕まって、蹴りを入れた後だ。
「……ない」
「じゃあ、昨日グレイに会った?」
昨日の記憶を掘り起こす。
あの時、グレイが投げたぬいぐるみ。
あれが足に刺さって、妙にチクチクして気持ち悪さを覚えた。
まさか、あれに毒が仕込んであったというのか。
「図星のようだね。犯人はグレイだよ。さっき、チェルシーの未来で偉そうに語ってた。間違いないよ」
あのわずかな沈黙の間に、モルディオはチェルシーの未来を見ていたらしい。
「これを本部に報告すれば、グレイは退場……にはできないんだよね。例え僕の能力が明かされていても、未来は僕しか見れないわけだし、グレイがやったっていう確実な証拠にならないから」
「じゃあ何で俺をここに連れてきたんだ?」
モルディオは無言でセヴィスの直線上にあるテレビをつける。
入ったニュースでは、『フレグランスが男である』『フレグランスが足を引きずった』『特捜課一歩前進』といった内容の報道が流れている。
「ローズは馬鹿じゃない。これを見たら分かると思うけど、フレグランスが男の祓魔師で、足を引きずってたことはもう世間にバレてるんだ。そんな時に君が欠場するとか、足を負傷したっていう噂が流れたら、ローズにフレグランスの正体を曝すようなものだよ。
昨日の僕を警戒する動きとか見る限り、ローズは僕とかなり思考回路が近い。しかも魔力権まで持ってたわけだし、ローズの正体も大体掴めてきた」
「分かったのか? ローズの正体が」
「新生児誘拐事件の生き残りだ。彼女は僕を恨んでる。もし僕が同じ立場なら、絶対トーナメントに行って、この目で足を引きずる人間を探すよ」
「ローズがトーナメントに来るってことか」
「そういうこと。だから寝坊させたんだ」
モルディオはリモコンを手に取り、メニューと書かれたボタンを押す。
テレビに緑色の画面が表示された。
「何してるんだ?」
「グレイ戦を録画しておこうと思って」
モルディオが設定している時間は『2時3分』で、すごく中途半端だ。
おそらく未来を読んで設定しているのだろう。
それを知った上でここに連れてきたということは、今日自分たちの戦闘はないのだろう。
以前モルディオは、予め『事ある毎に時計を見る癖』をつけ、未来の事象が起こる時間を知ると言っていた。
確かに未来予知は便利な能力で、この癖が役に立つこともあるだろう。
だがそこまで無駄な時間を削らなくてもいいだろ、とセヴィスは思った。
「着替え持ってきてるよね? 制服のズボンはきついから替えた方がいいよ」
いつ制服が破れるか分からないので、学園に着替えを持ってくるのは常識だ。
ハミルだけは持ってきていないらしいが。
「じゃあ僕は開会式に行ってくるよ。寝坊は伝えておくから」
モルディオはリモコンをテーブルに置くと、テレビをつけたまま部屋を出て行った。




